44:両親の思い
屋敷に着くと、両親も兄弟もまだ帰ってきていなかった。
私がボニーに襲われそうになったことは、クラウスも関わっていることから、大っぴらにはされていない。よって両親も私が手に怪我をして早めに帰ったことを、知る由もなかった。
「クラウス様、私の両親も兄弟も、何時に帰って来るか分かりません。勿論、このまま屋敷でお待ちいただいてもいいのですが、いつ帰るか分からない者を待つのは、時間の無駄になりませんか?」
エントランスに降り立ったクラウスに尋ねると。
「無駄などではありませんよ。私はセシル嬢のご家族に、二つのことを伝える必要がありますから」
二つのこと。
それは間違いなく、ボニー襲撃で私が怪我をしたこと。もう一つは……私がクラウスの想いを受け入れ、彼の婚約者になることを決心したこと。この二つに間違いない。
後者は明日でもいいだろう。でも前者については……。
彼としてはきちんと今日のうちに、話しておきたいのだろう。
その気持ちが分かったので、ではということで、応接室にクラウスを案内することにした。ジョセフやトニー達騎士のことも、応接室の隣の従者の控え室へと通すよう、バトラーに指示を出す。もはや何時に両親や兄弟が戻るか分からないため、彼らを外で待機させず、屋敷の中で待ってもらうことにした。
応接室に腰を落ち着けると、マリが紅茶を出してくれる。その際、マリは包帯の巻かれた私の手を見て、心配そうな顔になった。
「大丈夫よ、マリ。かすり傷だから」
私の言葉にマリの顔がホッとした表情に変わり、お辞儀をして部屋から出て行った。
馬車の中では、さっきまで楽しんでいた舞踏会について話していた。3本見た芝居の感想などを話したのだが。今、紅茶を飲みながらクラウスが話し始めたのは、これからの未来の話だ。
アイス皇国で私を案内したい場所のこと。歴代の皇族が結婚式を挙げるアイス皇国の大聖堂のこと。クラウスが所有する離宮のこと……などだ。
アイス皇国内を二人で旅したり、離宮で共に過ごしたり。二人の結婚式の様子まで浮かび、私の顔はついデレそうになってしまう。
そこへバトラーが声をかけてくれた。
「セシルお嬢様。旦那様と奥様がお屋敷の敷地内に入りました」
私はクラウスを見た。
クラウスは「分かっています」というように力強く頷いた。
◇
「そうか。骨折していなくて良かった。セシル、よくやった! 自分で決着をつけわけだ。さすが我が娘だ」
ボニーの件を帰宅した両親に報告し、手を負傷したことを話すと、父親はこう言って、私の健闘を褒めてくれた。母親も父親に同意している。
「ええ。リヴィングストン家の人間として恥じない行動だったと思います。しかも素手で短剣に立ち向かうなんて。立派ですよ、セシル」
父親は時々親ばかになってしまう。でもまさか母親までこんな風に言ってくれるなんて……。感動したが、すぐにその意図に気づく。
そうか。
その場にクラウスがいたことを、二人とも分かっている。私が無茶な行動をして負傷したけれど、その非はクラウスにないと示すためにも、両親が私の行動を称賛してくれている可能性も……あるのではないかしら?
クラウスは、自身が即行動しなかったことを詫びたが、それに対する両親の反応は……。
「これは我がリヴィングストン家の問題です。クラウス第二皇子様には、むしろ傍観者でいてくださったことに、感謝します」
父親はキッパリそう言い切った。これにはクラウスも一瞬驚いたが、すぐ察してくれて、これ以上この件について詫びることはない。
こうして舞踏会でのボニーの殺傷未遂事件についての話は終わったので、次はいよいよ、私がクラウスのプロポーズを受けた話になる。
緊張で心臓がドキドキいい始めていた。
一方のクラウスは、落ち着いた様子で、優雅に切り出す。
「既にお聞きの通り、私はセシル嬢に好意を寄せ、彼女に会いたいという気持ちもあり、ウッド王国に参りました。奇跡的に彼女に再会でき、わたしは秘めていた想いを打ち明けさせていただいたのです。でも、これはセシル嬢にとっては青天の霹靂。驚かれたと思います。そして考える時間を持っていただくことになり、この1週間、毎日のように彼女にお会いすることになりました」
そこまで言うと、クラウスは秀麗な笑みと共に私を見た。その笑顔のあまりの神々しさに、両親がいると分かっているのに、頬が緩んでしまう。
「今日、セシル嬢と共に舞踏会に向かい、あの事件が起きる前までは、夢のような時間でした。なぜなら、セシル嬢から、私の気持ちに応えるという返事をいただけたからです」
「そ、それはつまり、クラウス第二皇子様のプロポーズに、応じるということですか?」
尋ねる父親の声は震えている。
「はい。わたしのプロポーズを受け、婚約者になってくださると言うお返事をいただきました」
「おおおおお」「まあ」
父親と母親が手を取り合い、喜びあっている。すぐに二人ともクラウスと私に、「おめでとう」の言葉をかけてくれた。
父親はバトラーにシャンパンを持ってくるように告げ、そこでクラウスがまだ未成年であることに気がつき、慌ててジンジャーエールを持ってくるように訂正する。
そう。
クラウスはこんなにしっかりしているのに。私より年下。
「では乾杯しよう!」
飲み物が用意されると、祝福の乾杯が行われた。





























































