25:まるで三兄弟
翌日の朝。
マリを始めとしたメイド達に叩き起こされ、朝から入浴し、完璧な身支度をすることになる。既に仕事と学校に向かった父親と兄弟からは、今日のクラウスとの外出成功祈願のメッセージカードまで残されていた。
「奥様、こちらでいかがでしょうか」
「マリ。よくやりました。完璧ね」
マリと母親に加え、三人のメイドが姿見に映る私をじっくり見て、お墨付きをもらえた。
今日は森や河の中に入ることになるので、ドレスではなく、ワンピース。しかもゴルフなどのスポーツを楽しむ上流階級の令嬢向けに流行しているミモレ丈。
生地はラベンダー色で、大柄のフラワーがプリントされており、リーフ模様を刺繍した白いレースが重ねられている。生地自体のラベンダーは、濃い色。でもこのレースが重なることで、淡い落ち着いたラベンダー色に見えるようになっていた。
足元は歩きやすいようにショートブーツ、日傘は持参するが、森の中を歩きやすいように、白いつばの広い帽子を被る。髪は三つ編みをお団子状に後ろでまとめた。日よけと虫よけをかね、白のレースのロンググローブもつける。
クラウスがくれたマーブル模様の紫の宝石は、ペンダントにしてちゃんと身に着けていた。
そう言えば、この宝石の名前、クラウスは知っているのかしら? それとも知らないけれど、綺麗だから贈ってくれたのかしら?
そんなことを思いながら、母親やマリ他使用人たちと共に、エントランスへと向かう。
クラウスは宮殿に滞在しており、自身の馬車で迎えに来てくれることになっていた。
視線を感じ、チラリと母親の方を見ると、その場にいる全員が、期待を込めた目で私を見ている。父親が朝食の前、使用人たちを集め、「リヴィングストン家から、妃を出すチャンス!」と演説をしていた。
つまりもしクラウスがこの屋敷に来ることがあれば、最大限のおもてなしをするように、ということだ。
みんなの期待を一身に背負う私は、複雑な気持ちでいっぱい。
クラウスであれば、婚約者なんてすぐに見つかるだろうし、何よりアイス皇国の女性は美しい人が多いと聞いている。わざわざ隣国の私を選ぶ理由もない。さらにクラウスと私の間に、恋愛を感じさせる要素はゼロ。それをこんなに期待されては……。
とほほ……。
ではあったのだけど。
迎えにきたクラウスを見たら、いろいろなしがらみを忘れてしまうことになる。
森の中に踏み入り、河を目指すのだ。
だからクラウスは軽装だった。
白シャツに淡いラベンダー色のベストに細身のズボン。足元はバーントアンバー色の革のミドル丈のブーツ。
ラフな装いなのに、気品が感じられる。
それは……その立ち居振る舞い、優美な笑顔のせいだと思う。
「リヴィングストン公爵夫人、セシル嬢、おはようございます」
母親と私は一瞬、挨拶することを忘れてしまう。
慌てて我に返り、順番に挨拶をした。
挨拶が終わると、クラウスは私に手を差し出した。
「エスコートさせていただいてもいいですか」
隣国の皇子にエスコートされるなんて!
少し緊張しながら、クラウスの手に自分の手をのせた。
今更だけど、クラウスの肌の美しさを実感する。
肌のきめが細かいのは勿論、すべすべで触り心地がいい。
馬車は自身のもの、ということだったが、紋章のプレートは外されている。それは……そうだろう。非公式の訪問なのだから。チラリと周囲を見るが、護衛の騎士の姿がない。
そう思ったが、すぐに馬車からジョセフともう一人、騎士が降りてきた。二人とも、軍服ではなく、私服。私服でもジョセフは黒ずくめ。もう一人の騎士は白シャツにカーキ色のズボンとベストだ。
なるほど。
身分を伏せ、その上でお忍びで遠出するのね。
御者は二人いるが、きっとそちらも騎士なのだろう。
クラウス、私、対面の席にジョセフともう一人の騎士、名前はトニー。私がアンドリューにさらわれた時、屋敷に先触れで来ていた騎士であり、その後の追跡で大活躍してくれた人物こそ、トニーだった。想像ではベテランの騎士だったが、見るとまだ若そうに思える。柔らかみを感じさせるベージュブラウンの髪にグリーンの瞳。人懐っこそうな顔をしていた。
馬車の中ではこのトニーが、よく話してくれた。聞くと彼は17歳で、クラウスとは同い年。ジョセフは25歳で、トニーにとっては頼れる兄貴らしい。おしゃべりなトニーに対し、ジョセフは物静か。トニーがふざけてもジョセフはスルーし、その様子をクラウスがニコニコと眺めている。年齢が近い三兄弟みたいで微笑ましい。
「あ、そろそろ休憩所がありますね。一度、休憩しますか?」
馬車を1時間ほど走らせたところでトニーが提案し、私達は一度、馬車から降りた。丁度、建物が立ち並ぶ中心街を抜け、ここから先は、畑や牧草地が広がるエリアに入る。その手前にある休憩所では軽食、お菓子、飲み物が販売され、馬に餌や水もあげられるようになっていた。馬車の不具合に対応する工具屋も併設されている。
「セシル嬢、ジェラートがありますが、お召し上がりになりますか?」
馬車を降り、伸びをしている私にクラウスが尋ねた。
「それは食べてみたいですね!」
クラウスと二人、ジェラート屋へ向かう。
私はラズベリーを、クラウスはレモンを選んだ。クラウスはジョセフとトニーのことも呼び、ジェラートを食べないかと尋ねる。二人は最初遠慮したが、最終的にトニーはピスタチオ、ジョセフは……チェリー味! ジョセフが甘酸っぱいチェリー味を選ぶのは、なんだか可愛らしく感じてしまう。
さらにクラウスは馬の世話をしていた御者……二人の騎士にもビターチョコレートのジェラートを届けている。第二皇子という立場なのに、クラウスは本当に臣下思いだ。





























































