プロローグ
「セシル、君がここにいるボニーを無視し、不親切にし続けたこと、それは僕でさえ知るところだ。こんな冷たい女性が僕の婚約者だったなんて……。セシル、君との」
「アンドリュー様」
ここで話を遮られると思わなかったのだろう。アンドリューは驚き、固まってしまった。彼に抱き寄せられているボニーも息を呑んでいる。
「私は、そちらにいるボニー様とアンドリュー様が恋仲になったこと、気づいておりました。それでも私とアンドリュー様の婚約は、お互いが5歳の時に成されたもの。10年以上に渡り、絆を紡いできたものと思っていました。ですから、見て見ぬフリをしてまいりましたわ」
バレていたのか……! そんな表情で、アンドリューの顔はひきつり、ボニーは憎々し気に私を睨んでいる。
「でもさすがに浮気相手であるボニー様と仲良くするのは、無理なこと。無視したり、不親切にしていたわけではありませんわ。距離をとっていただけです。でも、もう結構ですわ。アンドリュー様、あなたとの婚約は、今日、この瞬間を以て破棄とさせていただきます!」
「「え」」
アンドリュー、ボニー共に鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっている。それは……そうだろう。まさか悪役令嬢である私から、婚約破棄を言い渡されるなんて。想定外だろう。ゲームのシナリオにもない展開。言わば禁じ手を行使したわけなのだから。
さあ、どうでる、アンドリュー?
「そ……そう、なのか。それは……そう、か」
ゲームのバグかしら?
アンドリューはもうどうしていいか分からないようだ。
一方のボニー……ヒロインはそんなアンドリューの胸元を手で揺さぶり、「しっかりして、アンドリュー」と囁いている。
仕方ないわね。幕引きは私からするしかないようだ。
「では、アンドリュー様、ボニー様、末永くお幸せに。それでは、ご機嫌よう」
オーキッドパープルのイブニングドレスのスカートを、軽くつまむ。落ち着いて会釈をする。そして元婚約者にこの瞬間になった、公爵家の次期当主アンドリュー・ラングフォードの屋敷で行われていた舞踏会から、私は足早に立ち去った。
◇
舞踏会の会場となっていたホールを出た瞬間。
心臓がドキドキと激しく鼓動し始めた。
さっきまでは、あの断罪の場をやり過ごすことに夢中で、心臓さえバクバクさせている暇はなかった。
でも、今は……。
やった! 私は……悪役令嬢として、断罪を回避した……!
ここに至るまでの道のりが、走馬灯のように頭に浮かぶ。
前世はアラサーの日本人だった。趣味は推し活で、副業が認められる世の流れに乗り、本業とは別に推し活資金を稼ぎまくっていた。稼いだお金はすべて推し活のために使っていた。そう、乙女ゲーム『エタニティ・プリセンス』に登場する推しのために。
あの日は推しのバースデーイベントがあった。めいっぱいオシャレをしていた。サロンで髪をセットしてもらい、お化粧もバッチリして、服も推しが身に着けていたアクセサリーを取り入れ、完璧だった。
それなのに。
目の前に、推しのバースデーイベントの会場が見えていた。
見えていた……から、横断歩道ではない場所で横断をしようとして……。
事故死した。
そして転生していたのだ。
大好きな乙女ゲーム『エタニティ・プリセンス』に。
覚醒したのは10歳。
ある朝目覚めると、見たことのない部屋と私の髪の色はどうなってしまったの?というお決まりのアレ。それで自分が誰であるか気が付いた。
でもこの瞬間は天国と地獄。
大好きな乙女ゲーム『エタニティ・プリンセス』の世界に転生できたのは、勿論、天国。でも転生した私は、金髪巻き毛の碧い瞳、スタイル抜群であった時点で愕然とすることになる。だってこの容姿、悪役令嬢セシル・リヴィングストンなのだから。これはもう……地獄よね。
その後はもう、テンプレの断罪回避で悩むことになる。
断罪の場は舞踏会。
皮肉なことに、全ての始まりも舞踏会、そして全ての終わりも舞踏会。
『エタニティ・プリセンス』のプレイヤーつまり……ヒロインは、異世界からこの乙女ゲームの舞台となるウッド王国に現れる。出現した場所が、ファース伯爵家の庭。この伯爵家では子宝に恵まれなかったことから、ヒロインを養女として迎える。そしてヒロインが攻略対象と出会うのが、宮殿で開かれていた舞踏会だ。
この舞踏会には、すべての攻略対象者が出席している。
ウッド王国の王太子(21歳)、公爵家の次期当主(20歳)、宰相の息子(18歳)、王宮のお抱え画家(19歳)の四人だ。この舞踏会にヒロインも出席し、四人との出会いイベントが発生、ゲームは本格的にスタートとなる。
ヒロインが誰を選ぼうと、悪役令嬢セシルは、彼女に嫌がらせをする。嫌がらせする理由は、王太子、宰相の息子、画家をヒロインが選んだ時は、「どこの馬の骨かもわからない、素性の知れない女のくせに生意気」。公爵家の次期当主をヒロインが選んだ時は言うまでもない。彼はセシルの婚約者なのだから、当然のように嫌がらせをする。
ちなみに画家は、セシルの幼馴染みであり、同じ公爵家の一族。でも立場は三男坊。家督を継ぐ予定もないので、画家をしていた。
ヒロインがウッド王国に現れるのは春。
舞踏会は夏。春から夏になるまでの間、ゲームでは女を磨く(スキルアップ)ことになる。そして夏になり、舞踏会シーズンがスタート。その最初の舞踏会、それが宮殿で開かれる国王陛下主催の舞踏会で、そこでヒロインと攻略対象が出会うというわけ。
シーズン中、舞踏会は勿論、晩餐会も含め、毎日のようにどこかで開催されている。その舞踏会や晩餐会でヒロインと出会う度に、セシルは嫌がらせをするわけだけど……。
その嫌がらせはドレスの裾を踏む、ドレスにいちゃもんをつける、飲み物を偶然を装ってかけるなど様々。でも私は断罪を回避したいので、それらを一切せず、ひたすらヒロインと関わらないようにしていた。
それさえも、この乙女ゲームの世界では、「無視」認定されるとは。
恐るべし、ゲームの抑止力。
シナリオによる強制力。
その一方で。
そこまで私を悪役令嬢として、断罪されるように追い込んでおきながら。婚約破棄をこちらから伝えたら、断罪されずに済んだ。すべての終わりは舞踏会……にならずに済んだと思う。
そう。フラグは折れたのだ!
もう、心から嬉しくてたまらない。
断罪はなく、ヒロインは私の元婚約者とゴールイン。
これですべてから解放された……!
この後の私の楽しみは……。
そう、推し活!!!!!
私の推しは、攻略対象の一人、王太子エドワード・チャールズ・アトウッド様!
もう絵に描いたような王子様。セシルと同じ金髪碧眼で、令嬢の心をとかす甘いマスクをしている。ヒロイン登場にあわせ、彼の婚約者は不幸なことに馬車の事故でなくなっている……って、何気にゲームの設定、恐ろしいわよね。ヒロインがエドワード様の婚約者になれるよう、前任者(?)を消すなんて。
まあ、そこの黒い設定については、見ないことにしてよ。
エドワード様の恋人になりたい、とか婚約者に収まろう、というつもりは勿論ない。推しは不可侵の存在。ただ見守ることができればいいの。輝く推しを遠くから、愛でることができればいいのよ。
実際、この世界に転生してから、私はエドワード様に一切関わっていない。
エドワード様を見かけたのは、ヒロインとその攻略対象の最初の舞踏会だけ。何せヒロインは、私の……セシルの婚約者である公爵家の次期当主を攻略対象に選んだ。その結果、エドワード様が参加しない舞踏会や晩餐会ばかりに行く羽目になってしまった。これもきっとゲームの抑止力のせいよね。
この世界に推しが存在しているのに、愛でられない日々は本当に地獄。
でもそんな日々ともおさらば!
断罪回避に明け暮れるストレス、推しを愛でられない怒り解消のため、既に推しグッズは山のように作ってある。幼馴染みの宮廷お抱え画家のカールに頼みこみ、素敵な姿絵も何枚も描いてもらっていた。
自作の特大うちわは使いどころがないけれど、週に一回。皆が寝静まってから、一人推し活パーティーをする時に、それを思いっきり振ることができれば満足だった。
あああ、早く屋敷へ帰りましょう!
エントランスが見えてきたその時、大理石の立派な柱の影から声が聞こえてきた。
「随分、ご機嫌なようですね」
こ、この声は……!
お読みいただき、ありがとうございます!
本作は、断罪の場で自ら婚約破棄宣告シリーズの第三弾です。
第一弾は以下の作品です。
>>6/24-6/26日間恋愛異世界転ランキング3位<<
『完結●断罪の場で悪役令嬢は自ら婚約破棄を宣告してみた』
https://ncode.syosetu.com/n8930ig/
第二弾は以下の作品です。
>>7/17に完結したばかりの全15話<<
『完結●婚約者のことが好きすぎて婚約破棄を宣告した』
https://ncode.syosetu.com/n6598ih/
7/19のお昼の日間恋愛異世界転ランキング18位
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