18:ああ、優しいな。
「怖くはありませんか?」
「え……」
「家族に愛され、幸せになるよう願われ、あなたは育てられてきたはずです。それなのに突然、こんな風にさらわれて。見たところ手首に怪我をしただけです。でも心は深く傷ついたのでは? 男性を見ただけで怖い。そんな気持ちにはなっていませんか?」
……!
この気遣いには、もうなんというか。
じわっときてしまう。
これまで断罪回避も自分でなんとかしなければと、一人で頑張ってきた。誰かに相談することもできない。自然と前世よりもずっと、しっかり者になっていた。でもそれで鋼の心を持っているのかと言うと、そんなわけではない。アンドリューが私にしようとしたことを思い出すと、とても怖い。もしも今、アンドリューと二人きりにされたら……絶叫してしまうかもしれない。
そんな気持ちに寄り添うような優しさを感じ、もう本当に。胸がいっぱいになってしまう。
いまだ初対面に近いクラウスだが、一気に親近感がわいた。助けられた時は信頼度が上がった。でも今は彼の優しさに、好ましさを強く感じていた。
「……ありがとうございます。そんな風に気遣っていただけると、胸に迫るものがあり、なんだか泣きそうです」
素直な気持ちを吐露できていた。
「もしあなたが泣いたとしても、それを誰かに言うつもりはないですから。泣きたければ泣いてください。わたしの胸でよければおかししますから」
つまりは外にいるジョセフには、気づかれないようにしてくれるということね。
ああ、優しいな。
その優しさで、今は十分だった。
「それは有難い申し出です。でも今はその言葉を聞かせていただけただけで十分。最悪の事態が起こる前に、助けていただけたので」
「あなたは……お強いですね。芯の強さを感じます。可憐な花のようなのに、決して心が折れない……。でもたまには甘えてください。いつも凛としている女性が、不意に見せる弱さに、心が大きく揺さぶられますから」
「……!」
大きく心を揺さぶられたのは、私だった。そんな、なんというか、口説き文句のような言葉を突然聞くとは思わなかったから。でもそれは聞いていて嫌ではない。むしろ……とても嬉しくなっていた。
だってクラウスは見るからに貴公子。洗練され、優雅さを感じさせる。そんな相手から言われた今の言葉……。頬が緩んで当然だと思う。
落ち着くのよ、私。
無我の境地モードを発動するの!
そして。
とんでもない出来事により、頭から吹き飛んでいたことを思い出す。
「あ、あの!」
体ごとクラウスの方に向け、大きめの声を出してしまった。それはあまりに唐突だったようで、浅紫色の瞳が、驚きで大きく見開いている。
「はい、どうされましたか?」
「クラウス様は……私のこの紫の宝石に、反応されていましたよね。そしてこれは、私が顔も名前も年齢も性別も知らない相手にもらった物なのですが……もしやクラウス様が、この宝石の送り主だったりしますか?」
するとクラウスの表情が……喜びで輝いているように見えた。もうその顔を見たら、答えは分かったも同然。間違いない。彼が……あの夏の日、文を交換していた相手だった……!
「あの、どうして翌年の夏は、手紙をくれなかったのですか?」
そう。
翌年の夏、私はいとこの屋敷を再び訪れ、また手紙の交換ができるかと思っていた。そのため沢山の素敵なメッセージカードやレターセットを手に入れ、トランクに詰め、持参していたのだ。
ワクワクして手紙を書き、ブリキ缶にいれたが……。
滞在中の二週間。
毎日確認したが、私が書いた手紙はずっとブリキ缶に残ったままで、返事は……当然なかった。
「セシル嬢……あなたは毎夏、いとこのあの屋敷に2週間の滞在で訪れていると、明かしてくれていましたよね。当然、翌年も会えると……期待してくれていたことは、想像できていました」
クラウスがそこで辛そうな表情になる。
「当時の私は……またあなたに会いたいという想い。このままここにいつまでいるのかという不安。その二つの気持ちで、揺れ動いていました」
「それは一体どういうことですか? クラウス様は私のいとこのお屋敷で……その、すみません。間違っていたら、とても失礼なことなのですが……」
言い淀む私を見て、クラウスは優雅な笑みで私に告げる。
「大丈夫ですよ。遠慮せずにおっしゃってください。文の交換をしていた時のあなたは、自分の気持ちをそのまま自由に表現していましたよね。その時と同じ気持ちで話していただいて構いません」
それは……相手のことがまったく分からなかったから……。こんな貴公子みたいな人物が相手なら、もっと丁寧な言葉の手紙を書いたと思う。そしてどう考えても高位な身分の人に思える相手に対し、「あの屋敷の使用人ですか?」と尋ねるのは勇気がいる。
チラリとクラウスを見ると、その瞳はランタンのみの明かりなのに、とても輝いているように感じる。それはまるで何を私が言い出すのかと、ワクワクしているように思えた。
期待されていると分かると、プレッシャーだった。
でもここはもう、はっきり言うしかない。
「本当に、間違っている気がしてならないのですが、昔、クラウス様はわたしのいとこの屋敷で、し、使用人を……されているわけないですよね……」
もう自分で言っていても違う気がして、最後は消えるような声になってしまう。
だが……。
「使用人。そうですね。彼らよりわたしは、このウッド王国で低い扱いを、当時はされていたかもしれません」
予想外の答えに思わず「え!?」と反応してしまう。
だがそこに警察が到着し、事情を話すことになり、さらにしばらくすると、父親と兄が迎えに来てくれた。
気づくとクラウスとジョセフの姿はなく、私は父親と兄が乗ってきた馬車で、屋敷へ戻ることになった。