37:奇跡
クラウスとダンスをするのは、勿論これが初めてだ。
ダンス自体はもう子供の頃からずっとしているので慣れている。でもクラウスとのダンスは初めてだから、ドキドキしていた。
「セシル嬢とダンスできるなんて、光栄です」
そう言って微笑むクラウスに、緊張感はない。
踊り慣れているのかしら。
「でもわたしは舞踏会ではもっぱら壁のシミでしたから。ちゃんとリードできるか心配です」
「え、クラウス様が壁のシミ!? まさか、そんな」
「アイス皇国でわたしは“氷の貴公子”と言われていますから。それに」
そこでステージの中央に近い場所に到着した。音楽の始まりを待つため、姿勢を整えると。
「それにわたしはダンスをするなら、あなたとが良かったから」
不意に顔を私の耳元に寄せたクラウスから、そんな風に囁かれ、全身から力が抜けそうになる。だがそこで音楽が始まり、必死に力をいれた。
「セシル嬢、大丈夫ですよ。リラックスしてください」
「そ、そうですね」
気付けばクラウスの手をぎゅっと握っていたことに気づく。
何度か深い呼吸を繰り返している間、クラウスは優しい眼差しで私を見ていた。
とても嬉しそうな顔をしている。
“氷の貴公子”になんか見えない。
もし皇妃による嫌がらせがなければ、クラウスには間違いなく、婚約者がいただろう。ウッド王国に人質も同然で滞在することは……なかったはずだ。
そう考えると、今、こうやってクラウスとダンスできるのは……奇跡とも言える。
奇跡。
あの夏の日の出会い。
一通の手紙から始まった今。
まさかの再会。
そう、すべては奇跡――。
そしてこんな奇跡、人生で何度も起こることではない。
奇跡はある意味チャンスでもある。
一度逃したら、二度とそれは掴むことができない。
そう思った私は――。
「クラウス様」
「どうしました?」
「好きです」
「!」
クラウスの浅紫色の瞳が驚きで大きく見開かれ、息を飲んでいる様子が伝わってくる。でもその顔はすぐに喜びに溢れた笑顔に変わった。
何か言おうとするが、胸がいっぱいで言葉にならない。
そんな様子がクラウスから伝わってきた。
でもそれで十分。
その表情で全ては伝わってきている。
そこで音楽が終わり、最後のポーズを決めた。
「セシル嬢、ありがとうございます」
ぎゅっと抱きしめられ、もう心臓が飛び出しそうになる。でもここはダンスをするための場所、クラウスはすぐ私からはなれ、エスコートし、ステージの外へ向かう。
抱きしめられたのはほんの一瞬。
でも思いがけず感じた力強さ。彼の香水だと思うが、マグノリアを思わせる優雅でエレガントな香りがした。彼のイメージにピッタリな香り。
もうドキドキが止まらない。
ダンスの最中に自分の気持ちを伝えるなんて、考えていなかった。でも本当に衝動的に。気分がグッと盛り上がり、告白してしまっていた。クラウスもさぞかし驚いただろう。
そう思い、チラッとクラウスを見ると。
ずっと私を見ていたのだろうか。
甘い、甘い眼差しと目が合う。
瞬時に心を溶かされ、もう腰が砕けそうになる。なんとか意識を保ち、ステージを下りた。
次の音楽が始まった。
同時に。
クラウスに再び抱きしめられていた。
改めて感じる彼の香り。とてもいい香りで何度も吸い込んでしまう。
クラウスは何も言わない。
いや、言えないのだろう。
言葉にならない。
でも気持ちはさっきと同じ。
ちゃんと伝わってくる。
この一週間。
変わらず私を好きでいてくれて、自分に振り向いて欲しいと、一途に想い続けてくれていた。そして今、その気持ちが結実したのだ。きっと万感の思いだろう。
あ……。
聞こえてくる。
クラウスの心音が。
とてもドキドキしているのが分かる。
自分もドキドキしているが、クラウスもこんなに……。
「セシルさま、お久しぶりです!」
甘い気持ちが一気に吹き飛ぶ。
クラウスの腕から力が抜け、私はその胸から顔をあげ、声の方を見る。
明るい黄色のドレス、ポニーテールと、見るからにヒロインオーラが漂っていた。
「ボニーさま……」
「お元気でしたか? アンドリューさまの件では大変でしたね。まさか、彼、あんなことをするとは思いませんでしたわ。お互い、彼には苦労させられちゃいましたよね!」
テヘッという感じで笑い、ペロッと舌を見せる。伯爵令嬢らしからぬ仕草をしたボニーは、上目遣いでクラウスを見て、それから私に視線を戻す。
クラウスを見る時のボニーの視線には、媚を感じる。
「お見かけしない方ですね、こちらの方。しかもセシルさまとは随分、親しそう。どちら様ですの?」
「彼は」
「わたしはセシル嬢と婚約することになったクラウスと申します。現在、詳しい身分を明かすことはできませんが」
クラウスからハッキリ「婚約する」と言われたことに、吹き飛んだ甘い気持ちが再び戻って来た。心臓が急速にドキドキし始めている。
一方のボニーは……。
「ま、まあ、こ、婚約……。へえ……、あ、そうでしたの。それは……おめでとうございます」
ボニーは驚きを隠せないという感じで微笑み、そしてクラウスから視線をはずし、私を見る。
「……セシルさまは……すごいですね。十年来の婚約者がいたのに。すぐに心変わりできるなんて、私は」
「失礼ですが」
クラウスがボニーの言葉を遮った。しかもかなり冷たい声だったので、私も驚いたが、ボニーも息を飲んでいる。
「ご令嬢。あなたがセシル嬢のただの知り合いか友人か分かりません。ただ、あなたは彼女の身にどんなことが起きたのか、ご存知ないのかもしれない。ですから今のような発言につながってしまったのかもしれません」
上品で洗練された雰囲気はそのままに、でも声は冷え冷えとしたクラウスに、ボニーの顔が強張っていく。





























































