22:彼の事情
アイス皇国の皇帝にウッド王国の国王が命じた。
一体何を……?
「反対票を投じないようにするために。人質をとったのです。表向きは短期留学という名ですが。アイス皇国の皇太子を、関税撤廃の採決が終わるまで、ウッド王国で預かるとなったのです」
「……!」
そんな取引が水面下で行われていたなんて……! 驚きだった。確か、関税は撤廃で決定したはずだが、裏工作がなされていたということ?
「蓋を開けたら、八か国が賛成でした。ですからアイス皇国が反対票を投じたところで、関税撤廃が覆されることはありません。どちらかというと皇太子を人質にとることは、牽制だったのだと思います。今回のことだけではなく。こそこそ動いても、バレるぞ、という」
「なるほど。それで皇太子はウッド王国に?」
そこでクラウスは首をふる。
「皇妃が反対したのです。皇太子は無理だ。でも第二皇子ならいいと。わたしは側妃の子供です。母は皇帝から寵愛を受けていたので、その子供である私は、皇妃から毛嫌いされていました。そしてあの時も……」
「ウッド王国は皇太子ではなく、第二皇子であるクラウス様を人質としてとることに合意したのですか?」
クラウスは「はい」と返事をして話を続ける。
「わたしは皇妃からは嫌われていましたが、父君からは……皇帝からは愛されていました。私が人質になると聞いた皇帝は床に伏せるほどショックを受けまして……。それはウッド王国に伝わったようで、第二皇子であるわたしがウッド王国に滞在することで、合意したのです」
この話を聞いて、私は少しホッとしていた。両親共々から嫌われていたわけではないことに。
「セシル嬢のいとこの父君は、外交官をされていた。そして街中ではない場所に屋敷があったので、わたしを軟禁する場所として丁度いいということで選ばれたと、ようやく教えてもらうことができました」
「そうだったのですね……。あ、もしや1階のサンルームと子供部屋は使えないと言われたのですが、そこに……?」
こくりと頷いたクラウスが立ち止まった。サルビアの花畑の中に、ガゼボ(東屋)があり、クラウスはそちらへ視線を向けている。
「セシル嬢、あちらで休憩しませんか。屋根がありますが、壁はなく、柱で支えられているので、風が抜けて涼しそうですよ」
「そうですね。そうしましょう」
ゆっくりガゼボにつながる道を歩いて行くと「赤のサルビアはよく見かけますが、青は初めて見ました」とクラウスは呟く。「他にも白やピンクもありますよ」と教えると、「そうなのですね」と美しく微笑む。
しみじみ思う。
本当に笑顔も歩き方も気品を感じさせる。
一緒にいると、自然と背筋が伸び、自分が格上げされる気分になれた。
ガゼボにつき、日傘を折りたたみ、アイアン製の椅子に腰をおろそうとすると。
「お待ちください」
そう言ったクラウスは、自身の上衣から取り出したハンカチを、私が座る椅子に敷いてくれた。
「素敵なドレスですから。汚れないように」
……! や、優しいわ……。
このガゼボには、アンドリューと来たこともある。同じようにこの椅子に腰をおろすことがあったが、一度だってハンカチを敷いてくれることはなかった。
しかもクラウスは皇族の一人なのに。
これにはもう驚き、感謝の気持ちを伝え、腰を下ろす。
「軟禁されたわたしは、セシル嬢が言う、サンルームがある子供部屋にいたところまで話しましたよね?」
「はい」
「留学している――そう表向きになっていましたが、季節はバカンスシーズンです。学校は休み。かといって他国の皇子が動き回ると、護衛やら警備が手間になりますよね」
そう言うとクラウスは、チラリと視線を離れた場所にいるジョセフに向ける。クラウスの護衛騎士は、今日見た限りだと五名ほどいた。本来はもっといるのだろうが、非公式な訪問のため、人数を抑えているのだろう。その中でもジョセフは別格で、常にクラウスの傍にあるようだ。
「護衛や警備の手間を惜しまれ、クラウス様はあの部屋に、軟禁されていたのですね」
「はい。サンルームから庭に出ることは許されていました。そこで庭に出て、最初は喜んで花を見ていました。部屋の中にばかりいると、息も詰まりますから。外の空気を吸いたくて。……あの大木は庭園の中でも目立っていました」
そこでクラウスの顔に、子供のような表情が浮かぶ。
「樹洞を見つけ、そこにブリキ缶があると気づいた時は……宝探しをして、宝を発見した時のように、胸が高鳴りました。何が入っているのだろう。その興味だけで開けてしまいましたが……。すぐに誰かが意図的に隠した物だろうと気がつき、お詫びの手紙を書くことにしました」
なんて、なんて真面目なのだろう。
あのブリキ缶の蓋を開け、手紙を見つけた時も、なんて生真面目なと思ったけれど……。
「何も盗らなければ開けたことはバレないですのに。クラウス様は真面目ですね」
「なるほど。言われてみれば……でも、手紙を残して良かったと思いますよ。おかげであなたと不思議な文通が始まり、先が見えない日々に希望が持てましたから。関税撤廃に関する議論は長引いていました。私は10日間程度と聞いていたのですが、ブリキ缶を見つけた時で丁度、3週間が経ったところでした。この軟禁生活もいつ終わるのかと、少し気が滅入っていましたからね」
そこでクラウスは少し困ったような顔で微笑む。





























































