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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第87話

 レオゲルド・ディランは現在、妻と別居中である。


 息子ブレックは現在、一人の軍人として独立している。

 幼い頃から、手のかからぬ男の子であった。大人びていた。

 仲直りの出来ぬ両親に、愛想を尽かしていたとしても不思議はない。


 家族関係というものが、ディラン家においては希薄であった。


 だからレオゲルドは、見誤っていた。

 幼い子供にとって、両親という存在が、いかなるものであるか。


 両親が不仲。

 父親は今ひとつ家庭を顧みず、母親は不穏な思想団体に入り浸っている。


 それは、このミリエラ・コルベムという少女にとって、自分の住む世界が根底から崩壊しかけているに等しい事態であっただろう。

 幼い子供にとって両親とは、世界そのものだ。自身を取り巻く環境そのもの、なのである。


 父親の方だけ、保護してやれば良い。母親の方は、もはや手の施しようがない。片親でも子供は育つ。

 自分は、そのように考えてはいなかったか。

 それを、しかし今は悔やんでいる場合ではない。


 レオゲルドは、剣を拾った。

 黒騎士の一撃で、叩き落とされた長剣。

 拾い上げ、構え、そして背後にミリエラを庇う。


 唯一神の加護を招き、レオゲルドの部隊を守ってくれていた幼い聖女が、今は呆然と地面に座り込んでいる。

 澄んだ両目から、光が消え失せている。


 母親が、おぞましいものに姿を変えられ、惨たらしく殺される。

 その様を、目の当たりにしたのだ。


 あのような母親でも、などとは考えるべきではなかった。


 この少女にとって、両親の和解は、すなわち壊れた世界の修復であった。

 ミリエラの世界は、永久に壊れたままとなってしまったのだ。


 彼女の世界を破壊したのは、この男か。


「貴公も、剣を拾われてはいかがか」

 眼前の相手に、レオゲルドは語りかけた。


 暗黒そのものを板金加工したかのような甲冑に身を包む、黒衣の剣士。

 左手で、長剣を握り構えている。

 右手は、どろりと体液にまみれている。

 先程までは、こちらの手にも長剣を握っていたのだ。


「……我らなど、片方の剣で充分という事か」

 レオゲルドは、なおも会話を試みた。


 黒い兜と面頬で素顔を隠した、この男の正体。

 声を聞けば、判明するかも知れない。


 だが黒騎士は、無言であった。


「まあ、そうであろうな」

 レオゲルドは、不敵に微笑んでみた。

「貴公の正体、私の予想通りのものであるならば……私など到底、勝てぬ。敵わぬ。仮に貴公が徒手空拳であろうとだ」


「レオゲルド卿は」

 二刀流の黒騎士から、片方の剣を叩き落とした女剣士が、レオゲルドの隣で細身の長剣を構えている。

「この物騒な黒ずくめの殿方を、ご存じでいらっしゃいますの?」


「黒ずくめで正体を隠さなければならぬ理由が、あるのだろう。それを吐いてもらうぞ、シグルム・ライアット」


「シグルム・ライアット……侯爵閣下?」

 シェルミーネ・グラークが、息を呑む。

「お亡くなりに、なったのでは……確か、あの祭典の直後に」


「腐り果てた屍を、私は見た。検分した。間違いなくシグルム侯であったと、私は今でも確信している。私の確信など、しかし正しさの保証にはならぬ」


 アドラン地方。

 山林と化した帝国陵墓の上で、レオゲルドとシェルミーネは黒騎士と対峙していた。


 周囲では、レオゲルド率いる王国正規軍の兵士たちが、様々な人外のものと戦っている。

 破壊の眼光を放つ、巨大な直立眼球。

 陰影の兵士。

 燃え盛る棍棒を振るい、目と口から炎を噴射する怪物。


 それらを上回る禍々しきもの。

 圧倒的な暴力を闇色の全身甲冑に閉じ込めた黒騎士の姿を、レオゲルドは見据えた。


「この御仁がシグルム・ライアット侯爵であるなどと、私の見当違いであれば、それで良い。だが……シェルミーネ嬢には以前、お話ししたかも知れぬ。シグルム侯が実は存命で、身を隠し、何かを企ているという話。王都で仕事をしているとな、様々なところから聞こえて来るのだよ」


「ルチア・バルファドールのもとに……国王陛下、のみならずシグルム・ライアット侯爵まで身を寄せておられる、となれば」

 シェルミーネが、暗く微笑む。

「このヴィスガルドという国……かなり危ないのではなくて?」

「王国そのものが、ルチア・バルファドール一人の手に落ちかねん」


「お聞きなさいな、黒騎士殿……シグルム・ライアット侯爵、とおぼしき殿方よ。ゲンペスト城でお手合わせをして以来、ですわね」

 シェルミーネが言った。


「私、貴方の御子息……メレス・ライアット侯爵にね、御求婚いただいておりますのよ。事の進みよう次第では、貴方は私のお義父様。家族ですわね。だからというわけではありませんけれど、ちょっと言いたい事を申し上げますわよ」


 一瞬だけ、シェルミーネは振り返った。

 自分の世界を破壊され、新たなる世界を見つけられずにいる、ミリエラの方を。


「……私が、していたかも知れない事。よくもまあ躊躇なく容赦なく、実行して下さったものですわね。惚れ惚れしてしまうほど、お見事な一撃でしたわ」


 一撃。

 この令嬢に武器を叩き落とされた直後の右拳で、黒騎士は、ミリエラの世界を粉砕してのけたのだ。


「心の中で思わず拍手をしてしまった私に、このような事を申し上げる資格ありませんわね……けれど申し上げましょう。黒騎士殿、私は貴方を許しませんわ」


 シェルミーネの怒りに呼応した、わけではないだろう。

 地面から、炎が噴出した。

 レオゲルドには一瞬、そのように見えた。


 地の底に潜む何者かが、燃やした炎。そう思えた。


 ほんの一瞬の事である。

 幻覚・幻影、のようでもある。まず、本物の火炎ではないだろう。


 一瞬の幻としか思えない炎が、ミリエラの小さな身体を包み込んでいた。


 シェルミーネの鋭利な美貌から、血の気が失せた。

 彼女にとっては、この炎は幻ではないのだ。


「ミリエラさん……!」

 少女を呑み込んで燃え盛る炎の中に、シェルミーネは飛び込んでいた。


 そして、炎は消えた。

 シェルミーネとミリエラも、消え失せていた。


 炎に巻き取られ、地中へと引きずり込まれた。

 あるいは。灰も残さず焼死を遂げた、ようにも見えてしまう。


「馬鹿な…………」

 レオゲルドは、青ざめるしかなかった。

 自分は、ミリエラを死なせてしまったのか。


「御安心を。お二人ともね、少なくとも焼け死んでしまったわけではありませんよ」

 声を、かけられた。


 先程まで、ほぼ一対一でシェルミーネと戦っていた男。

 連結棍を脇に挟んだ、禿頭の青年である。

「あの小さな聖女殿は……大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウス陛下に、認められてしまったのですよ。だから喚ばれたのです。招かれたのです」


「陵墓の中へ、か」

 レオゲルドは言った。

「…………貴殿は? ルチア・バルファドールに、仕える者か」


「クリスト・ラウディースと申します。ああ黒騎士殿、貴方の戦いを邪魔する形になってしまったのは申し訳ない。少しの間、休戦という事で……こちらのレオゲルド・ディラン伯爵閣下と、お話をさせて下さい」

 そう名乗った青年の、口調と笑顔は穏やかである。


 本物の聖職者であろう、とレオゲルドは見た。

 法衣と鎖帷子の下で、力強く引き締まった肉体にも、本物の戦闘能力が秘められている。

 いきなり連結棍で一撃を打ち込まれたとしたら、対処出来るかどうかは疑わしい。


 油断せず、レオゲルドは会話をした。

「ラウディース家……ふむ、行方をくらませた若君が一人いるとは聞いていた」

「戻るつもりは、ありません」


「……招かれた、と言ったな。陵墓の主たる大皇妃に、ミリエラ嬢が」

「ええ、そうです。ヴェノーラ・ゲントリウス陛下はね、依り代を求めておられたのですよ。ミリエラ嬢とおっしゃるのですか? あの幼き聖女は、ヴェノーラ陛下に選ばれてしまったのです。シェルミーネ嬢は、まあ言ってしまえば第二候補。同じくヴェノーラ陛下に、気に入られてしまったようですね」


「ヴェノーラ・ゲントリウスが……復活する、とでも言うのか。ミリエラ・コルベムあるいはシェルミーネ・グラーク、両名いずれかを新たなる肉体として」

「確定事項です。もはや貴方がたに、出来る事などありませんよ。大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの復活と再臨、受け入れる準備をなさる事ですね」


 風が、巻き起こった。

 クリスト・ラウディースが、連結棍を振るい構えたのだ。

「……それよりもレオゲルド・ディラン伯爵。二年前、花嫁選びの祭典・最終日に起こった殺人事件を捜査なされたのは、貴方ですよね?」


 秀麗な顔から、穏やかな笑顔が消えていた。

「真相を……どうか私に、教えて下さい。リアンナ・ラウディースは、一体どのようにして死んだのです。一体……誰に、何故、殺されたのですか」


「縁者であれば、知りたかろう。ならば教えてやっても良い」

 レオゲルドは、黒騎士に親指を向けた。

「……こやつの正体を、私に教えてくれるのであればな」

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