27:意外な理由
父親のいとこであるブラームス伯爵の屋敷まで、馬車であと1時間。
のどかな道を進むことになるが、往来はそこそこにある。王都の中心部から離れているとはいえ、ここもまだその一部だからだ。
トニーから“氷の貴公子”の話を聞いてしまったので、ついクラウスの顔を見てしまう。私の視線に気づくと、クラウスは綺麗な微笑を浮かべる。その微笑には、ちゃんと感情が込められていると感じられ、とても喜怒哀楽がないとは思えない。
四人でさっき食べたジェラートの感想やアイス皇国の自然を楽しめる場所の話などをしばらくしていたのだが……。
「セシル嬢は、いとこの伯爵家には、今年は行かれないのですか?」
微笑し、ゆったりとした表情でクラウスが私に尋ねる。チラッとトニーを見ると「ホント、別人ですよ、クラウス様」みたいな顔をしていた。
「え、ええと、そうですね。いとこのマオは1年前に結婚し、もうあの屋敷にはいないので……」
「ではあなたにとっても今回、森や河に行けるのは、良い機会になったのですね」
「はい。クラウス様を口実にしていますが、本当は私も行きたい気持ちがありましたわ」
そんな風に話をしていると、やはり彼が“氷の貴公子”とは思えない。そして馬車はいとこの伯爵家の屋敷が見えるところまで、やってきていた。このまま道を左へ進むと、いとこの伯爵家に着く。
「森に向かうには、三叉路を右に進んでください」
私が伝えると、ジョセフが御者に扮する騎士に、右へ行くよう指示をだした。馬車は森へと向かう道へ、ゆっくりと入って行く。
「セシル嬢、今、向かっている森と河は、観光地ではないと言っていましたよね? 地元の子供が遊ぶ以外で、この森や河を目指す人が、いたりするのでしょうか?」
クラウスに尋ねられた私は、考え込むことになる。今、向かっている場所は、美しい場所であるが、観光名所にはなっていない。クラウスが言う通り、地元の子供達が遊びに来る場所に過ぎないと思う。
あっ、でも……。
この周辺には貴族の家がいくつか点在しており、その子供達も、メイドや従者と一緒に遊びに来ていることは多い。とはいってもこれも広義で捉えると、地元の子供達に過ぎない。
「観光名所ではないですね……あ、思い出しました! 吊り橋があるんですよ。川の上流に。そこは有名だと聞いたことがあります。川から吊り橋の高さが相当あるそうで」
「……なるほど」
クラウスは何やら考え込む顔になり、ジョセフを見る。ジョセフは頷き、御者をしている騎士に、馬車を止めるよう命じた。
「どうしたのですか?」
驚いてクラウスを見ると。
「休憩所を出発し、しばらくしてから、気になる馬車を発見したのです。休憩所を過ぎ、そのまま進むと、道幅は広く、馬車の追い越しも可能になりましたよね。何度か私達の馬車を追い抜いて行く、幌馬車や荷馬車もありました。でも一台だけ。我々のような馬車が、後ろをつかず離れずでついてきているように思えまして……」
「そ、そうなのですね。全く気付きませんでした」
丁度、馬車は完全に止まり、私は後ろの窓を振り返る。まさにこちらへ向かってくる馬車が見えた。
「森へ向かう道へ入った時、そのまま真っ直ぐにその馬車が向かえば、ただの気のせいだろうと思いました。もし同じように森へ向かう道だったとしても、森が観光名所などであれば、偶然とも思えたのですが……。吊り橋に向かう馬車かもしれませんが、一応、やり過ごそうと思います」
クラウスがそう言っている間にも、馬車がこちらへ迫り、まさに横を通り過ぎていく。全員の視線が、右手の窓へ向けられている。
「カーテンが閉じられていますね……」
ジョセフの言葉にトニーが「何ですかね。顔を見られたくない貴婦人でも乗っているのかなぁ?」と呟く。
「森へ続く道は、どこまで続いているのですか?」
「一応は森まで続く道、と聞いています。そのまま森の中を進もうと思えば進めるでしょうが、馬車ではなく、馬でならという感じかと。馬に乗り、森の中へ進み、例の吊り橋を渡り、さらに森を進むと、山の中へ入って行く……。そんな感じだったと思います」
ジョセフとクラウスは、しばらく考え込んでいたが……。
「我々が何者であるか、身分はバレていないと思います。それにあの馬車の大きさですと、四人乗りですし、見るからに御者は騎士ではありませんでした。こちらはクラウス様も数にいれさせていただければ五人、戦力がいますので、問題ないかと」
「そうだね。距離は取れただろう。出発しよう」
こうして再び馬車は走り始め、ほどなくして森の入口へと到着した。すると驚くことに、結構な数の馬車が、その辺りに止まっている。さっき私達を追い抜いた馬車もそこにいた。
二人いる御者に扮した騎士が、周囲にいる他の馬車の御者に話しかけにいっている。話し終えた彼らが戻って来るのに合わせ、私達は馬車から降りた。
馬車を降りた瞬間。
ビックリしてしまう。
香ばしく食欲をそそる匂いがしている。
この香りは……。
他の馬車の御者と話し終えた騎士が、戻って来た。
「クラウド様。なぜこの場所に沢山の馬車が止まっているのか。その理由が分かりました。なんでもこの森に入ってすぐの辺りに、一軒のパン屋があるそうなのですが、そのパンが絶品だそうです」
森にパン屋!?
前世の世界ではそんなこともあるだろうが、この乙女ゲームの世界観で、森の中でパン屋はかなり珍しい。
「なんでも木こりが自身の休憩所でパンを焼き始めたのが、きっかけだったそうです。森に貴族の子供達が河遊びで訪れ、その出来立てのパンの香りにひかれ、食べたがったそうです。無料で渡そうとしたら、お金を払うとなり……。気づけば本業の林業よりも、パンを焼くのに忙しくなったそうです」
なるほど。クラウスとジョセフが気にした馬車。
それは怪しいなんてことはなかったようだ。
きっと森の中のパン屋に向かう馬車だったのだろう。
「これは予想外の結果ですね。……では我々もそのパン屋で焼き立てのパンを買い、河まで向かいましょうか」
クラウスの提案に従い、馬車には御者に扮した騎士二人を残し、森の中へ向かうことになった。





























































