36:一年に一度の珍しいイベント
エントランスで既にたじたじになっていた私は、これまで当たり前のようにクラウスと二人で乗っていた馬車にも、緊張することになった。
そう。
馬車の中は密室空間。
クラウスと二人きり。
そんな状況をこの一週間、当たり前のようにやり過ごしてきた自分が……すごい、と思ってしまう。
正装のクラウスに見惚れてしまってからは、なんだか彼を必要以上に意識してしまう。
冷静に考えると、クラウスと初めて会った時。
彼は紫水晶を思わせる色のテールコートを着ていた。
そう、そうなのだわ!
彼のテールコート姿はこれが初めてというわけではないのだから。ここまで緊張する必要は……ないのに。
「セシル嬢。今日はなんだか緊張されていませんか?」
ギクッ。
まさにそうなので、汗が噴き出そうになる。
「あなたにそんなことを聞いていますが、わたしもなぜだか緊張しています」
あああああ、それは私の緊張が移ってしまったのかもしれない。それは……申し訳なく思う。
「多分、その、二人とも舞踏会ということで、いつもよりドレスアップしているからではないでしょうか」
「なるほど。そうかもしれません……。ただ、セシル嬢はいつも美しいので。ドレスはその美しさを引き立てているに過ぎないと思いますが」
あああああ、クラウス!
そんな風に言われると、またも腰が砕けそうになってしまう。
ここが馬車の中で良かった。座っているから、誤魔化せる!
なんとか深呼吸をし、気持ちを少しだけ静めることに成功した。
「……ありがとうございます。そんな風に褒めていただけて、こ、光栄です」
「今日のような舞踏会があるとは、ウッド王国は国民との距離が近いのですね」
クラウスが、気持ちを落ち着けるような話題を振ってくれたことにホッとする。その後は今日行く舞踏会がどんなものか、私が話して聞かせることになった。
会場となるウッド王国建国記念広場はとても広いので、舞踏会と言っても、ダンスを踊るだけではない。演劇を上演しているエリアがあったり、マジックショーを行っているところもあれば、飲食を楽しめる場所もある。街の人々と貴族が交流する、一年に一度の珍しいイベントでもあることなのだ。
そんなことを話していると、ウッド王国建国記念広場が見えてきた。あまりにも人が多いので、広場の入口に馬車で乗り付けることはできない。少し離れた場所で馬車を止め、後は徒歩で広場へ向かうことになる。
馬車を降りると、馬に乗っていたジョセフとトニーが既に待っていてくれた。二人とも、舞踏会の会場に馴染むよう、黒のテールコートを着ている。
「すごい人ですね。皆さん、きちんと正装し、実に華やかです」
広場の方に目を向けたクラウスが、驚きの声をあげている。
彼の言う通り、街の人もこの日のための一張羅で広場へ訪れていた。
その広場は、松明と沢山のランタンの明かりに照らされ、植え込みや木々にリボンや国旗が飾りつけられ、定期的に花火も打ち上げられている。ダンス会場は奥の方だが、楽団が近くにいるようで、気分が盛り上がるようなメロディが聴こえてきていた。
そのメロディを聴くだけで、自然と気分が上がってくる。
「うわぁ、なんだか楽しそうだな」
「トニー、浮かれ過ぎるな」
背後からトニーとジョセフのこんな会話も聞こえてきた。
「行きましょうか」
「はい」
クラウスに対するドキドキが完全に落ち着いたわけではないが、舞踏会の盛り上がりに対するワクワクも加わり、今晩は心臓がとても平常状態に戻ることはなさそうだった。
広場の中に入ると、右手のエリアは飲食店の屋台が立ち並んでいる。左手のエリアでは、マジックショーが行われていた。屋台からは食欲をそそる香りが漂ってきているので、広場に入った多くの人達が、右手のエリアへと吸い込まれて行く。
「クラウス様、飲食店の屋台は奥にもあります。マジックショーを見て、奥へ進みませんか?」
「ええ、そうしましょう。セシル嬢が詳しくて助かります」
そう言ってクラウスが微笑むと、思わず頬が緩む。そのまま彼のエスコートでショーが行われているエリアへと入って行く。そこにはベンチが置かれており、皆、自由にそこに座ったり、離れた場所で立ち止まり、ステージで行われるマジックを見ていた。
「セシル嬢、こちらへどうぞ、座ることができますよ」
「ありがとうございます」
座る際にチラリと後ろを見ると、離れた場所にジョセフとトニーの姿が見えている。今日はあと二人、合計四人の護衛騎士が、この舞踏会についてきていた。残りの二人もテールコートを着ているので、見慣れていない二人は、他の観客と見分けがつかない。
「わあーっ」
観客から声が上がり、私は慌ててステージを見て、「わあっ!」と声が出てしまう。ステージに登場したのはクマだ。どうやらこれからクマをステージから消すマジックが始まるらしい。
観客はマジックに加え、クマの登場に興奮し、熱狂している。
それに応えるような盛り上がりのある音楽が流され、アシスタント美女がクマの前に真紅の布を広げる。髭のマジシャンがカウントし、一気に布を床に落とすと……。そこにクマの姿はない。
その瞬間に拍手喝采となる。
再び美女が真紅の布を広げ、マジシャンがその辺りをウロウロし、そして指をパチンと鳴らすと……。布が床に落ち、そこに現れたのは別の美女。
またも観客は大喜びだ。
こんな感じのマジックショーを30分程楽しみ、奥のエリアへと移動する。
そこは飲食店の屋台が少ないがいくつかあり、そしてダンスができるよう、特設ステージが設けられていた。
「セシル嬢、ダンスを一曲、踊りませんか?」
「ええ、喜んで!」
いつの間にか会場の雰囲気を楽しみ、気持ちも穏やかになっている。おかげでクラウスからのダンスのお誘いも、問題なく受けることができた。
こうしてクラウスにエスコートされ、特設ステージの中央へと向かった。





























































