46:お気に入り
国王陛下直筆の書簡が我が家に届き、これまた騒動となった。
その書簡に書かれていたこと、それは――王宮に顔を出し、食事でもしながら、婚約の報告を聞こう。そう、私とクラウスの婚約の報告を、国王陛下自らが聞くと書かれていたのだ!
その経緯はこう説明されている。
クラウスとの婚約の件は聞いている。アイス皇国からの正式な返事はまだと思うが、許可はおりるだろう。隣国の第二皇子とウッド王国の公爵家の婚約。そうなれば当然、報告の必要がある。必然的に王宮へ足を運ぶことになるが、明日の夜は丁度、国王陛下は時間があいていた。だから、王宮に顔だし、食事でもしながら話そうではないか――ということだった。
上流貴族の婚姻には、国王陛下の許可を得るのが、ウッド王国の慣例。だがその多くが、書類での申請のみ。もちろん例外もあった。つまり、国王陛下と謁見することもある。
例えば筆頭公爵家の次期当主の婚約のような場合だ。影響力があったり、家同士のつながりを持つことが、世間に与えるインパクトがあるような時、国王陛下と謁見となる。
ちなみにアンドリューと私が婚約した時は、書類の申請で済んでいた。
今回、私とクラウスの婚約が正式に認められれば、アイス皇国の王族とウッド王国の公爵家との婚姻となる。当然、国王陛下との謁見が必要。とはいえ、夕食を共にしながらなんて、異例と思える。
クラウスは国王陛下に気に入られていると言っていたが、それはどうやら間違いではないようだ。
それを確認できたのは、クラウスが我が家へお茶会に来てくれた時のこと。
ちなみに今日のクラウスは、白シャツに桔梗色×藤色のストライプのベスト、葡萄色の上衣にズボンと、自身の髪色と瞳との相性が抜群の装いをしている。一方の私は、チェリーピンクのグラデーション生地のドレスで、身頃にはビーディングレースとエンブレースの2種類が組み合わさり、とても華やか。紫の鉱石は、ブローチにしてつけている。
「国王陛下は、過去にわたしを人質も同然でブラームス伯爵の屋敷へ預けていたことを覚えていたため、自身が嫌われているだろうと思っていたようです。でも先にウッド王国へと来ていた妹が、わたしの良い面を沢山の人に話してくれていました。おかげで王宮の人は皆、親切にしてくれています。そこはもう、亡くなった妹に感謝するばかりです」
少し悲しそうに微笑むクラウスを見ると、胸がしめつけられる。大好きな人の心の痛みは、私にとっても痛みとなることを、その時、実感した。
「妹が広めてくれたわたしについての話の一つに、国王陛下が強く興味を引くことがありました。それはナイン・メンズ・モリスというゲーム。妹もわたしがこのゲームが好きだったのですが、国王陛下もそうだったのです」
ナイン・メンズ・モリス。
それは格子の点にあたる24か所に、対戦相手と交互に駒をおいていき、縦もしくは横に駒が揃うと、相手の駒を取り除くことができる。最終的に相手の駒を2つまで減らすか、もう動かせなくなるまで追い込むと勝利だ。
このゲームを楽しむ人も多いと思うが、貴族達が主流でたしなむのはチェス。ナイン・メンズ・モリスでも遊べないわけではないが、国王陛下がこのゲームを大好きだったとしたら、手応えのある対戦相手を欲していた可能性がある。
「ではクラウス様はナイン・メンズ・モリスの対戦相手として、国王陛下との接点ができたのですか?」
尋ねるとクラウスは「その通りです」と頷く。
国王陛下とそのナイン・メンズ・モリスをプレイする中で、いろいろ話をした。元々アイス皇国中を領地視察名目で旅していたクラウスは、知識も豊富で、国王陛下を楽しませる話が沢山できたようで……。
気が付けば、とても気に入られたらしい。
「実は今朝、国王陛下にニュースペーパーを届けるバトラーに、頼んだことがあります。それは手紙を渡してもらうことです。わたしがセシル嬢にプロポーズをして承諾してもらえたこと。昨晩、早馬で母国にも報告をしていること。それを書いた手紙を、バトラーに託しました。この手紙を読んだ国王陛下が、早速、動いてくれたのでしょうね」
状況は理解したが、隣国の第二皇子のために、今朝読んだ手紙に即反応する国王陛下は……よっぽどクラウスがお気に入りらしい。
「しかもこっそり、父君に……皇帝にもお祝いの手紙を早馬で送ってくれたようで……。わたしの早馬より一歩遅れで到着することになりますが、もし皇妃が何かごねても、ウッド王国の国王陛下から祝いの言葉をもらったとなると、皇妃も黙るしかないと思いますね」
そう言うとクラウスは、私の口元にケーキを運んでくれる。
お茶会に用意されたスイーツは、焼き菓子やチョコレートと左手でつまんで食べることが出来た。でもフォークを使うケーキは、クラウスが私に食べさせてくれるのだ。
甘酸っぱいアプリコットと生クリームたっぷりのケーキを頬張る。
「ところでセシル嬢」
クラウスは浅紫色の瞳を細め、ケーキの甘さを忘れるような表情で私を見た。
「ど、どうしました?」
そんな表情を向けられたら、当然心臓はドキドキしてしまう。
するとすっと手を伸ばしたクラウスは、私の左手をとると、愛おしそうにキスを落とす。
……!
手も私の一部なのだけど。
こんなに上品に扱われ、キスされるのを見ると、なんだか手に嫉妬してしまいそう。
クラウスが素敵過ぎて、若干思考回路がおかしくなっている私に、彼はこんなことを言った。
「今日は私が贈った指輪を、左手の薬指につけてくれていますね。……それだけでなんだかとても……嬉しいです」
うっすらと頬を染め、はにかむような笑みを見せるクラウスは……。2歳年下なのに! こちらはもう完全に陥落だ。





























































