13:怒り心頭
ノックをして、応接室に入ると、そこには少しやつれた顔のアンドリューがいた。でも私が入ってきたと分かると、一応は笑顔で立ち上がる。
これでもヒロインの攻略対象の一人で、そしてこれは攻略後の姿なのであるけど……。
普通、ヒロインと攻略対象が結ばれてハッピーエンドなのに。この世界はどうなっているのかしら?
思わずため息が出てしまう。
「セシル、そんな顔をしないでくれ。君の顔を見たくて、尋ねたんだ」
「アンドリュー様。ボニー嬢はどうなさったのですか? 私に婚約破棄の撤回を求めていること、ご存知なのですか?」
尋ねながら、アンドリューの対面のソファに腰をおろす。それを見てアンドリューもソファに座り直す。
「ボニーは関係ないよ、セシル。これは君と僕の問題なのだから」
「関係ないわけはないですよね? アンドリュー様はボニー嬢と浮気され、婚約破棄を私から宣告されたこと、お忘れですか?」
アンドリューは口をへの字にし、半笑いになる。
そんな顔をしたところで、こちらは追及の手を緩めるつもりはない。
「アンドリュー様は、両想いのボニー嬢と結ばれる。私は私で自由にやらせていただく。それでハッピーエンドです。なぜ、それを受け入れないのですか?」
「そ、それは……。僕はボニーに騙されていた。君はボニーを無視していたわけではないと知ったから……」
思わず、大きなため息が出てしまう。
「確かに、すぐに私を追いかけ、そんなことおっしゃいましたよね。その時点では確かに、そうだったのかもしれませんね。ボニー嬢の言葉に騙されたと思った。そして私に対し、申し訳なく思ってくださったのでしょうか」
そう言ってアンドリューを見ると、「そうだ」とばかりにしきりに頷く。
「でもその気持ちは一瞬で、その後は別の理由で、婚約破棄を撤回してもらいたいと思うようになったのでは?」
アンドリューの顔が分かりやすく変化する。
もうその顔は……。
「なぜバレた?」と顔に書いてあるように見えてしまう。
これにはもう……呆れる。
「現当主であるラングフォード公爵には多額の借金があると、噂になっていますわよ」
「……!」
「浮気が原因の婚約破棄……となれば、ペナルティーが発生します。婚約持参金も返していただくことになります。でも借金があるから、それは難しいのではないですか? だからこそ、私との婚約破棄は避けたい……そう思っているのでは?」
返事をしない。アンドリューは。
でも表情は、それが「イエス」であると伝えてくれている。
心のどこかで一抹の期待があった。
借金とは関係なく、本当に君が好きだから、婚約破棄を撤回して欲しいと言ってくれることを。別にそれは今のアンドリューが好きだから、ではない。私が前世でプレイしていた乙女ゲーム『エタニティ・プリセンス』のアンドリューは、こんなヘタレではなかったから。ゲームの中のアンドリューだったら、借金を理由に復縁を迫ったりはしない。
本当に……情けない。
ただ、悲しいことに。
この世界では、お金が理由で婚約をすることは……よくあることだ。それは前世の過去の歴史においてもそう。ゆえに今、アンドリューに対し「お金のために結婚するなんて信じられない!」と言っても、あまり響かないように思えた。
そこで……。
「お金のために婚約や結婚することはよく聞く話。珍しいことではないですわ。でも私はそれが嫌なことに加え。一度でも別の女性に心変わりした男性と結婚するのが嫌なのです!」
「セシル、それは……」
アンドリューはしばし黙り込み、そして盛大なため息をつく。そして……。
「そんなに僕との婚約を破棄したいなら、金を払ってもらえるか?」
「はあ?」
「だって僕は浮気についてはちゃんと謝罪し、やり直したいとお願いしているんだ。それなのにセシル、君がそれを拒否している。僕達の婚約はまだ解消されたわけではない。そこまで婚約破棄を望むなら、君の方が金を払ってくれ」
もう、これは……開いた口が……ふさがらない!!!!!
これはアンドリューが考えたこと?
それとも彼の父親の入れ知恵?
とにかく怒り心頭になりかけた。
でも。
なんとか深呼吸をして、気持ちを静めた。
「そんな本末転倒な話、あり得ません。聞く耳を持てません。今日のところは両親も不在ですから、お引き取りください」
「そんな……! 僕はセ」
「お帰りください!」
ピシャリと言い放った一言に、アンドリューは口をつぐむ。こんな態度を私がとるのは勿論、はじめて。アンドリューの顔を見るに、相当驚いている。
「お見送りはします。礼儀として」
私が立ち上がると、アンドリューも慌てて立ち上がった。そのまま扉を開け、廊下へ出るよう促す。アンドリューは、ばつの悪い顔をして、部屋から出る。
無言で廊下を二人で並んで歩いて行く。
エントランスにつき、アンドリューが馬車に乗るのを睨むように見ていると。
「セ 、 だから」
アンドリューが何か言っているが、よく聞こえない。
「何でしょうか?」
「セ 、 だから」
すっかり怖気づいて、声が出ないのかしら?
そう思い、馬車に近づく。
馬車はまだ扉は閉まっていない。
身を乗り出すようにしているアンドリューに近づき、話を聞こうとすると、突然腕を掴まれた。
その後はもう、あっという間のことだった。
アンドリューは想像以上に腕力が強く、しかも後ろから馬車の御者に抱え上げられ、そのまま中に押し込まれた。驚いて振り返ると、既に扉は閉じられている。慌てて扉を掴もうとすると、その手を掴まれ、奥へと引きずり込まれた。
声を出そうとすると、口を押さえられ、そして馬車が走り出した。