34:恋敵
「なるほど。それでセシルは今晩の舞踏会で、例の謎の貴公子に気持ちを伝えるわけか」
クラウスと美術館に行き、お茶をした翌日。
つまりは今日。
今晩、クラウスと私は舞踏会に行くことになっていた。
それはウッド王国建国記念広場で行われる最大規模の舞踏会で、国王陛下主催のもの。年に一度の開催で、毎年この夏の初めに行われていた。国王陛下主催であるが、参加は街の人々から上流貴族まで自由となっている。
野外の大規模舞踏会であり、酔って騒ぎが起きないよう、アルコールの提供はない。広場周辺には騎士も配備され、娼婦が茂みでこっそり仕事もできないようにしている。入場はフォーマルな服装が求められ、騎士以外の帯剣は認められていない。
あらゆる人の参加を許しているが、乱痴気騒ぎが起こるようなこともなかった。そしてこの舞踏会には例年、アンドリューかカールと参加していた。婚約者であるアンドリューと行くのが基本。そして彼の都合がつかない時、カールと足を運んでいた。
そして今年。
アンドリューとは縁が切れ、私は婚約者もいない独り身。
だからてっきりカールは、私と毎年恒例のこの舞踏会に行けると考えてくれていた。
そのため、いつもより早めに仕事を終え、お茶の時間に屋敷へ尋ねて来てくれたのだけど……。
私はその舞踏会へ、クラウスと行くことになっていた。
そのことをカールに話したわけだ。
一応、クラウスについてカールには、話してある。いとこの屋敷で文通をしていた人物だと分かったこと。相応の地位にある身であるが、諸事情あって身分を明かすことはできないということ。そして彼はあの夏の日の文通をきっかけに、私を好きになってくれており、実は告白をされたということも明かしていた。
ただ、文通相手がクラウスだったと分かったのは、ごく最近のこと。よっていきなり告白されても混乱してしまったため、返事をするのに猶予をもらったこと。そしてその猶予は、クラウスが王都に滞在するバカンスシーズンが終わる迄であることを、カールには話していたのだ。
これらを踏まえ、アールグレイの紅茶を飲みながら、カールが私に伝えた言葉。それは今日の舞踏会で、ついに自分の気持ちをクラウスに伝えるのか――ということだった。
「うん。そうするつもりよ。はっきり私もクラウス様のことを好きだと自覚できたから」
するとカールは「そうか~」とティーカップを置き、ため息をつく。
「何、カール、祝ってくれないの? アンドリューと婚約破棄して、貰い手がつかない公爵令嬢になるところだったのよ」
「なーに言っているんだか。そうなったら僕の嫁にしていたさ」
「はい、はい。カールはいつも優しいわね」
そう言ってマカロンを摘まもうとした私の手を、不意にカールが掴むので、ビックリしてしまう。
「どうしたの、カール?」
その顔を見ると、カールはいつになく真剣な顔だ。
「……ずっと幼なじみだからって、セシルは僕のこと、恋愛対象から除外だよね」
「それは……カールも同じでしょ?」
「……そんなことはないって言ったら?」
思わず吹き出して笑ってしまう。
「カール、今のはドキッとしたわ。私の負けよ」
こんな風にふざけ合うことは昔からあったので、またそれだと思い、軽く応じると。カールはなぜか「はーっ」とため息をついて私の手を離した。
「アンドリューと婚約破棄したから、チャンス到来かと思ったら、エドワード様、エドワード様って言っていたのに。僕の知らない間に文通していた相手に、こんな短期間で落とされるなんてな」
「あら、カール、私のこと好きだったのかしら?」
「ああ、好きだったよ。今、この瞬間まで。ところですっかり謎の貴公子にゾッコンで、エドワード様はどうしたんだよ」
カールはクッキーをパクっと口にいれ、私に尋ねる。
「エドワード様は変らずファンよ。エドワード様には絶対に幸せになっていただきたいし、応援しているわ」
「で、先日言っていた姿絵はどうするのさ?」
「それは……」
エドワード様が推しであることには違いないが、なんというか今は母性本能的に見守りたい心理に変化していた。姿絵がどうしても欲しいかというと……。そこまでではない。
むしろ今は……。
……。
……。……。
クラウスのクリアファイルが欲しい。
彼の姿絵が欲しい。
そんな状況だ。
「その顔。どうやらエドワード様は卒業のようだな」
図星なので何も言えない。
「まあ、そういう日はいつか来ると思っていたからさ。いいけど。僕としては負担が減るわけだし」
「あら、私はちゃんといつもお金を払っていたのよ。収入減じゃないの?」
「僕からしたら恋敵の絵を描かされるんだ。お金の問題じゃない」
「もう、またふさげて!」
カールはヒロインの攻略対象だったのに。
近づかないようにと思っても近くにいて。
腐れ縁というかなんというか。
こうやって気さくに話すことができた。
でもクラウスと婚約したら、私はアイス皇国へ行くわけで……。
カールともお別れか。
寂しいけれど、一生会えないわけではないだろう。
それにカールもいつか結婚するだろうし。
そんなことを思いながら、マカロンを頬張った。





























































