10:お茶会
推しであるエドワード様のお茶会に行くために。
まずヘアドレッシングをしてくれる美容師を呼び、ドレスは何を着るか選び、アクセサリーを揃えた。
結局、私はあの紫のマーブル模様の宝石を選んでいる。
いつだってここぞという場面で、この宝石を身に着けていた。もう私にとっては御守みたいなものだった。
今回はブローチとしてつけることにした。
選んだドレスは立ち襟だったので、丁度、首元につけることができる。生地は白で、スカート部分に紫とピンクの薔薇がプリントされているが、前身頃に模様はない。紫のこの宝石は、いいアクセントになる。
推しカラーである碧い色は、ウエストのリボン、パンプス、鞄、ローポニーテールにしたリボンに取り入れた。
こうして身支度が整ったので、馬車に乗り込み、王宮へ向かった。
◇
覚悟はしていたが。
私の推しは……うん、やはり間違いなくカッコいい。
自身の瞳と同じ色のセットアップでビシッと決め、あの好感度NO.1の極上の笑顔で、私を迎えてくれた。
天気がいいからと、藤棚の下でのお茶会になった。
藤色の美しい花を見ると、自然とクラウスの瞳を思い出していた。
なぜかしら。
本当に不思議。
突然、私に話しかけ、でもろくに話していない相手なのに。
後日訪ねると言い残し、その場を立ち去ってしまった貴公子だというのに。
昔の文通相手の可能性が高いと分かってから。
なぜだかちょいちょい気になっている。
「ルイズ公爵夫人、リヴィングストン公爵令嬢、どうぞ、お座りください」
エドワード様に案内され、席へと腰をおろす。
ルイズ公爵夫人は、カメリア色の上質なシルクのドレスを着ている。ピンクダイヤモンドの大粒のイヤリングがキラキラと輝き、社交界の女王に何相応しい装いだ。
「今日はお忙しい中、急なお誘いに応じていただき、ありがとうございます」
丁寧に挨拶をされ、ほうっとため息が出てしまう。
王道の王子様のエドワード様は、ただそこにいてくださるだけで満足できる。
エドワード様の挨拶と同時に、メイドがカップに紅茶を注ぎ、お茶会がスタートした。
ルイズ公爵夫人は会話を楽しみ、マカロンやフルーツなど目の前の素敵なスイーツを口に運び、紅茶を飲む。エドワード様もマドレーヌを頬張り、紅茶を飲み、話をしている。
私は……エドワード様の一挙手一投足を絶賛観察中。
もはやお菓子もフルーツもノータッチ。
紅茶はたまに飲む。
「ところでリヴィングストン公爵令嬢。ラングフォード公爵様のご子息、アンドリュー様との婚約破棄は、うまくいきまして?」
突然、ルイズ公爵夫人に聞かれ、「え」と驚いてしまう。
「実はね、主人から聞いたのですが、ラングフォード公爵、競馬で随分な借金を作られてしまったそうよ。でも今回、アンドリュー様の浮気が原因で婚約破棄となると、ペナルティーが生じますでしょ。婚約持参金も返さなければならない。かなりの借金がある中、ご子息の不祥事で出費が増えるのは……厳しいようですわよ」
「ほう。そうなのですね。ラングフォード公爵と言えば、競馬好きで有名です。自身も競走馬を保有していたと思いますが」
「ええ、そうですわ。殿下。でもそれも秘密裡に売却されたそうですわよ。ただ、借金のことは奥方に打ち明けることができなかったようで。主人がこのことを知ったのも、ラングフォード公爵から借金の申し入れがあったからなんですわよ。間違いなく、ご子息は知らずに、浮気なさったのでしょうね」
ここで再び、アンドリューに幻滅することになる。
ヒロイン……ボニーと悪役令嬢……私、その両方が好きなアンドリューは、私とどうしても復縁できなかったら、ボニーと婚約するつもりなのかと思っていた。
でもどうやらそうではないようだ。
ボニーは伯爵家だから婚約持参金をまったく払えないわけではないが、公爵家の我が家に比べると、その額はぐんと落ちるだろう。しかもボニーを養女にした伯爵家は、伯爵家の序列の中でもかなり下のはず。ボニーの婚約持参金で、ラングフォード公爵の借金、ペナルティーと我が家へ返金する婚約持参金はまかなうのは、まず無理だ。
なるほど。だからこそ、婚約破棄撤回を必死に求めているのね。
悲しい事情を知ってしまった。
「それで、リヴィングストン公爵令嬢。ラングフォード公爵のご子息との婚約破棄は、正式にできたのですか?」
推しに聞かれ、ドクンと心臓が跳ね上がる。
落ち着きましょう、私。
ここは無我の境地モードで。
「それが……。昨晩も我が家を訪ね、婚約破棄の撤回の申し入れがありました。でも私は勿論、両親も兄弟も婚約破棄を支持してくれているので……。絶対に婚約破棄にするつもりですが」
「「なるほど」」
エドワード様とルイズ公爵夫人が声を揃え、頷いた。
「そうですわ、殿下。わたくし、今日はこの後、主人の付き合いで、オペラ観劇がありますの。準備がありますから、お先に失礼してもよろしいかしら?」
「ええ、構いませんよ。ご多忙の折、足を運んでくださり、ありがとうございます。ルイズ公爵夫人」
エドワード様は白い歯が見える素晴らしい笑顔で立ち上がり、ルイズ公爵夫人を見送る。私も席を立ち、会釈してその姿を見送った。
「では改めて、リヴィングストン公爵令嬢、お話をしましょうか」
推しが、私に向け、最強のスマイルを見せた。