3:とんでもない状況を甘受
「セシル嬢、ウッド王国でこれを使うことになるとは思いませんでしたが、これから夜が明けるものの、上空はかなり冷たいと聞いています。どうぞこちらのロングケープをお使いください」
気球から紅葉を楽しむと決まり、天気とにらめっこした結果。
今日、それが決行されることになった。
4時過ぎに起き、屋敷を出て、王都の中心部から少し離れた牧草地帯に、クラウス、彼の護衛騎士――ジョセフやトニー達、気球に乗ることを提案してくれたナンシー男爵夫人、紅葉を見るならとおじいちゃん植物学者ことピーター子爵、そしてなんとエドワード様もやってきていた。
エドワード様には、アケビの御礼の手紙を書いた際、クラウスと気球で紅葉を楽しむ予定だと近況報告のつもりで書いていた。それを読んだ推しであるエドワード様は、気球で紅葉を楽しむことに、大変興味を持ってくれた。というのもエドワード様は、子供の頃、気球に乗りたいと思っていた。でも王太子教育が忙しかったため、結局乗らずに終わっていたのだ。
「クラウス殿下、このマント、とても暖かいです。私の分まで防寒着をご用意いただき、ありがとうございます」
母国が寒い国であるクラウスは、一応で防寒着を用意していた。その防寒着を、これから気球に乗るメンバーに、配ってくれたのだ。
クラウスが私に用意してくれたのは、さっき羽織らせてくれた真っ白なロングケープ。襟を銀色のファーと黒いベルベットのリボンで結わくようになっており、とってもオシャレ! しかも彼の瞳に合わせた浅紫色のウールのドレスとの相性も、バッチリだった。
一方のエドワード様は、動きやすいようにと、ライトブルーの乗馬服で参加していた。その乗馬服に合う濃紺の厚手の毛皮のマントを、クラウスがエドワード様に渡していた。白いファーで縁取られ、このマントを着用したエドワード様は……まるで国王陛下! カッコいい上に、なんだか威厳が感じられる。さすが私の推しだわ。
クラウス自身は、ブルーベリーのような濃紫の乗馬服姿だったが、そこに合わせた毛皮のマントはシルバーホワイト。パールグレーのファーで縁取られ、アイスシルバーの自身のサラサラの髪色とのマッチングも完璧! 真剣な表情でジョセフと話すその表情と、今の装いを見ると……。“氷の貴公子”という別名がピッタリ。
もはやクラウスは“氷の貴公子”という名を返上していいほど、私の前で表情が豊かだった。でも今この瞬間、キリッとした顔でシルバーホワイトの毛皮のマントをまとった彼には、確かに氷の結晶の背景が似合うし、そこに“氷の貴公子”という文字を飾りたくなる。
「!」
思わずガン見していたことに気づいたクラウスが、私にその浅紫色の瞳を向けた。次の瞬間、氷は氷解し、それは気温が急上昇するような秀麗な笑顔に変わっている。気温は実際、上昇せず、代わりに私の体温が急上昇していた。
「皆さん、準備が整いました。今回は人数が多いので、二つの気球に乗ることになります。こちらの気球には、エドワード王太子様、クラウス様、セシル様、ピーター子爵、ナンシー男爵夫人、護衛としてジョセフと近衛騎士隊長のセオ様」
ベージュブラウンの髪にグリーンの瞳のトニーが右手で示したのは、青い球皮の気球。さらに左手で示したのは……。
「こちらの赤い気球には、僕ほか残りのメンバーが乗り込みます。黄色の気球には、荷物をのせ、騎士一人と操縦者が乗る予定です」
クラウスを護衛する騎士の一人であるトニーは、濃いグレーの隊服姿で、淡いグレーの毛皮のマントを着ていた。ジョセフだけ全身黒装備なのは、どうやら彼が護衛騎士の長であり、特別だから。他の護衛騎士はみんな、トニーと同じ装いだ。
ちなみに近衛騎士隊長のセオは、エドワード様に遣える近衛騎士団の団長。年齢は27歳、結構マッチョで、それだけで存在感があった。身長もあり、彼がエドワード様の傍に立つと、壁が立ちはだかっているようになる。並みの悪人ならそれだけひるんでしまいそうだった。
さらにセオは明るいグリーンの隊服に焦げ茶色の毛皮のマントを身に着けているが、そうなるともう、まるで二足歩行する熊みたいに見えてしまう。
「セシル嬢、さあ、気球に乗りましょう」
クラウスが優しく私の手を取り、気球に乗るのを手伝ってくれる。
「私が受け止めますから、どうぞ」
先に気球に乗り込んでいたエドワード様が、両手を広げ、私を受け止める体勢になってくれた。
今、私はとんでもない状況を甘受しているのでは?
二人の皇子と王子に助けられ、気球に乗り込んでいる。
幸せ過ぎる状況を噛みしめ、気球に乗り込んだ。
「では出発します」
全員が乗り込むと、操縦者が声をかけ、じわじわと気球が地上から離れていく。地上には馬車と残された護衛騎士がいて、彼らはこれから気球の動きを追って移動を始める。
その彼らの姿も、広がる雲によって霞んできていた。
そう。
早朝のこの時間から気球に乗ったのには、理由がある。
それは雲海を見るため。
紅葉は勿論、この雲海を朝陽と共に見られるのは絶景のはず。
まずは広がっている雲を抜ける必要があるので、気球はぐんぐん上昇していく。
同時に東の空は、既に少しずつ明るくなっていた。
「セシル嬢、間もなく雲を抜けますね」
横にいたクラウスが、気球の籠を自身の右手で掴んだ。私の右手の横に、クラウスの右手が置かれることで、私の体はクラウスの胸の中にすっぽり収まった
急にクラウスとの距離がぐんと近くなり、心臓の鼓動が早くなってしまう。
だが目の前の景色が――。
雲を抜けた。
眼下に雲海が広がっている。そこにひょっこり顔をのぞかせている山々が見えていた。さらに太陽が昇り、朝陽も射してきている。
前世では、動画で何度か見たことのある雲海の景色。
実物をこの世界で見られるなんて――!
白い雲に朝陽が射し、ぼかし絵のような淡い色合いの景色が広がっている。
「これは……早起きしたかいがありますね」
「本当に。神々しくて美しいです」
「気球に乗ることを提案してくれたセシル嬢に感謝です」
クラウスが自身の顔を私の頭に寄せた。
気づけば手袋をつけた私の手を、これまた手袋つけたクラウスの手が包み込んでいる。
周りにみんないるのに。
こんなに密着していていいのかしら……。
でも彼の胸の中にすっぽり収まっている私には、目の前の壮大な雲海と太陽しか見えない。
いいわよね。たまには。
それに私達、婚約しているのだから――。
最愛のクラウスの胸の中で、ドキドキしながら、初めての気球から見た雲海の景色を、脳に焼き付けた。















