4:健気で可愛らしくてたまらない!
「皆さん、紅葉が見えてきましたよ。いやぁ、実に美しいですなぁ。あの赤褐色に見えるのは、オークの木でしょうな」
雲海のエリアを抜け、太陽は元気に上昇を続け、眼下の景色も変化している。
そう、目的にしていた紅葉を眺められる場所に来ていた。
ここはおじいちゃん植物学者のピーター子爵が、熱弁をふるってくれる。茶色のツイードのスーツに、キャラメル色の厚手のウールのマントを羽織ったピーター子爵は、この中で最高齢なのに、一番元気だ。
「あの黄色や茶色に見える一帯は、ブナの木でしょう。もう既に実が落ち始めている時期でしょうが、今年は豊作か、不作か。ブナの実は、リスやクマが好んで食べます。ああ、そうそう、ネズミも。ブナの実が豊作だと、ネズミが大繁殖し、不作だとクマによる野作物や家畜への被害が増える。ただ多く実るのは、五年~十年に一度と言われています。もうそこはブナの木様の気分次第なのです」
ピーター子爵の植物学の授業は、今のような感じでとても面白かった。
最初は妃教育でなぜ植物学?と思ったけれど。こんな説明を聞くと、その重要性がよく理解できる。ブナの実が不作と分かれば、害獣被害に備えることだって可能だ。
さらにアイス皇国は永久凍土が多く、森林が存在するエリアは限られていた。でも木材のニーズは高い。だからといってむやみやたらに伐採するわけにはいかない。木材として利用できる状態になるまで、どれだけの生育期間が必要か。領地に生える木について正しい知識を身につける必要があった。
それに隣国のウッド王国は、豊かな緑に恵まれた国。ウッド王国との国交や貿易においても、植物学の知識は生きる。さらに木だけではなく、花や果実についても学ぶので、庭園の造園にも役立つ。
「さて、セシル様。そのブナの木の実。お味はどんなものか、覚えているかな?」
「実際に食べたことはないのですが、香ばしく、クルミやカシューナッツを思わせる味だと先生から習いました」
するとピーター子爵は「正解です」と笑う。
そんな感じで紅葉をただ眺めるだけでなく、学びながらの鑑賞となったが、エドワード様はピーター子爵ととても熱心に話している。ウッド王国では、アイス皇国以上に植物学の知識が重視される。それは国内に森林が占める割合が多いからだ。
一方のナンシー男爵夫人は、赤黒いドレスに黒のロングケープをまとい、まるでジョセフとペアコーデみたいになっていた。実際、二人は並んで眼下を見ているのだが、ナンシー男爵夫人は好き勝手に話し、ジョセフはただ黙ってそばで聞いて……いるのか、いないのか。
エドワード様を護衛する近衛騎士隊長のセオは、基本的に操縦者のそばから動かない。とういうのもその体重が、気球に与える影響は無視できるレベルではないらしく、彼以外が自由に移動できるよう、セオは気球の一画に待機し、みんなを見守ってくれていた。
「セシル嬢、紅葉は……本当に美しいですね。アイス皇国にも寒さに負けないカエデの木があり、それは黄色に紅葉しますが、木そのものの数も少ない。よってこんなに沢山の木々が紅葉している様子を見られるのは……わたしからすると圧巻です」
「圧巻……それは私も同じですわ。地上から見るのと、上空から見るのでは、全く違う景色です。こんな紅葉を見るのは初めてで、驚いています」
するとクラウスは、少し悲しそうな顔でこんなことを言い出した。
「皇妃は天邪鬼な方なので、セシル嬢がウッド王国に行きたい素振りを見せれば、それを阻止するような行動をとるかもしれません。……今後は、紅葉を見ることが、なかなかできないかもしれません……」
どこかの国へ嫁ぐということは。その国の一員として生きることが求められる。そう頻繁に母国に帰ることができない――というのはもはやこの世界では当たり前。そこを踏まえたとしても。皇妃がとる阻止行動は……。何せクラウスは、実の妹の葬儀の参列さえ、許されなかったのだから。きっと理不尽なものなのだと想像できる。
でも私はそんな皇妃に負けるつもりなど毛頭ない。
ただ、今はそんなことを話す必要はないだろう。それよりも……。
「……アイス皇国は、紅葉がほとんど見られないそうですが、代わりに樹氷を見ることができると習いました。私は樹氷を見たことがないので、それを見るのが楽しみですわ」
私の言葉にクラウスは、極上の笑顔で応じてくれる。
「セシル嬢! 私の離宮は皇妃の指示で、かなりの寒冷地に作られました。その代わり、樹氷はほぼ毎日のように楽しめます。さらに離宮を建てる際、熱い泉が発見されました。常に温かい湯が湧き出ているのです。その熱い泉をひいて、入浴できる施設も作りましたから、ご案内しますよ」
熱い泉。常に温かいお湯が湧き出ている……ってそれはきっと温泉ね。ウッド王国にもいくつか天然温泉が湧いており、スパ施設のようなものも存在している。でも樹氷と温泉を楽しめるのはクラウスの離宮ならでは。
「それはとても楽しみですわ!」
笑顔の私を見たクラウスは、とても嬉しい気持ちになったようだ。私を抱きしめたくてたまらないという表情になっている。でもみんなもいるので、それを我慢しているその姿は……。
健気で可愛らしくてたまらなかった。





























































