5:思わず悲鳴を上げることに
「鉄槌王の間」は舞踏会がなければ、美しくとても広いホール。
でも今は……。
沢山の花があちこちに飾られ、国旗に加え、王旗、王太子旗、各騎士団旗などが横断幕のように天井からつりさげられている。そこに着飾った男女が沢山いるので、もうゴージャスさにさらに磨きがかかっていた。
「これは……すごいな。王太子殿下目当ての令嬢が圧倒的だけど、そこに付き添う両親も、気合いが入っているな」
カールがそう呟いた時。
「あら、あれはリヴィングストン公爵令嬢ではなくて? 昨日、婚約者の浮気が発覚して、婚約破棄されたのよね。まさかもう、新しいお相手探し? もしや王太子様狙いかしら?」
マダムの会話が聞こえてきて、私は固まる。
そ、そんな風に見えてしまうの……?と。
私はただ、自分の推しであるエドワード様を遠くからでいいので、愛でたいだけなのに。
「セシル、こっちへ行こう」
カールが気を使い、噂話をしていたマダムから離れた場所へ連れて行ってくれた。いわゆる壁の花になりそうな、背後が壁なので、余計な噂を立てられないで済む場所ではあった。
「……前言撤回するよ、セシル。昨晩の婚約破棄はさ、今のところアンドリューが浮気男で悪い奴になっている。でも……今日、ここにいることは誤解を生むかもしれないな。さっきのマダムが言ったような想像をされてしまう可能性は、ゼロではない」
あああああ、私はただ推し活をしたいだけなのに。なんて世間は面倒なのかしら。
「ダンスが始まったらテラスの方へ行こうか? それともセシルはダンスをしたい?」
「テラスに行くので賛成。というか、カールを付き合わせてしまって悪いわね」
そこでカールは困った顔で微笑む。
「ひどいのはさ、僕がセシルをエスコートしているのに、王太子殿下狙いと思われることだよ」
「それは……」
そこで気が付く。
宮廷画家としてマダムのファンも多いカールにエスコートしてもらうことは、それはそれで変な噂につながらないかと不安になる。
うううっ。
断罪回避できて、自由に推し活できると思ったのに、いろいろままならない。
結局、開催のセレモニーの後、最初のダンスが終わったタイミングで、逃げるようにテラスに出た。
テラスには休憩できるように、籐で出来たソファが置かれている。そこにひとまず腰をおろすことにした。
「セシル、飲み物を僕は取ってくるから」
「ありがとう」
カールが飲み物を取って来てくれたら、その後は「別行動にしましょう」と提案するつもりだった。エドワード様狙いと思われるのも困るが、カール狙いと思われても困ってしまう。
「はぁ……」
美しく正装しているであろう推しの姿を見たかったのに……。
見上げる夜空も十分に美しかった。
前世と違い、まだまだこの世界の夜は暗い。
肉眼でとんでもない数の星が見えていた。
キラキラと煌めくその様子は宝石みたい。
「!」
そうだ!
オペラグラスがある。
これがあれば、ここからでも推しの姿が見えるかもしれない。
レティキュールからオペラグラスを取り出し、ホールを眺める。
エドワード様、エドワード様……。
「!」
推しを見つける前に、珍しい浅紫色の瞳をした、あの美貌の貴公子を見つけてしまった。
今日は白のテールコートに瞳と同じ色のマントとタイをつけている。遠くで見ていても高貴に感じた。
そこでふと、彼の切なそうな顔を思い出してしまう。
昨日はなぜあんな表情をしていたのかしら?
よく見ると、今もなんだか切なそうな表情になりかけながら、周囲を窺っている。
誰かを探している……?
そこで一瞬、もしかして私を探している?なんて思ってしまったが。
まさか、そんなわけがない。
昨晩、私はきちんと名乗っている。
リヴィングストン公爵家は、公爵家の序列の中でも上位。
この国の人間だったら絶対に知っている。
彼がもし異国の人間であっても、この国の住人に聞けば、「ああ、それは」と答えが返ってくるはずだ。
つまり。
もし本気で私が気になり、話したいと思っていたら、手紙の一通を屋敷に寄越すということ。それがないのだから、昨晩のあれは……。
やはり、ナンパ?
「あ……」
美貌の貴公子に令嬢が、話しかけようとしている……!
それは……そうだろう。
と思う反面、勇気があると思ってしまった。
何せあの容姿と高貴なオーラなのだから。
多くの令嬢が、話しかけたいが、話しかけられない――と思う。
……!
美貌の貴公子に近づいた令嬢を阻止したのは……黒騎士!
やはり彼は護衛騎士ね。
どうやら黒騎士がガードを固め、主に令嬢が近づけないようにしているらしい。その一方で、美貌の貴公子は、相変わらず人探しをしているような……。
「きゃっ」
思わず悲鳴を上げることになった。