32:運命
「未亡人の女王との結婚話が出た時。わたしは諦めていました。皇族の一人であり、皇妃から徹底的に嫌われているわたしは、望むような結婚はできないと思っていましたから。何よりセシル嬢、もうあなたに会うことはかなわない。会えたとしても婚約者がいたり、なんなら結婚されている可能性もあります。この運命を受け入れるしかないと」
クラウスは私より年下の17歳。……いまだ信じられないけれど。それなのに年の差72歳の未亡人女王と結婚って。それはさすがにおかしいでしょう。
「でもジョセフとトニーが言ってくれたのです。『89歳の未亡人女王と結婚するとしても、自分達はクラウス様についていくつもりです。ただし条件があります。どんな悪あがきであり、成功の見込みが低いとしても、もがいてください。最後まで諦めないでください。諦めず、最後、ダメだったのなら。それを運命と受け入れましょう』そう言ってくれて……」
ジョセフとトニー! なんていい人達なのだろう。
クラウスは、部下に恵まれたと心の底から思う。
「そこでわたしも決意を固め、父君……皇帝とも話し、打ち明けたのです。ずっと心に残る女性がいることを。でも隣国のウッド王国で暮らす貴族の女性であること以外、彼女のことは分からない。それに年齢的に婚約者がいて、既婚の可能性もあると。それでも彼女を見つけ出し、そこで当たって砕けたら……その未亡人女王と潔く結婚しますと」
これは……ものすごい覚悟。
そして本当に、一か八かの賭けだったと思う。
タイミングがずれていれば、つまりは断罪の日以前に、もしクラウスと私が出会っていれば。私は婚約者がいるということで、クラウスは諦めることになっただろう。
なんというか、あの断罪の日、あそこにクラウスが居合わせ、出会えたことは……。
そう。
それは……まるで運命だったとしか思えない。
「妹の霊廟に手を合わせる。そしてあなたを見つけだす。この二つを目的にウッド王国へやってきました。妹の墓前にも立てました。あなたを見つけだすこともできました。わたしは、この結果だけでも満足です」
そこでクラウスはなんだか悟りを開いた顔で微笑んだ。
「契約婚。そんな形であなたを縛るようなことは、したくないのです。何より、未亡人女王と結婚するわたしに同情し、あなたがわたしとの結婚を選ぶようなことにもなってほしくない。……わたしはずっとあなたを一途に想い続け、気持ちが急いてしまいました。あなたがわたしを知ったのはごく最近。時間が必要ですよね」
なんて謙虚なのだろう。
自身の地位や容姿から、もっと上から目線で話をすることもできるのに。
例えば自分は皇子だ。国同士の関係もある。自分の妃になれ――ということだって言える立場なのに。
クラウスはそんなことはしない。
根が本当に真面目なのだろう。
「今はまだバカンスシーズンが始まったばかり。まだわたしにも時間があります。可能であれば、今日のように会う時間を作っていただけないでしょうか。その中で、わたしのことをゆっくり知ってもらい、答えをだしていただければ」
そう言ったクラウスが、浅紫色の瞳を私に向ける。
その表情はとても穏やか。
「……クラウス様、本当にごめんなさい。突然のことで、私、頭の処理が追いつきませんでした。ただ、お気持ちは……よく分かったつもりです。未だ、本当に私が?という思いもありますが……」
クラウスは、そんな私の言葉に優しい微笑を浮かべている。その顔を見たら、素直な自分の気持ちを、口にすることができていた。
「ただ、嬉しかったです。あんな風に真っ直ぐ気持ちを伝えていただけて。今はまだ自分の中で、自分の気持ちを消化しきれずにいる気がします。時間をいただけるなら、ぜひこれからもこんな風にお会いしたいと思っています。そこで自分の気持ちを確認し、お返事することができれば……」
「ありがとうございます。セシル嬢。その言葉を聞くことができただけで、わたしは幸せです」
眩しいほどの笑みを浮かべ、クラウスは私に指輪を差し出した。
「どのような結果になるとしても。この指輪はあなたに渡すために用意したもの。オープンリングですし、どの指にもつけられますから。受け取っていただけませんか」
「え、いいのですか?」
頷くクラウスの顔を見ると、心から受け取って欲しいと思っていることが伝わってくる。確かにこの指輪であれば、婚約指輪であるとは、言われないと分からないだろう。しかも彼が言う通り、どの指にもつけることができるのだから。
ただ……。
「紫の鉱石で宝石ではないということですが、私には希少性が高く、とても素晴らしいものに思えます。これを受け取ってしまっても、いいのでしょうか……」
「わたしとしては、この指輪を価値あるものと感じてくれているセシル嬢にこそ身に着けていただきたいと思います。それはご自身のオシャレの一環で構いませんから」
今持っている紫の鉱石を、髪飾り、ペンダント、ブローチ、そのどれでつけるとしても。この指輪との相性はいい。それにせっかく私のために用意してくれたというのなら……。
「では……受け取らせていただきます」
「はい」
そう言ってクラウスが差し出した指輪を受け取り、ひとまず左手の中指につけて見た。
「デザインも、この紫の鉱石も、本当に素敵です。ありがとうございます」
こうしてこの日は、森での散策を終えた。





























































