40:二人きり
救護室のテントを出ると、すぐそばに噴水広場があった。
噴水を中心に沢山のベンチが置かれているが、人の姿はまばらだ。今のこの時間は、舞踏会がまだ始まったばかり。続々と入場している最中だろうし、入ってすぐの屋台で食事をしたり、マジックショーを見たり、ダンスをしたり。まだまだ忙しい時間だ。
「さて。ジョセフとトニー、その他の騎士達ともはぐれてしまいましたが、彼らは優秀です。わたし達のことを必ず見つけ出すと思うのですが……」
クラウスが広場の様子を観察している。
人の姿はまばらだが、警備の騎士はきちんと配備されていた。
ここで休息しても問題ないと思える。
彼もまたそう判断したのだろう。
私に視線を向けた。
「ジョセフ達がわたしを見つけるまで。セシル嬢、あなたと二人きりです」
ランタンの淡い光を受けたクラウスの浅紫色の瞳が、甘く煌めいた。
こ、これは……。
今、抱き上げられているが、普通にしていたらへたり込んでいただろう。この顔でこんな甘い言葉を囁くなんて……。反則だわ。
そんなドキッとさせる言葉を囁いたクラウスは、私をベンチにおろすと、自身も隣に座った。「あなたと二人きり」という言葉にときめいてしまった私は、心臓をバクバクさせながら、チラリとクラウスを見た。
彼は壊れ物を扱うように包帯の巻かれた私の右手を、自身の両手で優しく包み込んだ。
ドキドキしながら彼の顔を見ると、その顔は真剣そのもの。
ドキドキではなく、ドキッとしてしまう。
「セシル嬢」
「は、はいっ」
「あなたが勇敢であることはよく分かりました。機転が利くことも。でも……」
そこでクラウスは包帯に包まれた手にふわっとキスをした。
その仕草が実に優雅で、思わずため息が出てしまう。
「これからは、わたしにあなたを守らせてください。もしわたしがそばにいない場合で、もうどうにもならないというのなら、あなたが勇気を示す必要があるでしょう。そうではない時は。わたしがあなたを守ります」
「クラウス様……」
真摯な瞳を私に向けるクラウスは、もう本当に息をのむ美しさ。
「セシル嬢、あなたの身に何かあったら。わたしは一生自分を責めることになります。それにあなたのご家族にも申し開きができません」
そこで切なさそうにため息をつく。
「もうこの小さくか弱い手は、怪我を負ってしまいましたが……」
ああ、そうか。
クラウスは騎士としての訓練も受けている。敵を制圧できるだけでの腕前もあるのだ。それなのに私が傷つく事態があれば、それは彼の不名誉にもなりかねない。今回の私の行動は……かなり軽率だったと思う。
「クラウス様、ごめんなさい。騎士として戦闘スキルもあるのに、私が怪我をする事態になっては、あなたの名誉にも関わりますよね」
「わたしの名誉など関係ありません。大切なのはあなたが傷つかないことです」
もうこんな風に言われては、またも心臓がドキドキといい出してしまう。この騒がしい鼓動をなんとかしたい!
「わ、分かりました。私のことを大切に思ってくださり、本当にありがとうございます。今後はクラウス様に守っていただきます」
「それを聞けて安心しました」
そう言って微笑むクラウスは、これまた優美で……。
心臓が落ち着く気配はゼロだ。
若干、パニック気味の私は思わずこんなことを口にしていた。
「今回は、その、私もつい頭にきてしまって。ボニー様は私の存在を知りながら、元婚約者と恋仲になり、さらには私に無視された、冷たくされたと噂を流しました。そして今回、クラウス様といるところに突然現れ、いやがらせを始めて……。その上で短剣を持ち出しました」
本当は短剣なんて持ち出したのを見たら「きゃーっ」ってクラウスにすがりつくのが妥当なのに。私はなぜ、あの時……。その理由は分かっている。
「これまでずっと我慢し、彼女に対し、何もしてきませんでしたが……。正直、『いい加減にしてほしい!』と思い、体が……勝手に動いてしまいました」
「今回はそうなるのも仕方ないと思いますよ」
「え……」
クラウスはゆっくり私の手から自身の左手をはなすと、私の前髪にそっと触れる。どうやら一連の騒動で、前髪が乱れていたようだ。それを直してくれた。
そうだと気づくまでの間、もう心臓が止まるかと思った。
「短い時間でしたが、ボニーという名の令嬢と話したわたしは、まるで皇妃と話しているような気持ちになりました。回りくどく嫌味を言ったり、心にもない言葉を口にしたり、誰かのせいにしたり。セシル嬢が『いい加減にしてほしい!』という気持ちになるのも当然かと」
……!
クラウスは……分かってくれている。
ボニーの本性をちゃんと見抜いてくれていた!
「ただ、あの女性はもういません。持ち込むことを禁止されていた短剣をこの会場に持参していたのです。しかもその短剣を使い、他者を傷つけようとした。お咎めなしで済むわけがありません。もう二度と、彼女と会うことはないでしょう」
それは……確かにクラウスの言う通りだ。
ある意味、さっきのあの瞬間で、私とボニーの縁は完全に切れたと思う。





























































