26:氷の貴公子
クラウスが馬車と馬の様子を確認しに向かい、ジョセフが護衛で付き添い、私とトニーが二人きりになった。お互い木のベンチに並んで座り、ジェラートを食べながら、話をすることになる。
「しかし本当に、先日、セシル様がさらわれた時は……驚きましたよ。何に驚いたかって、クラウス様に、です」
!?
そこは私が婚約者にさらわれたことに、驚くのではなく!? そうツッコミたくなるのを飲み込み、尋ねる。
「クラウス様の様子は、そんなにおかしかったのかしら?」
トニーはジェラートをスプーンでパクリと食べ、コクリと頷く。
「あの日、ようやく僕に追いついたクラウス様は、それはもう真剣な顔で『トニー、馬車は見失っていないね?』と尋ねられ……。『大丈夫ですよ、クラウス様』と答えたら、心底ホッとした顔をされて。その後、こんな場所に建物が?というところに辿り着き、馬車が止まると……。『トニー、必ず警察を連れ、一刻も早く戻って来るんだ』と、これまた真剣な顔で命じられて……」
その時のことを思い出したようで、トニーはクスリと笑う。
私としては、クラウスはただ、真剣に起きた出来事に対処しているようにしか思えないのだけど……。
「ジョセフ様にも『御者は一人、馬車の中の人数は分からないが、あの作りだと四人乗り。御者を倒したら、右手から向かえ。私は左手から行く。後は一気に叩く。気絶させ、警察に引き渡す』と、まるで前線に立つ指揮官みたいにキリッとされて。かっこよかったですし、こんなに熱いクラウス様、初めて見ました」
「え、そうなのですか……?」
トニーは、ジェラートをスプーンですくいながら頷く。
「セシル様は知りませんよね。クラウス様の別名を。“氷の貴公子”――これ、ある意味本当なんですよ、クラウス様の場合」
「それはどういうことかしら?」
尋ねてからジェラートをスプーンで口へ運ぶ。
「クラウス様以外に三人、アイス皇国に皇子がいますが、皆、別名を持っています。“氷の皇子”“氷の君”“氷のプリンス”。でも三人とも別に冷たいわけではないんですよ」
「そうだと私も思っていたわ。寒い国だから、表情が硬くなりがちなのでしょう?」
するとトニーはスプーンを口に入れた状態で一瞬かたまり、すぐに笑いだす。
「まあ、極寒期にそれはあるかもしれませんが。普通に喜怒哀楽がありますから、皆さん。ただし、“氷の貴公子”をのぞいて、ですが」
「え……それはクラウス様には、喜怒哀楽がない……ということですか?」
トニーはこくんと頷き、空になった紙カップとスプーンを膝においた。
「セシル様は、クラウス様の母君が皇帝の側妃である件はご存知ですか?」
そこら辺の事情は既に知っていると伝えると……。
「クラウス様は、皇妃からさんざん嫌がらせを子供時代から受けていて……。幼い頃はよく涙をこぼすことがあり、それを見ると皇妃はさらに嫌がらせをエスカレートさせるんですよ。それが分かったので、クラウス様は……まさに“氷の貴公子”になってしまわれました」
「それはつまり、喜怒哀楽を表情に出さない、ということかしら?」
「その通り」とトニーは大きく頷く。そしてアイス皇国におけるクラウスは、リアル“氷の貴公子”であり、それゆえに舞踏会に顔を出しても、どの令嬢も彼には近づけないのだという。美しいが無表情。氷の彫像のようで、近寄りがたい。何を考えているかも……分からない、と。
これは驚きだった。
私が知るクラウスは、涙をこぼしていたし、とても切なそうにしたり、微笑や笑顔、嬉しそうな顔と、感情を露わにしていたのだから。
“氷の貴公子”。
確かに無言で無表情で佇んでいれば、そうなのかもしれない。それに高貴さや洗練された雰囲気を感じるので、アイス皇国の第二皇子であるクラウスを表現する言葉として、間違っている……とは思わない。
「それなのにセシル様に関することになると、クラウス様は別人。セシル様に会って以降、クラウス様は幼い頃のように笑顔になりますし、救出事件の時は、とても熱くなられていましたし……。もう驚きですよ」
……! なるほど。
これは理由が分かった気がする。
「そうなのね……。それはきっと、私がウッド王国の人間だからよ。しがらみもない相手だから、自分の感情を出せるのではないかしら? それにクラウス様とは子供の頃、文通をしていたから、その時のことを思い出し、自然体になれるのだと思うわ」
文通をしたといっても2週間弱。しかもそれは何年も前の話。そんな私にしか自身の感情を見せられない程、アイス皇国の宮殿では、窮屈に過ごしていたのかと思うと……。本当に、クラウスに同情するし、皇妃はその意地悪な性格を直した方がいいのでは?と思ってしまう。
「しがらみがない……。それは確かにそうかと思いますが……。でもそれだけが理由ではないと、僕は思いますけど!」
「え?」
私がトニーを見ると、「ではこのスプーンは返却し、紙カップは捨ててきます!」と明るく言い、私から空の容器とスプーンを受け取り、ベンチから席を立った。そこへクラウスとジョセフが戻って来た。
「出発しましょうか」
クラウスがニッコリ笑顔で私を見た。





























































