9:幼なじみとの久々の再会
「セシル!」
「カール!」
明るいブラウンの髪を後ろで一本に結わき、深みのあるグリーンのテールコート姿のカールが、私の方へ駆け寄った。
ジョセフは既にカールが私の幼馴染みであると分かっているので、動きを制すことなく静観してくれている。
「いよいよアイス皇国に出発だろう?」
「そう。もう屋敷は引き払っていて、昨日からリヴィングストン家の屋敷に戻っているわ」
こんな風に気軽にカールに返事をしているが。
ここ一週間は本当に大変だった。
先に帰国する妃教育を担当してくれた教師たちは、最後の試練とばかりに、バラバラのタイミングで屋敷を出発したのだ。彼らにもたせるお土産の手配、見送りに加え、突然の我がままや、日時変更……。それは一切の感情を捨て、無我の境地モードで乗り越えた。
正直、もはやちょっとそっとでは動じない肝っ玉になった気がする。
「そうだったのか。送別会を兼ねた晩餐会も招待してくれたのに、参加できなくてごめんな」
「気にしないで。仕事だったのでしょう」
帰国する教師たちの送別晩餐会は勿論、仮暮らしとなった屋敷に臨時で来てくれていた使用人との送別夕食会など、いくつか食事会を開いていた。それにカールのことも招待していたのだが……。
宮廷画家をしているカールは、基本的に宮殿にいる。
だが稀に出張に出ることもあった。それは王族から離れた、元王族の絵の依頼を受けた場合だ。
今回カールは、王都でも宮殿からは少し遠い場所で隠居生活をしている元王族の一員であり、現在は公爵家当主であるオパール公爵に頼まれ、彼の屋敷に一カ月、滞在していたのだ。そして彼から依頼された絵は、一カ月で仕上げる必要があった。
それは。
オパール公爵の余命があと一カ月と宣告されていたからだ。最期の肖像画を描いて欲しいというこの依頼を受ける許可を国王陛下は出し、カールはまさにオパール公爵の屋敷に缶詰状態で絵を描き続け……どうやら完成したようだ。
「肖像画を完成させて、その足でこの舞踏会へ来たんだよ。セシルと最後に会いたくてさ。……勿論、これが最後とは思わないけど、これを逃すと次は結婚式……なんてことにもなりそうだからさ」
今となっては皇妃の恐ろしさを、カールでさえ知っていた。
「ありがとう、カール。忙しい中、駆け付けてくれて。オパール公爵の容態は大丈夫なの?」
するとカールは「それがさ……」と意外な結末を語り出す。
「僕が肖像画を描くようになったら、不思議とオパール公爵の肌艶がよくなり、髪の毛まで元気になってきたんだよ。最初はベッドに体を起こしている状態で描いていた。でも最後はソファに座った姿で、絵を仕上げることになった。なんというか、最後の勇姿を見せたいという思いが高まって、元気になってしまったのかな? 明日は狩りに行くなんて言っていたから、もう驚きだよ」
「それは……驚きね。でもよかったわ。だってオパール公爵は、そこまで高齢ではないはずだから」
「本当だよ。僕も具合の悪そうな人物の絵を描くより、元気な人間を描きたいからね」と、カールはウィンクし、胸元から何かを取り出した。
「これ、餞別」
「! 何かしら? 見てもいいの?」
「いや、一人の時に見た方がいいと思うな」
「……そうなの?」
それは文庫本ほどのサイズで、今日のレティキュールにもすっぽり収まった。そこに飲み物を手にしたクラウスが戻ってくる。私に飲み物を渡すと、クラウスは優美な笑顔でカールに声をかける。既に顔見知りだったが、クラウスと話すカールは一歩腰が引けていた。
カールは公爵家の人間だし、公爵家の序列でも上位にはいる。しかも王族とも当たり前のように会っていて、彼らと会話するのはお手の物のはずだった。それでも腰が引けてしまうのは……。
間違いなく、クラウスの持つその圧倒的とも言える高貴なオーラのせい。
私達に挨拶に来た貴族のほぼ全員が、クラウスの前に立った瞬間、国王陛下に対峙した時のようなお辞儀をしていた。それはもうやり過ぎと思えるぐらい深々としたお辞儀で、クラウスは必ず開口一番「頭をおあげください」と伝えることになる。
でもそうしたくなるぐらいの絶対的な高位にある人間特有のオーラを、クラウスは間違いなくまとっていた。しかもそれはもしかすると……国王陛下よりも数段すごいオーラなのかもしれない。カールの様子を見ると、そう思わずにいられなかった。
「クラウス様、セシル様、そろそろ挨拶を再開してもいいですか?」
ジョセフに促され、私は座っていた椅子から立ち上がる。カールはクラウスと私にお辞儀をするとその場を離れた。
その後も延々と挨拶を受け、休憩をとり……を繰り返し、日付をまたぐ時間となったところで、ようやく最後の一人の挨拶を終えることが出来たのだ。
「エドワード殿下、ありがとうございました。おかげで、夜明けまで挨拶を受ける事態は回避できたと思います」
クラウスが深々とお辞儀をすると、エドワード様は快活に笑う。
「最初は助けるつもりでしたが、様々な令嬢と話せたので、良い機会になりましたよ」
「そう言っていただけると、申し訳ないという気持ちが薄れ、助かります。……エドワード殿下、ぜひアイス皇国にも一度いらしてください。妹が愛した景色、庭園などご案内します」
クラウスの言葉に、エドワード様の頬が緩む。
「……それは有難い申し出です。ずっと気になっていたのですよ。ナスターシャ姫がどんな場所で育ったのか。どんな景色を愛し、どんな花にその微笑みを向けていたのか……」
エドワード様の瞳が、いつかのように誰もいない空間に向けられている。
「生前、彼女はアイス皇国に帰りたがらなかったので、訪問する考えは浮かびませんでしたが……。クラウス殿下とセシル嬢がいるのなら。ええ、ぜひ、アイス皇国にお邪魔させてください」
「「ぜひ!」」
クラウスと二人、声を揃えて返事をしていた。





























































