30:え、なぜ皇帝に?
「それがあの日、廊下で私に声を掛けることにつながったのですね」
「はい。突然、私に声をかけられ、驚いたと思います」
驚いたのは……声をかけられたことより、クラウスのその貴公子という言葉が相応しい、気品を感じさせる圧倒的なオーラと容姿にビックリしていた。
ただ、その後、私が紫の宝石について語り、それを聞いてクラウスが涙をこぼした理由。それはこれでよく理解できた。
一か八かの賭けで私を探すことにして、見つけ出すことができたのだから。
でも……。
なぜ、私を見つけたのに、名前だけ聞き立ち去ったのかしら?
「あなたのことを見つけることができた。もうそれだけで完全に舞い上がってしまい、すぐに父君に……皇帝に報告しなければと思い、あなたのそばを離れてしまいました。あの時は本当に申し訳ありませんでした」
え、なぜ皇帝に?
「クラウス様、私を見つけたことをなぜ皇帝陛下に報告する必要が? ……私、何かしましたか?」
するとクラウスは、頬を少しピンク色に染め、私から視線を逸らした。明らかに照れているその姿は……。
え、絵になる。
すごく、素敵。
ではなく、どういうことです!?
「こんな話をすると、驚いてしまうと思いますが、聞いていただけますか?」
大変絵になる素晴らしい顔で、クラウスが私を見た。
「は、はい」
返事をした後、クラウスが話したことは……。
私がまったく想像もしていない話だった。
“氷の貴公子”と言われていたクラウスだったが、縁談話がなかったわけではない。なにせ王族で第二皇子なのだから。皇太子の万一を考えた貴族が、自身の娘を売り込むこともあった。
でもここでまたも皇妃が暗躍する。
皇太子の婚約者より容姿が優れていたり、身分が高位であると、却下するよう皇帝に進言をした。その結果、クラウスは幸か不幸か婚約者がいない状態が続いていたのだが……。
ここ最近になって、とんでもない縁談話が持ち込まれる。
それはアイス皇国の隣国、小国ではあるが、未亡人の女王が治める国があった。その女王は御年89歳。その女王とクラウスの婚約話を、皇妃が皇帝に進言したのだ。
そこでクラウスは皇帝に懇願した。祖母としか思えない女性との結婚について、考え直して欲しいと。
すると父親である皇帝は、妻と息子の間で板挟みとなる。
そこで出した妥協案、それは――。
バカンスシーズン中に、身分に見合う婚約相手を見つければ、未亡人女王との婚約話はなしにしようと。
それは簡単なようで難しい。
なぜなら、アイス皇国の貴族に対して、皇妃は影響力を持っている。クラウスの婚約者に名乗りをあげれば、今後その貴族はどうなるか……。ということで国内で婚約者を見つけるのは、難しい状態だった。
そうなった時。
ここからは私の推測。
クラウスが国内で婚約者を見つけるのは難しいだろう。しがらみのない国外で見つけようと思ったはずだ。
私は間違いなく、都合のいい存在だったと思う。なぜならしがらみのない隣国の公爵家の長女であり、婚約破棄したばかり。王族であろうと、皇族であろうと、公爵家との婚約は珍しいことではない。
つまりクラウスは、89歳の未亡人女王との結婚を回避するため、私を見つけ、プロポーズし、契約婚を申し出ようとしているのでは? そしてあの時、私を見つけ、すぐに立ち去った理由。それは、婚約者となる相手を見つけたと、皇帝陛下に急ぎ報告したかったのだろう。
そして、今、彼の手の中に置かれている指輪は、プロポーズのためだと推理した。
なんだろう。
私の家族は「リヴィングストン家から、妃を出すチャンス!」なんて盛り上がっていたけれど。奇しくもそれは、実現味を帯びてきた。ただ。契約婚という裏事情はあるが。
「クラウス様、事情はよく理解しました。確かに私であれば、身分、そして婚約者もいない、アイス皇国とはしがらみもないと、あなたの求める条件に合致すると思います。しかも子供の頃に交流し、多少なりとも私の人柄を分かっていました。クラウス様が私に求めるのは、契約婚ですね」
「え、契約婚!?」
「私は自分から婚約破棄を申し出たような女性なので、今後、嫁の貰い手はつかないだろうと自分でも思っていました。そんな私ですし、窮地を助けていただいた御恩もあります。ですからその契約婚は、お受けしても構わないと思いました。それに家族もきっ」
「待ってください!」
クラウスが随分と慌てた様子で私の話を制した。
もしやまだ細かい条件を提示していないのに、即断したことに驚いているのかしら?
細かい条件……例えば婚儀を挙げても子供を作るつもりはないとか、やがて別に好きな相手ができたら側妃にしたいとか、そう言ったものがあるのかしら? アンドリューから愛人提案をされた時は、猛烈に嫌だった。でも契約婚という割り切りがあるなら別だ。
むしろ……心置きなく、推し活もできるのでは……?
「セシル嬢、わたしの話を改めて聞いていただけますか?」
クラウスが浅紫色の瞳で、懸命に何かを私に訴えようとしていた。





























































