31:頭の理解が追いつかない
なんだか焦っているクラウスに対し、「どうぞ、ゆっくりお話しください」と伝えると、彼は本当に困ったという顔で口を開く。
「契約婚などいうものを持ち出すつもりはありません」
「え、そうなのですか?」
クラウスは、なんとも、もどかしそうな表情で私を見る。激レア過ぎる表情に、推し活をする者として心が疼く。この表情は、まさ……
「わたしは……心から、あなたに婚約者になって欲しいと考えています」
「え?」
「初めてあなたを見た時。文通が始まった時から、一目惚れです。もう好きになっていました。だからこそもう一度会いたいと願っていたのです。でもなかなか身動きがとれず、どう考えてもセシル嬢、あなたは妙齢の年頃になってしまった。無理だろう。もう婚約者がいるだろうと諦めていましたが……」
そこでクラウスは一度立ち上がり、品のある動作で片膝をつき、跪いた。そしてゆったりと私の手をとり、真っ直ぐに瞳をこちらへ向ける。
「今、あなたは自由の身。どうかわたしの気持ちを受け止めてください。セシル嬢、あなたを私の妃に迎えたいと思っています。一生、あなた一人を私の妃として、愛し続けたいのです。心から」
クラウスの言葉に頭の理解が追いつかない。
え、私をただ一人の妃として愛し続けたい……?
しかも心から?
契約婚ではなく?
え、なぜ?
クラウスのようなハイスペック男子であれば、元悪役令嬢の私などではなく、もっと素敵な令嬢を、ウッド王国で見つけられると思うのですが……。
「クラウス様、多分、気持ち的に追い詰められていますか?」
「え?」
「まだバカンスシーズンは始まったばかりです。舞踏会はこの国でも毎日のように行われます。非公式訪問ですが、婚約者を探すなら、そうは言ってられないと思いますから。そこはある程度割り切り、探せば、そう苦労することなく相手は見つかると思います」
するとクラウスは、悲壮感を漂わせるとんでもない表情になってしまった。
「それは……セシル嬢、あなたはわたしのプロポーズを断りたい……ということですか?」
今にも泣きそうになっているので、大慌てで弁明する。
「大丈夫です、クラウス様! クラウス様なら引く手あまたですから。絶対に素敵なご令嬢が見つかります。私のような婚約破棄経験があるような女性ではなく、クラウス様に相応しい素晴らしい令嬢が」
するとクラウスは私の手をギュッと握りしめ、請うような表情で苦しそうに言葉を紡ぐ。
「……わたしはセシル嬢、あなたがいいのです。あなたを……好きなのです」
シンプルな言葉は、ストンと私の脳に落ちて来てくれた。
え、クラウスが私を好き……?
驚き、固まる。
しばし、思考は停止してしまう。
鳥の鳴き声が、すぐ近くで聞こえ、ようやく我に返る。
「……クラウス様、今、私のことを……好き……と言いましたか? 空耳だったら大変失礼な質問なのですが」
「空耳ではありません。わたしはあなたが好きです」
じわじわと実感し、とんでもなく全身が熱くなる。
勿論、心臓はバクバク。
その後はもうパニック。
「わ、私、私なんて、なんのとりえもありませんが! え、なぜですか? どうしてですか!?」
畳みかけるように問い詰めてしまい、クラウスもさすがに驚き、私から手をはなすと、「落ち着いてください」と私の両腕を自身の両手で掴む。
落ち着けと言われても、エドワード様と同じぐらいのハイスペック男子から突然「好き」と言われ、平常心でいられるわけがない。
「とりあえず、深呼吸をしましょう」
え、深呼吸?
そう思ったものの。
クラウスに促され、深呼吸を繰り返すと……。
なんだか少し、冷静になれた。
さらに深呼吸を繰り返していると。
「空を見てください、セシル嬢」
「……はい」
言われて見上げた夏空は……。
ああ、明るい。眩しい。
千切れ雲が少し見えるだけで、広がるのは青空。
本当に天気がいい。気持ちがいい。
河の流れる音。
鳥のさえずり。
虫の鳴き声。
それを感じ、静かに呼吸を繰り返すことで、気持ちがかなり静まった。
「あなたを初めて見た時も、こんな天気がいい日でした。庭園に突然現れたあなたは、まるで森の妖精のようで可愛らしかったです。ブロンドの巻き髪を揺らしながら、シトロン色のワンピースの裾を上品に掴み、少しキョロキョロしていたあなたに、もう目が釘付けでした」
落ち着いたクラウスの声に、あの夏の日が蘇る。
でも……妖精って。
頬が熱くなるのを感じる。
「誰かを好きになる時。そこに理由なんてあるのでしょうか。恋というのはするものではなく、落ちるもの。気が付いたら好きになってしまっていたのです」
これは……。
なんだか胸に染みる言葉だった。
好意を表明されているが、自分のこととは思えず、ただただ素敵な言葉に思えてしまう。
「あなたと再会して、過ごした時間はとても多いとは言えません。ですからこんな風に気持ちを伝えたことは……性急だったと思います。驚かせてしまい、申し訳なかったです」
そこでクラウスは大きく息をはいた。
視線を伏せ、河を見ているだろうその瞳は、とても寂しそうに見える。





























































