前世の記憶がロクな事しない
あっ、これ異世界転生ってやつね、とぼんやりと前世の記憶を思い出したのは、今世の私が結婚して相手の家に嫁入りするまさにその日だった。
今世の私は没落寸前の子爵家の娘だった。両親と、弟が一人。元々裕福な家ではなかったけれど、猫の額程度とはいえ小さな領地があって、その領地経営でどうにか生計を立てているといっても過言じゃなかった。土地が狭いから領民と呼べる人たちもそう多くはなかったけれど、それなりに良好な関係を築いていたと思う。
けれども没落寸前まで資産が減った。
別に父がギャンブルにのめり込んだとか、母が若い男にコロッと騙されたとか、弟が年上の色気むんむんなセクシーおねいさんに騙されたとかそういう事はない。
川が氾濫、洪水を起こした結果作物が駄目になった。
翌年、今度は干ばつが起きた。
更に翌年、家畜が疫病にかかった。
領民は幸いにして死者が出なかったけれど、三年連続で不幸な事件が!
これが誰かのやらかしっていうならまださぁ、そいつに責任とれー! とか怒りの矛先が向けられたと思うんだけど、自然災害だったからね。疫病も気温の寒暖差が激しくて体調崩したところに……って感じで広まったみたいだし。
大自然には敵わねぇっぺよ。とか思わずどこの田舎の人ですか? みたいな口調で言っちゃうのも仕方ないと思う。
川の氾濫が起きた時、次はそうならないようにと治水工事を始めた。
干ばつが起きた時、水不足になっても大丈夫なようにダムとまではいかなくても、水を貯める場所を……とかあれこれできる事をしようとなった。
小さいながらもうちの領地はそうやって対処をしていった結果、被害は最小限だったと思う。人的な、という点で。
けど、その時にうちの資産から工事費用だとか出したものだから、まー面白いようにお金がなくなってったよね。死人出すよりマシだろうと思ったけど、結果借金ができたわけ。
ところでその借金、かわりに払うからちょっとおたくの娘さん嫁にくれない? と声をかけたのが、侯爵様だ。いやこんなフランクなお誘いだったかは知らないけど。要約するとこれで合ってる。
金貸しから借りるにしても、悪質なところとかチラホラ聞こえてきてたし婿入りして貴族となりたい野心たっぷりな商人というのもいると聞いてはいた。
そして何気にその悪質なやつにうちは目を付けられていたらしい。それらを追い払うついでに、という事で侯爵家は何と私をご所望したというわけだ。
性質の悪い金貸しか、侯爵家か。
この二択なら侯爵家のがまだマシだろう。実際父と侯爵様の間でどういう取り決めがあったかはわからないけれど、少なくとも領民が飢えたりするような事にはならなさそうだし、全体的な事を考えれば侯爵家との縁談はうちにとっては何も悪い事はない。
でもまぁ、それでも私は金で買われたようなものよね。
いや貴族の結婚なんてほとんど政略みたいなものだし、メリットがなきゃしないってのが常識みたいなものだけど。
というわけで私は嫁ぐことになったのだ。
ところが何と、そもそもうちの領地も自然災害でひぃひぃいってたけどそれは勿論うちに限った話じゃない。王国の半分はそんな感じだった。
ちなみに侯爵家は災害が起きた地域とは離れていたのでノーダメージ。そしてお金もたっぷりあったところなので、どうやら他の領地などにも支援をしているらしい。まぁ、下手に領地が危なくなるとそこを付け込もうとする貴族としての礼儀も礼節もないような成り上がりに目をつけられちゃって、挙句金で買った爵位で好き勝手するようなのが増えると政治的にも困る、ってのは私にもわかる。それでどうやら王家からも侯爵家は様々な仕事を割り当てられたらしく、なんとですね、なんと!
嫁ぐっていっても結婚式はしていません! とりあえず神殿に私たち、結婚しますっていう婚姻届けは出したけれども、それだって私の結婚相手になる侯爵様――なんだっけ、アシュクロフト様だったかな? は姿を見せず代理でグランフォード家の執事さんが出したからね。
まぁうちも持参金とか持ってくる余裕全然なかったし、結婚式がないのはいいよ。てか、やっても誰呼べって話よね。
生憎私はデビュタント済ませたばっかの小娘。領地も小さいし知り合いはほぼいない。右隣の領地の男爵家のご令嬢とは仲は悪くないけどどうにも会うタイミングが悪くて滅多に顔を合わせられないし、左隣の伯爵家のご子息とはよく顔を合わせるけど仲は普通。
結婚式してもグランフォード家が呼ぶだろう人たちと、うちが呼ぶ人たちとだと何かこっちが色んな意味で気後れしそう。
さて、そんな感じで借金の形に、みたいな感じで嫁入りしたわけですが。
王国の一部の土地が落ち着くまで結構な時間が経過した。具体的には四年程。
今の私は十九歳。こっちの世界は十五で成人扱いとはいえ、前世ならまだかろうじて未成年だったんだぞ。いや、十八で成人て事にしようかって話出てたけども。
この四年間、何と旦那の顔を見た事がない。というか家に帰ってこない。
侯爵家のおうちってここですよね? あれ? 私もしかして愛人か何かの立場で、別宅を用意されてる?
とか思っても仕方がない。
初夜とかちょっと身構えてたんだけどもそれも無意味だったよ。
前世の記憶を思い出してしまったので、無いならないでいいけども、っていうメンタルになれたのは大きい。
思い出す前は曲がりなりにも私だってちゃんとした貴族令嬢だったからね。内面こんなだけど。
一応。一応ね?
それでも侯爵夫人になったはずだから、それに見合うだけの知識や教養を身に付けようと思ったよ。
侯爵家を取り仕切る家令に頼んで家庭教師をつけてもらった。もし駄目なら多分アシュクロフト様から駄目って通達きてるだろうけど、そういうのはなかったから私としても学べるならそれに越した事はない、と思って頑張ったさ。前世はお勉強とか大嫌いだったけど、生まれ変わった今はめっちゃ頑張った。
他にやる事がなかったってのも大きい。
同時進行でお茶会だとか夜会だとかがあったら多分もっとかかったかもしれないけれど、それでも三年でどうにか合格をもらえたのだ。
とはいえ、旦那様が戻ってこないので社交の場には出るに出れなかった。いや、一人で行ってもいいけど侯爵家の周辺の人間関係とかわかってないうちに行って、知らず侯爵家の敵側の家と繋がり持ったら大変な事になるじゃない?
人脈広げようとして逆に敵を内側に取りこんじゃいました、じゃシャレにならないわけ。だからその手の催しに参加するにしても、滅茶苦茶吟味しないといけないの。
とりあえずうちの領地のお隣だった男爵令嬢――シェリルが王都に来てたから彼女はお茶に誘った。そこ繋がりで知り合ったのが子爵家令嬢のリリー、伯爵家令嬢のアマンダ。彼女たちとの会話で何となく外からの情報を得てる感じだ。
仕事が忙しいのは仕方ないとは思うけど、でも流石に四年も旦那様のお顔を拝見してないって問題ない? と思って私付きの侍女であるメリアに肖像画とかないんですか? と聞いたけど無い、との事。
一度も会わなくてもせめて顔くらいは肖像画とかで知れるだろうと思ったのにこの返答。
だからこそ私は四年も旦那の顔とか知らないままだ。写真とかじゃなくて肖像画って時点でお察し。この異世界中途半端に中世ヨーロッパテイストなくせにトイレは水洗だから写真とかあると思ってたのにないんですって。どんな文明よ。
名前くらいしか知らない夫ってどうなの? と思ったのでダメ元で手紙とか書いてみたけど、返事はこなかった。何度か送ってみたけど返事が来た事は一度もない。
私の誕生日の時はプレゼントとメッセージカードが届くけれど、とても事務的。まぁ政略結婚みたいなものだし、こんなものかな……と思う。私は旦那様の誕生日とか知らないので祝うに祝えない。メリアに聞いてみたけどなぜか言葉を濁された。えっ、聞いたら駄目なやつ? 知ってて当たり前なのに知らないとかマジか……みたいな感じ?
さて、前世の記憶がある私は考えた。
これさぁ、結婚してる意味ある?
いや、家の借金返すかわりに私を買った、と考えれば向こうに意味はあるんだろう。
でも、私の人生に意味ある?
そも金で若い娘を買ったのにその商品の前に姿を見せず、ってのが解せない。仕事が忙しくてもどっかで休日はあるだろうし、その時にちらっとでも戻ってくるとかできたのではないだろうか。
多分ペットとか飼ってる気持ちなのかもしれない。
少なくとも性欲処理に使うとかそういう名目で買われたわけではないっぽい。そこは有難いと考えるべきなのだろうか。いやでも、表向き結婚なんだから一応跡継ぎはいるだろう。姑とかいたらまず言われる案件だ。
私のいるこの屋敷には侯爵家の人間がいない。いるのはこの家に仕えている者たちだけだ。
一時期家庭教師がそこに含まれていたけれど、一応合格点をもらった後は通いで来る事もなくなってしまった。
ここから導き出された答は――
「なるほどね……!」
私は次にやるべき事を何となく察したので、メリアに頼んで必要な物を用意してもらう事にした。
「メリア! 育児書の用意を!」
「……あの、奥様? 何故そのようなものを?」
メリアはとても困惑していた。あれっ? どうしてそんな反応なのかしら?
「えっ、だって必要でしょ?」
そう言えばますます困惑された。
「ですがその、奥様はまだ」
「私が産まなくとも、他に産む人がいるのではなくて?」
「それは一体どういう……?」
あれ、もしかしてこれはサプライズとかそういうやつだったのかしら。
「えっ、でももう四年も旦那様と会っていらっしゃらないし、お仕事が忙しいにしても跡取りは必要でしょう? それに政略結婚、もっといえば金で買われた身の私に求められるのは最低限お飾りでも問題のない程度の教養の他、あとは子を産むものかと思ったけれど……身分の問題で妻にするには問題のある愛人の子を私の子として育てる、という可能性もあるわよね」
私知ってる! 前世でそんな感じの昼ドラ見たし!
何かそのうち旦那様と一緒に自分が産んでないけど自分が産んだ事に、っていう感じの子とかもやってくるのではないかしら、と思ったのだけど、メリアの反応からしてもしかしてハズレかしら。
うーん、これ母が死んで父が後妻に、って新しい女連れてくる感じだったら間違いなく年子の妹あたりがついてくるとは思うんだけど、結婚相手だからそういうセオリーとは違うのかも。
「奥様、その必要はありませんよ」
どこか青ざめた表情のメリアは、それを言うのがやっと、みたいな顔をしていた。
結婚して四年。
その間私は侯爵家の人間としてふさわしくなれるように色々学んだ。
けれども、基本的には好きなように生活していいと言われていた。
欲しいドレスがあるなら好きなだけ仕立てても構わないし、宝石だってそう。他に欲しい物があれば、この家を取り纏めている執事のマルセルに言えば用意すると言われていた。
でもさぁ、ドレスって言われても出かけるわけでもないのにあれもこれも、って用意しようとは思わないし――そもそも前世の記憶思い出してからは余計に――宝石だってそうだ。
というか装飾品をあれこれ用立ててもどうしろと。パーティーに行く時にしか使わないだろうし、そして肝心のパーティーに参加するような事は滅多にない。
他に欲しい物、と言われてもそもそも侯爵家の夫人としてマトモに取り仕切ってるとは言えない状況だ。それなのに好き勝手に振舞うのはどうだろう……? と思ってしまう。
働きに対する正当な報酬ならいざ知らず、そうじゃないなら流石にちょっと……
そもそも借金の形に嫁いだのだから、ここで湯水のように金を使う行為は不味いのではないだろうか?
万一離縁する、なんて言われた時、ここで好き勝手使った金額を返せ、などと言われたら借金再びである。アシュクロフト様がそんなみみっちい事を言うタイプかどうかはわからないが、そもそも名前以外は何も知らない相手の事なので、そんな事を言うはずがない、と断言もできない。
けれどもメリアの反応から、今の時点でアシュクロフト様に愛人とかがいて尚且つ子供が生まれそうとかそういう展開ではないのはわかった。
とはいえ、それは私が子育てをする必要が今のところないだけ、という話で愛人がいない事の証明にはならない。やっぱいずれの事を考えてそのうち育児書用意してもらお。
さて、次に私は考えた。
これもう完全に白い結婚とかそういうやつでしょ、と思わなくもないのだけれど、生憎借金の形に買われたので白い結婚を理由に離縁を申し出る事もできそうにない。
働いて借金を返すためのお金を稼ぐ……? ロクに働いた事のない私が?
前世で就業経験がないわけじゃないけどすぐにできそうなのって食堂とかの接客業かしら。でも給金考えたらそれで借金返済するまで稼ぐのは非効率的。多分一生働いても返しきれない。
うぅん、働くにしてもそこら辺はよく考えるとして。
お飾りの妻を金で買って好き勝手させておく、という点からもうちょっと深堀してみよう。
……もしかして侯爵様はお人形遊びが好きなタイプか?
いやだってこれもう完全に等身大ドールハウスみたいなものでは?
私の外見を気に入ってついでに借金あるみたいだしじゃあそれ肩代わりしてこの娘を買おう、という流れになったとしてもだ。生憎私は人間なのでご飯を食べたりしないとすぐに死んでしまう。だから身の回りの世話をしてくれる使用人を置いてるけど、実はそういうの邪魔だなぁとか思ってる可能性はないだろうか?
…………可能性ありそうだな。
可能性があるのなら、と私はメリアに買い物がしたいと頼んだ。
直接商品を見たいので外に行くと伝えれば馬車を手配された。
そしてやってきたのは服飾関係のお店だ。
とはいえ服を作るわけじゃない。
布も糸も確かに使うけれど、それ以外にも必要な部品を探して一日たっぷり買い物に費やした結果、運よく材料は揃った。
そして私はせっせと作業に取り掛かったのである。
「――見て頂戴メリア」
「奥様……あの、これは……?」
数日どころか三か月くらいかかっちゃったけど私はどうにか完成させた。
等身大の私の姿をした人形を!
前世で一時期ドール系の趣味にハマりお洋服とか作ったりしてた事はあったけど、まさかお人形から作る事になるだなんて思ってもいなかったわ。でも、材料にこだわって色合いとかは大分私に近づけたし、出来も中々のものだと思える。夜中に見たらマジで人かと思ってビックリするレベル、といえばお分かりいただけるだろうか。
自分で作っておきながらその完成度に私自身震えが止まらない。
「とてもよくできてるでしょう?」
にこりと笑って言えば、メリアは視線を私と人形とで何度も往復させていた。
ただ、流石に髪の毛がちょっと……えぇ、自分のを使ってウィッグにしようにもそうしちゃうと私の髪がなくなっちゃうから、これもお店で売られていた私の髪に似た色合いのカツラを買ったとはいえ、それでも大分似てると思うの。
もういつ魂が入り込んで動き出してもおかしくない、ってくらいの完成度。
「あ、あの。奥様……? これは、一体……?」
あまりの出来栄えにメリアも感動して震えているのがわかる。
だからこそ私は胸を張って答えた。
「お飾りの妻なら別にこれでも構わないのではなくて?」
だって別に社交に出るわけでもなければ、ただ家の中にいるだけ、それなら別に生命活動してないお人形で充分ではなくて?
埃被らないようにとか、あまり日当たりのいい場所に放置しすぎて日焼けして色あせたりしないように、とか保管に多少気を使う事はあれど、ご飯もいらないし排泄だとかする事もない。
目の部分は開閉可能なので、最悪人目に触れなければならない場合奥様はご病気で……とか言ってベッドに寝かせておけば遠目からならそれっぽく見える。
人と関わらないのであれば、これで充分ではないだろうか。
「これを私のかわりにここに置いておけばいいのではなくて?」
にこやかに告げれば、メリアは言葉を失ったようだ。
私の名案にまさしく! となったのかもしれない。
「そ、それでは奥様はその……一体どうなさるおつもりで……?」
「出稼ぎに行こうと思うの」
「マ、マルセル! マルセルさーん!! 奥様が! 奥様がー!!」
何故かその言葉にメリアは火がついたように叫んだ。なんだなんだとばかりにやってきた他の使用人たちも私の作った代理私人形を見て動きを止める。
私としては人形を作っていた時に考えていたのだけれど、やはり借金を返すために働くのは必須、と思ったわけで。途中息抜きに外に出たりもして外で聞こえてくる噂だとかに耳を傾けたりして、これでも情報は集めていた。結果として冒険者とかありかもしれないな、と思ったのだ。
魔法を使える人はこの世界とても少ない。私だって使える魔法は精々生活をちょっと楽にするくらいのものだけだ。けれど、それだって使い方次第で武器になるし、前世で一応免許も持ってたのだ。猟師の。こっちの世界銃がないみたいだけど、武器は他にいくらでもある。
ある程度の害獣駆除みたいなやつなら私でもできると思われる。
食堂でウェイトレスするより危険手当込みみたいなものだし、こっちのが稼ぎにはなりそうなのよね。
だからお人形を妻です、とここに置いて身代わりにしておいて私は外に稼ぎに行こうと思っていたのだけれど……
どうしてか、部屋の中に閉じ込められてしまった。あれぇ?
――自分が異世界転生をしているという事に気付いたのは、跡取りとしての教育が本格的に始まったあたりだった。
アシュクロフト・グランフォード。
侯爵家に生まれたそれが、俺の今世の名であった。
マジかよ異世界転生とか……と頭を抱えたくなったのは仕方ない。世界観がいかにも中世ヨーロッパっぽいくせに所々に現代っぽい雰囲気が漂ってるご都合主義満載な感じが違和感しかない。いやでもトイレが水洗なのは助かる。マジ中世ヨーロッパみたいにそこらに汚物投げ捨てたり悪臭ごまかすのに香水たっぷり、とかじゃなくて良かった。
前世の知識を駆使してチートも有りか!? なんて思ってたのは束の間。
自分に前世の記憶があるのはわかっている。けれど、それらがほとんど朧気でしかなかった。前世の自分の名前も家族構成もほとんど覚えちゃいないし、何かこういうのあったよなー、っていうふわーっとした記憶はあるけどそれがどういう風に成り立っていたか、まで覚えていない。
こんな役に立たない異世界転生があってたまるか! と最初のうちは嘆いたけれど、もうどうしようもない。諦めて今世を精一杯生きていくしか……となって侯爵家の人間として育つしかなかったわけだ。
ところで今世の俺はどうやら中々のイケメンらしい。
とはいえ前世とは明らかに顔の造形も違う、という感情が先にきてどうにも自分の顔を鏡で見ても馴染みがない。自分だけど他人を見てる感覚が凄い。
そのせいで肖像画だとかの自分の姿絵を残す行為もとても気乗りしなかった。別になくても問題ないだろ、と思ってしまって実際自分の生活に何一つ困る事がなかったのもある。
前世だとソシャゲにどっぷりはまり込んでたが、今世にそんなものはない。娯楽らしき娯楽は俺にとってほとんどないと言える。いや、チェスとかあったけど。ボードゲームとカードゲームはあったけど。しかしカードゲームはポーカーとかそっち方面であってデッキを組むとかそういうやつじゃない。
なので思った以上に時間に余裕があった。前世だとほとんどスマホ手放さなかったもんなぁ……やる事なくて勉強に武術にと励んでたら何か優秀だったらしくて侯爵として跡を継いだあたりからいろんな仕事が舞い込んできた。気づいたら王家直属みたいな立ち位置にいた。これ王家が何かあったら一蓮托生で死ぬやつ。
ところでそんなある時、三年連続で自然災害に見舞われて王国内の土地がひっどい目に遭った。幸い自分の所の領地はその被害はほとんどなかったけれど、そうじゃないところは今にも没落しそうな、どころかもう貴族としてやっていけそうにない、みたいな家も大分あった。
そしてそれに目を付けた厄介な商人たち、というのもいてちょっと国内が水面下でギスギスし始めていた。
没落貴族に資金援助して代わりに自分を婿として貴族に迎えて下さいな、と爵位を金で買ってそのまま金の力で更なる上に食い込んで、いずれは国を動かす力が欲しい、みたいなのがそこそこいたんだ。
前世なら別にどうとも思わなかったけど、ここでそれやられると最悪国が滅ぶ。民主主義の資本主義とかなら別にそのやり方でも別にどうとも思わなかっただろうけれど、一応ここ王政だから……下手に王家の力を削がれると国が荒れるし、そうなればそれを好機と他国が攻め入る可能性もある。戦争が前世よりずっと身近とかマジ怖い。魔物とかいるし。
王家からもどうにかできないか? と言われたので、出来る範囲での支援だとかをする事になった。
金をちらつかせる悪徳商人と結婚しようとしてるやつのいくつかを叩き潰して他の――まだマシな貴族のところと縁談組ませたりあまりにも低い身分のところは妾扱いになるかもだけど、そういう話をそれとなく持っていったり。妻ではなく愛人のような扱いはどうなんだろう、と思わなくもないが金をちらつかせて最終的には家を乗っ取るのがわかりきってる金の亡者よりはマシだろう。
縁談でどうにかできなさそうな場合は領地経営のノウハウなどと学ぶ機会を作ったりとかした。
前世でもやった事ないのになんで経営コンサルタントみたいな事やってるんだ……とか思ったけど、それでもどうにかなるにはなった。
ところでその没落寸前になりつつあった貴族の中の一つ、トラッタディン子爵家の様子を見に行った時、俺は運命の出会いを果たしてしまった。
前世、のめり込んでいたソシャゲの推しキャラ、鉄壁のアステノーラと呼ばれる少女にそっくりの少女がいたのだ。えっ、推しが動いて……えっ!?
ちなみにそのソシャゲ、キャラのレアリティは基本☆で表してて☆1が低レア☆5が最高ランクのレアキャラだが、俺の推しは☆3のノーマルランク枠だった。
それでもイベントで☆4のアステノーラが出たりもしたけど、☆5実装はない。
だがしかし攻撃力は低くともサポート能力と守備力の高さは☆5にも負けちゃいない。戦略を練れば充分に高難易度のイベントクエストもこなせるキャラだ。
能力面でも鉄壁だが、いかんせん新たなキャラカードが実装されても彼女はほとんど露出しないキャラとしても有名だった。夏の水着イベントでもしっかり着こんでいて足が多少露出されてるけどそれ以外の露出はほとんどなしとかいうくらいの鉄壁っぷりだった。
その、推しのやや幼く見える姿が動いてるんですよ目の前で。俺いつの間に画面の向こうに入り込んだんです……? って思ったわ。
まぁ実際はその子はアステノーラではなく、子爵家のご令嬢アリスティア・トラッタディンだったわけだが。
その子爵家もよからぬ商人の毒牙が迫っていた。領地経営は見た所至って真面目にこなしていたけど、流石に三年連続の自然災害でボロボロだった。むしろそれを立て直すために借金までしていた。だからこそ悪徳商人に目をつけられてたわけだが。
あまりにも推し(幼女の姿)すぎて、思わず俺は子爵家に令嬢との婚約の申し入れをしていた。借金肩代わりするという条件で。
悪徳商人よりも侯爵家、それも王家の覚えも目出度いとなれば、どっちが家のためになるかと考えて……あっさりとその婚約は成り立ってしまった。
ちなみに俺はそれをアリスティアの父親に申し入れたけど、その時本人であるアリスティアに会う事はしなかった。
いやあの、間近で推しと同じ姿を摂取したら仰げば尊死してしまいかねなかったからさ……
婚約をして、アリスティアが成人した十五歳になったら結婚。
あまりにもトントン拍子の契約。
俺は、その時深く考えもしないで浮かれていたんだ……
ある程度王国内の問題が落ちついてきたかと思えば次から次にトラブルが舞い込んでくる。それらの解決に駆り出されて、気付けばロクに自分の屋敷にも帰れない始末。
そうこうしているうちに結婚する日が近づいてきたけれど、その時俺は離れた土地に赴いていたので物理的な距離がありすぎて結婚式ができなかった。ちくしょう! 推しの! 推しの花嫁衣裳とかそんなの見たいに決まってるのに!!
打ちひしがれて俺は膝をつき拳を地面に叩きつけたのは言うまでもない。
だがしかし、その後冷静になって考えてみれば、俺は推しに会うわけにはいかないと思ってしまったのだ。
だって考えてもみてほしい。
この国は十五歳が成人扱いだけど、俺の前世の記憶が囁くんだ。
アリスティアが十五歳の時、俺は二十五歳、そう、十歳年の差がある。
前世の記憶のせいで「それってさぁ、淫行とかそういうアレじゃね?」っていう脳内幻聴が聞こえたわけだ。
この国では別にそれくらいの年齢差での政略結婚とかも割とある話だから、特におかしくはない。
けれど前世の常識で考えるとポリスメン案件だ。
十五歳って下手したらまだ中学生とかじゃね? ギリ高一になってる可能性もあるけど、そんな年齢の子に成人して数年経過してる男が、ってそれ明らかにロリコンと呼ばれるやつでは!?
違うんです違うんですおまわりさん! 俺は年下が良いとかではなくて推しだから好きなんです。
あとちょっと強引かもしれなくても婚約結んだのは、推しが悪徳商人と望まぬ結婚させられた挙句新婚初夜にその体を……とか考えたら推しのNTR地雷です! ってなった結果なんです!!
推し以外のNTRは薄い本で見れるけど推しは無理……
表面上取り繕う事はできるかもしれないけれど、それがいつまで持続できるかって考えたら多分そう長くはもたないなぁ……と自分でよーっく理解してしまったので、俺は時間を置く事にした。初夜とか絶対俺キモイ醜態さらす自信しかない。推し本人ではないとはいえ、推しの姿をした少女に「キモ……」とか呟かれたら俺その場で死ぬ自信しかない。
それにいくら結婚して夫婦になったからっていっても、相手まだ十五歳! 前世の常識や倫理観のせいでそれは犯罪だと強く思うわけで。
大体前世の日本でも女性の結婚していい年齢十六歳とかじゃなかったっけ? その基準で考えたら完全にアウトだろこれ……
ってなったので、俺はとにかく仕事が忙しいのもあって家に戻れることもないし、アリスティアが俺の中での成人年齢になる二十歳まで待つ事にした。年齢差は変わらないけれどやはり成人しているかどうか、の違いは大きい。
その間アリスティアには不自由をさせてしまうのは明らかだったので、家の者たちにはアリスティアの好きにさせるようにと伝えておいた。それこそ他所の男引っ張り込んで……なんて事をしなければ、ドレスでも宝石でもいくらでも用意するように伝えたし、観劇や茶会なども好きに参加させるようにとも。
一応定期的にアリスティアの事は報告してもらう事にしていたし、そこまで問題視もしていなかった。
婚約した時にアリスティアについてはある程度調べていたけれど、彼女自身は至って普通の令嬢だ。家が没落寸前であったのもあり、贅沢もできないような状況であったけれど、待たせている間はせめて今までの分も含めて楽しんでくれればいいと思っていた。
推しに課金するくらいの気持ちでいたのだ。
ところがこちらの予想を裏切ってアリスティアが望んだのは上位貴族としてのマナーや礼儀作法といったものだった。子爵家でも学んでいないわけではなかっただろうけれど、それはあくまでも低位貴族としてのマナーだとか礼儀作法だったのだろう。確かに侯爵夫人となった今、そのままでは社交に出ればアリスティアは礼儀知らずと陰で笑われてしまうかもしれない。だからこそ先に学びたいのだ、という意欲は素晴らしかった。
こんなしっかりしたお嬢さんが嫁に来てくれるとか、しかも推しの姿してるとか、俺一生分の運を使い果たしてしまったのでは……? などとも思っていた。
しかもその勉強は三年で終わらせてしまった。
早いか遅いかで考えれば遅いと思う者もいたかもしれない。けれどアシュクロフトからすれば早い方だった。
もっとゆっくりでもいいんだぞ……なんて気持ちで報告を聞いていたくらいだ。
正直仕事が忙しすぎて妻の様子を報告してもらう時が癒しの時間だったのだ。
しかしそこから何故かおかしな方向に転がり出した。
ある時は育児本をと言われた。
未だ初夜を迎えてすらいない状態なのにもうそこまで……? と思っていたが、どうやらアシュクロフトの愛人が産んだ子をアリスティアが産んだ子として育てる事態を想定していたようだ。
アシュクロフトは崩れ落ちた。
えっ、あの、俺そんな……? そんな酷い男に思われてるの……?
推しと同じ姿をしてるとはいえ、だからといってアリスティアを愛していないわけじゃない。その見た目は確かに推しそのものなので愛しているけれど、彼女の人間性も好ましく思っているのだ。
だがしかし向こうはなんだかとんでもない誤解を抱いている。
いや、その原因が全くないわけじゃない。
以前何通かアリスティアからアシュクロフトに向けての手紙が出されていた。
彼女なりにアシュクロフトの事を知ろうとしてくれているのだ、と思えばアシュクロフトも興味を持たれていないわけではないのだと嬉しくなった。
ただ、仕事としての手紙は問題なく出せるけれど、アリスティアに対しての手紙となれば何をどう書けばいいのかわからなくなってしまった。
試しに一度返事を書こうとして書き連ねた手紙は見事なまでのおじさん構文になっていて「うわキメェ」とつい自分の口から呟きが漏れたほどだ。
手紙は復元不可能なレベルで抹消した。
その後もどうにか返事を書こうとしたものの、気持ちが先走り過ぎて改めて読みなおすと確実にドン引きされそうな気がする代物が出来上がっていたのだ。
勢いで書いてそのまま返信してしまった方がいいのかもしれないが、万一その手紙を読んで「文面からキモさがにじみ出ている」とか思われたら死ぬ自信しかない。
推しの冷ややかな眼差しとかご褒美かもしれないけれど、向けられる感情がそこらの虫けらと同等かそれ以下、とか流石にキツイ。
自分で書いた手紙のことごとくがキモさに満ち溢れていたし、そんななので出したくても出せない。いっそ代筆を頼もうかとも思ったが、それもイヤだった。それで下手に会話が弾んで文通が始まってみろ。自分の手紙のはずなのに自分が蚊帳の外になるの目に見えてるとか勘弁してほしい。
更に肖像画がなかったことでアリスティアが自分の姿を知らないという事も余計に衝撃を与えた。
別に無くてもいいだろうと放置していた肖像画がなかったことで彼女は夫になった相手の顔も知らないとか、お前推しの姿をした少女に対してあまりにもアレすぎんか!? とアシュクロフトは頭を抱えた。
えっ、つまり今の自分は名前だけかろうじて判明してるけど、もしかしたら超絶キモイおっさんとか想像されてる可能性もあるって事か……!? となってしまったのだ。
もしそうなら手紙の返信をしていた場合更なる「キモ……」という感想が強化される可能性があったわけだ。
イケメンだと知られていればもしかしたら少しは判定が甘く……いや、場合によっては更に評価が厳しくなっていたかもしれない。
ここに来てアシュクロフトは妻の夫に対する感情があまりよろしいものではないのかもしれない、と思い始めていた。いっそ素直に屋敷に戻って彼女とよく話をしたい。けれど今、戻るに戻れない状況なのだ。この仕事後回しにすると最悪領地の民が死ぬ。侯爵家の領地じゃないけど王家から頼まれた先の土地なので雑な仕事はできない。上に立つ以上、そこはきっちり責任を果たさなければ……!
心の中でひたすらアリスティアに謝罪しつつ、アシュクロフトは仕事に打ち込んだ。もうこうなったら急いで片付けて戻るのが最善だと思ったのだ。
何通か来ていた手紙はアシュクロフトが返事を書かなかったことでそれ以降届く事はなかった。
戻ったらきっちり謝らないと……と罪悪感だけが大きくなっていく。
しばらくは後ろめたいというか気まずいというかな気持ちがあったが、その後しばらくはアリスティアの様子も特に変わりないという報告でアシュクロフトの精神衛生面も同じく落ち着いてきた。
その少し後で裁縫でもするつもりなのか、それに関する道具をいくつか買い集めたという報告がきたがそれくらいなら好きなだけやりなさい、と思っていた。何を作るのかまでは知らされていないけれど、彼女が日々を楽しく過ごせるならば何でもいいと思っていた。
そう、思っていたのだが……
次に報告が来た時、アシュクロフトはいやもうこれ仕事してる場合じゃねぇぞとすら思い始めていた。
なんでも妻が、自分そっくりの人形を作ってお飾りの妻ならこれで充分でしょうと言い出した挙句、自分は働きに出ると言い出したそうなのだ。
子爵家は貧乏だったから、働きに出るという選択肢が出るのはそこまでおかしなものでもない。いつかはそんな考えが出てもおかしくはなかったのだ。
だが報告では働きに、のその仕事が冒険者にでもなろうかと思って、とかいう話だったらしいので引き留めた家の者たちにはグッジョブ特別手当を出そう! という気にしかならない。
魔法を使える者は少ないが、貴族はそれでもそこそこ使える者がいる。実際アシュクロフトは氷の魔法が得意で、そのせいもあってか氷の貴公子とかいう何かどこぞの乙女ゲームで称されてそうな二つ名で呼ばれる事もあったくらいだ。
けれどアリスティアが魔法を使えるとは……と思って更に報告書に目を通せば彼女が使えるのは最低限の生活魔法のみ。それで魔物退治に? 無謀が過ぎるのでは?
というか、自分そっくりのお人形作って? 自分は魔物退治に?
しかもそのお人形本当に本人そっくりすぎて??
え、つまり推しのリアルサイズドール? それが今我が家に……?
動く推しだけでも尊いのにドールまで……?
えっ、あの、そのドール、埃被ったり日の光で変色しないように厳重かつ丁寧に保管しておいてほしいんですけれども……
なんてオタク的思考がぽろっと出てしまったが、その先にあった報告書の一文を見ればそれどころではない。
奥様はお心を壊されてしまったのかもしれません……
なんで!?
いや、なんでじゃない。考えたらわからなくもないのだ。
借金の形に買ったような物だと思われてたらしいし、妻らしい事は何もしていない。
いやそれ言ったら夫らしい事ができないからせめてその分そっちも自由にしていいんだよ、の精神だったのだがいかんせん手紙の返信ができなかったことで彼女は様々な想像をしてしまったのだろう。
つまり、相互理解の必要はないと思われた可能性。
違うんです違うんですと報告書を見ながらもアシュクロフトは一体誰に対するものかもわからない言葉を吐き出す。
こっちは仕事が忙しすぎたのと推しの姿にテンパってるという自分の事情だからそりゃわかりきっているけれども、アリスティアからすればそんなの知った事ではない。
彼女の立場になって考えてみれば、自分の存在意義とは……となってしまうのもおかしくはない。
今は部屋の中で療養というか静養させているとの事だが、いつまた何を思って外に出ようとするかはわからない。これが買い物だとか観劇を見に、だとかで外に出るのはいいけれど、冒険者になって魔物退治するために外に出るのはやめて欲しい。こっちの命がいくつあっても足りない。
いくら推しそっくりの姿してるからって、推しと同じく戦えるわけじゃなかろうに。
ともあれ、自分がマトモに会わなかった事が原因だというのは理解した。
だからこそアシュクロフトは今までもかなり急いで仕事をこなしていたが、その限界を更に超える形で仕事を片付け、そのあまりの仕事捌きに王家から更に仕事が――来る前に釘を刺した。労働基準法があったらそもそもあまりのブラックっぷりだ。確かに民の命もかかってるから疎かにはできないけれど、自分の領地でもないのにここまでやったってだけでも充分すぎるだろう。こちとら結婚してるのに四年も妻に会えてないんだぞ。あと一年、とか思ってたけどもう限界。
そんな感じの事を貴族特有のオブラートに包みつつ、いくつかの案件は別の者へと引き継いで兎にも角にも自分は家に帰る事にした。推しの姿を直接目にすると~なんて言ってる場合じゃない。
一瞬手土産を用意すべきかとも思ったけれど、アリスティアが好きな物も正直よくわからなかった。
店で悩む暇があるならそれこそさっさと帰れ、と自分の中の冷静な部分がツッコミを入れたのでそれに従ってアシュクロフトは下手したら一月ほどかかる道をその半分でかっ飛ばし自宅へと辿り着いたのである。
――ちなみに。
ようやく直接会う事ができた妻は最初自分が夫である事を中々理解されなかった。
というか、妻の中の夫像が色々と酷い事になっているのを知った。
人形にしか愛情を抱けない、くらいならまぁ、前世でそういう感じもあったし否定はできなかったけれど。
某童話の大人向けにあったようなネクロフィリアの疑惑まで持たれている事を知って崩れ落ちたのは言うまでもない。
アリスティア曰く、
「え、だって権力者の性癖って大体どこか歪んでるじゃないですか」
との事なのだが。
今までロクな交流もなかったから余計にその疑いが強まったとか、完全にアシュクロフトの自業自得でもある。言うまでもなくアシュクロフトはその場に崩れ落ちた。
この誤解が解けるまでにそこそこの時間を要したし、更に二人がお互いきちんとした夫婦のようになるまでにはかなりの時間を要した。
ちなみにアリスティアドールは厳重に部屋の一室に飾られる事になったのだが。
それもまたアリスティアにいらぬ疑惑を抱かせた原因だったのだとアシュクロフトが気付いたのは――随分後の話であった。
打ち解けるまでに随分な時間がかかった結果、二人が前世の記憶持ちであるという事実をお互い知ったのはなんと孫が生まれた後の話である。お互いもっと早くに知ってたらねぇ、なんて笑い合っていたとかいないとか。
余談ではあるが。
グランフォード家にはアリスティアとアシュクロフト、二人並んだ肖像画が飾られるようになったし、更にはアシュクロフトそっくりの人形がアリスティアそっくりの人形の隣に飾られるようになった。更にそれを見た娘の一人が自分もこんな人形を作りたい、と言い出して人形師の道に進んだりもしたが――当初、氷の貴公子の館なんて呼ばれていたグランフォード家は、その言葉の印象と違い彼らが逝くまで温かな雰囲気が満ちていたという。