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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第90話

 死んだ人間が、生き返る事はない。

 師匠イルベリオ・テッドは、そう教えてくれた。


 ただし。人間が、死という過程を経て、人ならざる何かに変ずる事はある。とも。


 このゼビエル・ゴルディアックが、一つの例であろう。

 ゴルディアック家の長老であった人物が、異形のものと成り果て、妄言を垂れ流している。


 そこへルチア・バルファドールは、ひたすらに拳を叩き付けた。

 魔像ボルグロッケンの、巨大な石の拳をだ。


 ルチアが今いるここは、アドラン地方の帝国陵墓内。

 その一区画である。


 魔像が拳を振るっているのは、遠く離れた王都ガルドラント。

 ゴルディアック家の大邸宅内部においてだ。


 石畳の上に佇み、両眼を閉ざし、魔像の遠隔操作で暴虐を実行しながら、ルチアは確信に至った。

(このジジイは……ただの、耄碌ね)


 ゼビエル・ゴルディアックは二十年ほど前に病で重篤な状態に陥り、一命を取り留めた。そう言われている。


 実は死亡しており、現在ゴルディアック家において権力を振るっているゼビエル長老は偽物である。

 そんな噂は、確かにあった。


 偽物と呼べるものであるかはともかく、ゴルディアック家の長老ゼビエルは二十年前、確かに死亡したのだ。

 そして二十年間、人ならざるものとして存在し続けた。


 バレリア・コルベム夫人やデニール・オルトロン侯爵と、同じような状態である。


 ゼビエル・ゴルディアック個人、だけではない。

 ゴルディアック家という老いぼれた旧帝国貴族の、耄碌し果てた部分そのものが、具現され物体化を遂げたもの。


 それが今、ルチアが魔像ボルグロッケンを用いて叩き潰している、おぞましい肉塊なのだ。


 こんなものに、こんなものたちに、王家の人間を殺害する力はない。


 アイリ・カナンに憎しみを燃やし、その死を妄想し、暗殺の計画を立てる事は出来る。

 だが、実行する力はない。


 貴族に分類される人々は皆、ゴルディアック家を恐れている。

 幻想を恐れているだけだ、とルチアは思う。


 現在ゴルディアック家に、大勢の人間の生殺与奪を自由にする力などない。

 少なくとも、この大邸宅に引きこもって長老ゼビエルを崇め戴いているような者たちには。


 ゴルディアック家で本当に力ある者は、すでに長老からは遠ざかっている。

 大邸宅を離れ、ゴルディアック本家から独立し、自身の基盤を確立している。


「宰相……ログレム・ゴルディアック」

 ルチアは呟き、両眼を見開いた。


 轟音が、聞こえたのだ。

 陵墓そのものを、揺るがす響き。

 先程から、ずっと聞こえてはいた。


 石造りの、広大な区画。

 ルチアを護衛してくれているはずの、クルルグとマローヌ・レネクの姿が見えない。

 轟音を立てているものと、戦っているようであった。


 敵襲、である。

 魔像の遠隔操作を、している場合ではない。

 ボルグロッケン、それにリオネール・ガルファを、こちらへ呼び戻さなければならない。


 魔像を通じて会話をしていた者たちに、ルチアは言葉を投げた。

「……と、思ったけど駄目ね。こっちに、お客さんが来ちゃった。おもてなし、しないと」


 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵の私兵部隊。

 指揮官とおぼしき禿頭の男をはじめ、構成員一人一人が尋常ではない手練れである。


 このような暴力装置を用いてベレオヌス公爵は、王都で好き放題に振る舞っている、と言われている。


 民衆に対しては、言われているほど暴悪を働いているわけではないようであった。

 ただ、殺戮に長けた私兵部隊を用いて政敵をこの世から消す、程度の事はするだろう。


 かの祭典で民の心を掴んだアイリ・カナン王太子妃が、ベレオヌス公によって政敵と認定されるような事があったなら。


 自分は、この手強い男たちに殺し合いを挑まなければならなくなる。

 思いつつ、ルチアは言った。


「ひとつだけ忠告。ゼビエル長老が死んじゃったから、ここ保たないと思うわ。さっさと脱出しなさいね……生きてたら、また会いましょう」


 宰相ログレム・ゴルディアック。

 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ。

 やはり、この両名か。

 どちらか、あるいは両方か。


 弱々しい、声がした。

「あ……良かった。こっちまでは、来てませんね。あの魔像ども……」


 獣人クルルグが、ぼろ雑巾のようなものを引きずっている。

 その雑巾が、声を発したのだ。


「大変です、ルチアお嬢様。魔像どもが、また動き出して襲って来たんです。私とクルルグ君で、どうにか撃滅しましたけど」

 マローヌ・レネクだった。


「まったく……何なんでしょうね、あいつら。侵入者の排除が目的、にしては何かバラバラに攻めて来るし」

「五百年も前の仕掛けだもの。不具合も、出て来るわよ」

 ルチアは身を屈め、微笑みかけた。


「マローヌ、お疲れ様。私を守るために、ボロボロになるまで頑張ったのは認めてあげてもいいわ。貴女って何かもう色々と限界だから、そろそろ上手く使い捨てなきゃねってお話をね。私、イルベリオ先生としているところよ。まあ、もうちょっと捨てないでおいてあげる」


「……そう、ですね。もうちょっとです。もうちょっとだけ、生かしておいて下さい」

 マローヌが、むくりと身を起こした。

「お嬢様のおかげで……私、目的に近付けました。本当に、あと少しなんです」


「そうね。私は、とにかく王都の関係者……王族と関わりある連中に近付くのが、目的だった」

「王族って言うか、アイリ・カナン王太子妃と。ですよね?」

 マローヌの、そこそこは美しい顔面が、ニヤリと醜悪に歪む。


 この女は自分と同じだ、とルチアは思う。


 大切な誰かに死なれ、その真相が明らかになっていない。

 墓の中へと、持って行かれてしまった。


 だから、墓を暴く。


 それがマローヌの目的であり、ルチアの目的である。

 クリスト・ラウディースの目的も、それに近い。


「貴女は……王族の関係者って言うより、ずばり国王陛下。御本人に会うのが目的だったのよね? マローヌ」

「もちろん、会うだけじゃないです」

「……色々聞き出したいのよね、国王陛下から。拷問でも、やる?」


「何度……私が、何度……どれくらい……それをしてやりたかったか、ちょっとは理解してくれますよねぇルチアお嬢様ああぁ」


 マローヌの、顔面のみならず全身各所が、メキメキと歪み捻れていた。

 たおやかに見える細い手足が、いまにも異形化し、暴れ出しそうである。


 クルルグが、ルチアを背後に庇った。


 マローヌは、笑いながら怒り狂っている。

「駄目なんですよ私、力加減が出来ません。拷問とか、やり始めたらねええ、吐かせる前に殺しちゃいます! あのクソ王様をねぇー、一発でもぶん殴ったらぁああ、原形なくなるまで止まんなくなっちゃうんですおおおおおおおッ!」


「……わかるわ。私が、あの王様を優しく扱ってあげてるのもね、同じ理由よ。完全に用済みと判明する、までは生きていてもらわないとね。あの王様にも、貴女にも」


 拷問は、責める側が頭に血を昇らせてはならない。

 ベレオヌス公の私兵部隊を率いる隊長から、そう助言をもらったばかりである。


「……もう一つ、報告があります。お嬢様」

 マローヌが、恐らくは無理矢理、口調を落ち着かせた。


「王国正規軍の一部隊が、攻めて来ました。地上から、陵墓への突入を試みているところです。指揮官はレオゲルド・ディラン伯爵……一兵士として、シェルミーネ・グラークが同行しています」


「ああ……なるほど、ね。道理で」


 またしても、轟音が起こった。

 陵墓が、揺れた。


 マローヌが、見回している。

「また……魔像ども……」


「違うわ。これ、玄室の方からよ」


 玄室。

 この陵墓内に無数ある玄室の中で、恐らくは唯一。

 皇帝ではなく皇妃でありながら、単独で一つの玄室を与えられた人物の眠る墓所。


 その眠りから、覚めようとしている。

 古の花嫁選びの祭典で、権力者の地位を獲得した女性がだ。


「悪役令嬢同士……相性、いいわよね。そりゃもちろん」

「どういう、事ですか……」


「ヴェノーラ・ゲントリウス陛下がね、依り代としては最強の素材と巡り会っちゃったって事よ」

 言い放ち、ルチアは玄室へと向かった。


「マローヌは休んでなさい。クルルグ、付き添ってあげてね」

「いえ、大丈夫です。私も行きます」

 マローヌが、クルルグと共に付き従って来る。


「お嬢様のおっしゃる通り……私、色々と限界です。まともに言葉、話せるうちに言っておきますね。まあ大した報告じゃないんですが」


 クルルグに運ばれる事なく、どうにか自力で歩きながら、マローヌは言った。


「クソ国王……あー、こほん。エリオール陛下の御言葉なんですが」

「拷問をやらずに、聞き出せた事があるわけね?」

「はい。あの……クランディア様と」


 マローヌの声が、震えを帯びた。

 先程の、変異の名残、ではないようだ。


「……王妃クランディア・エアリス・ヴィスケーノ陛下と、アイリ・カナン王太子妃。このお二人が亡くなられた事、お互い関係が、全く無くはないそうです」


「それは」

 現時点で、考えられる事は一つだけだ。


「クランディア王妃の毒殺が、アイリの…………死、の遠い遠い原因になっている……?」


 またしても、轟音と震動が来た。

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