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なろうラジオ大賞4

全ての想いを一本の缶コーヒーに託して

 夫が体調を崩して入院することになった。


 最初は一週間程度だと聞いていたが、それが一か月、二か月と伸び、なかなか退院のめどが立たない。

 この先どうなるのか全く分からず、不安しかない。


 彼がいないことで、家にはぽっかりと穴が開いたよう。

 寂しさを感じているのは娘も同じようで――


「パパのところにいく!」


 毎日のように訴えてくるので仕方なく、許可を取って会いに行く。


 手ぶらで行くのもなんなので、自販機で缶コーヒーを購入。

 病室まで娘に運んでもらう。


「今日も来てくれたんだね、ありがとう」


 精一杯の笑みを浮かべて私たちを迎え入れる夫。


「あのね……あのね……」

「なんだい?」

「ううん、なんでもない」


 首をぶんぶんと振って答える娘。

 本当はもっと甘えたいはずだ。


 早く帰って来てね。

 一緒に遊んでね。

 もうすぐお誕生日なんだよ。


「これ、どーじょ」

「ありがとう」


 いったいどれほどの言葉を飲み込んだのだろう。

 娘は全ての想いを一本の缶コーヒーに託し、夫へと手渡す。


「ちょっとずつ大切に飲むよ、ありがとう」

「えへへ」


 娘の頭を優しく撫でる夫。

 早くよくなって欲しいと心から願う。



 ◆



 月日がたって、娘は中学生になった。


『お父さんの病気を治すために勉強して医者になる』


 まだまだ幼かった娘はそう宣言し、真面目に勉強を続けている。


 根を詰めすぎないように気を使っているが、下手に何か言うのも逆効果。

 だからそんな時はそっと缶コーヒーを差し入れる。


「お疲れさま、頑張ってるね」

「あっ、ありがとう」


 缶コーヒーを受け取る娘。


「お母さん、今日もお仕事?」

「うん、これから夜勤」

「あんまり無理しないでね……」

「そっちこそ」


 簡単な言葉を交わして部屋を出る。


 扉を閉めてリビングへ。

 窓の外をぼんやりと眺めると、キラキラした星々が空に輝いていた。


 時に人は、自分の気持ちを伝えることをためらう。

 さみしい、つらい、くるしい、かなしい、こわい。


 飲み込んだ言葉はグルグルと駆け巡り、心を曇らせてしまう。


 だから……言葉を形に変えて。

 自分の気持ちを伝えるのだ。


 私たちにとってそれは一本の缶コーヒーだった。


「ただいま」


 夫の声が聞こえる。


 彼は自分の身体と相談しながら仕事を続けている。

 毎日、無理が出ない範囲で、少しずつ。


「おかえり」

「これ、買ってきたよ」


 夫の手には缶コーヒーが二つ。

 仄かに暖かい。


 ありふれた日常を家族と共に過ごせる奇跡に、感謝を。

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― 新着の感想 ―
[一言] じんわりと感動が広がるお話ですね。仰る通りで、たしかに私達は伝えられない気持ちの一端をものに託すのかもしれません。娘さんのお父さんへの気持ちが伝わってきて、朝から感動させて頂きました。 たら…
[良い点] めちゃくちゃいいお話ですね……泣けました〜! お父さん本当に良かったです( ;∀;) 私もありふれた日々を過ごせることに感謝しながら生きようと改めて思いました! 素敵なお話をありがとうござ…
2022/12/20 18:40 退会済み
管理
[良い点] 私は好きになると「愛してる」「ありがとう」「頑張れ」「大丈夫だよ」はしつこいぐらいに言いますが、「ごめんなさい」だけは物に換えて渡します(*´ω`*) 渡さない時もある(*´艸`*) […
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