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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第83話

「私は、ね。一言で言うと、愚図なのですよ」


 そんな言葉と共に、風が吹いた。

 クリスト・ラウディースが、踏み込んで来ていた。


 白色のマントを跳ねのけて吹いた、疾風。

 それを、シェルミーネ・グラークは退いてかわした。


 蹴り、であった。

 クリストの長い右脚が、風を巻き起こしてシェルミーネを襲い、空振りして着地する。

 そう見えた時には、左足が離陸していた。


「格式だけはそこそこ高い旧帝国系貴族ラウディース家の、ぼんくらな御曹司。それが、私です」


 怪力の者が鉄棒を振り回すような、重い高速の蹴りを、シェルミーネは横に転がり込んで回避した。

 後ろには下がれなかった。木が、立っていたからだ。


 その木が、折れた。

 クリストに蹴り折られていた。


「お見事……」

 立ち上がり、細身の長剣を構えながら、シェルミーネは言った。

「愚図な若君の、為せる業……では、ありませんわね」


「愚図で、ぼんくら、だったのですよ私は。ラウディース家の皆が私を蔑み、虐げていました。父も母も、祖父母や伯父たち従兄弟たち……その全員を動かしていたのが、妹リアンナです。あれは本当に、大勢の人間を使って誰か一人を攻撃する事に関しては天才でした」


「その才能……あの子は本当に、遺憾なく発揮してくれましたわ。花嫁選びの祭典において」

 標的となっていたのは、主にアイリ・カナンである。

 全てを、しかしあの平民娘は、跳ね返して見せた。


「父も母も、あやつの言いなりになって……私を、私一人を、大いに虐げてくれたものです」

 クリストは言い、一歩だけ間合いを詰めて来る。


 魔力の光を帯びた細身の刃を、シェルミーネは防御の形に構えた。

 次に蹴りが来たら、足を切り落とす。それが出来るか。


 不用意に蹴りを放つ事はせず、クリストは語る。

「だから私は、家出をして……少し、鍛えましたよ。両親も祖父母も許せない、もちろん妹も許せない。ラウディース家の全員を私は今でも許してはいませんが、一番許せなかったのは……愚図で非力な、自分自身でしたからね」


 アドラン地方、山林。帝国陵墓。

 戦が、繰り広げられていた。


 近衛騎士レオゲルド・ディラン伯爵率いる王国正規軍の一部隊と、異形の怪物の群れ。


 松明の如く燃え盛る棍棒を振るう、黒い巨体。

 首から上は角のある頭蓋骨で、眼窩と口から炎を噴出させている。

 そんな怪物たちの猛襲を、兵士たちが迎え撃っているところである。


 その激戦の中シェルミーネは、クリスト・ラウディースと対峙していた。


「貴女は今、愚図な若君ではないと、私を評して下さった。鍛錬の甲斐が、あったというものです」

「凄まじい鍛錬を、なさったのでしょうね。敬服いたしますわ」


 レオゲルド率いる、総勢五十名の兵士たち。

 全員が、うっすらと白い光を身にまとっている。


 その光が、怪物の攻撃を軽減しているようであった。


 棍棒の重い一撃や炎の放射を、完全に防御しているわけではないにせよ、兵士たちは軽傷で済んでいる。

 その軽傷も、治ってゆく。


 唯一神の加護が、発現していた。


 加護を得た兵士たちは、乱戦を行っているように見えて、しっかりと陣形を維持している。

 ミリエラ・コルベムを、中央でしっかりと護衛する陣形だ。


 愛らしい両手を握り合わせて祈りを捧げ、ミリエラは戦闘部隊全員に加護をもたらしている。


「聖なる白魔法……お見事です」

 クリストが言った。

「軍学に則るなら……我々は、あの可憐なる聖女をまず最優先で殺害しなければならないところですが」


「同じ事、貴方にも出来るのではなくて?」

「これほど大規模な加護をもたらすのは無理ですね。私の得意分野は……こちら、ですから」


 怪物が一体、背後からクリストに襲いかかっていた。

 炎の棍棒を、猛然と振り下ろす。


「マローヌ嬢……さては私を、召喚の餌に設定しましたね?」

 言葉と共に、クリストは振り返った。

 純白のマントがはためき翻り、またしても暴風が吹いた。


 蹴り、ではない。

 クリストの両足はしっかりと大地を踏み締め、上半身の躍動の土台であり続けている。


 炎の棍棒が、砕け散った。

 それを振り下ろす黒い豪腕が、筋骨たくましい上半身が、角の生えた頭蓋骨が、粉砕されていた。

 白いマントの内側から溢れ出し吹き荒れた、暴風によって。


「……愉快な仲間ばかりで毎日、楽しくて仕方ありませんよ。ラウディース家にいた頃とは大違いです」


 砕け散った怪物の肉片が無数、さらさらと干涸らび崩壊し、風に舞う。

 その様を背景に、クリストが振り向いて微笑む。


 力強く引き締まった身体に、鎖帷子と法衣をまとった装いが、マントの下から露わになっていた。


 その上半身に、怪物を粉砕した凶器が、蛇のように巻き付いている。


 成人男性の前腕、ほどの長さの棒。材質は、どうやら鉄だ。

 それが二本、鎖で繋がっている。


 連結棍、と呼ばれる武器の一種である。鉄製あるいは木製の棍棒が、三つ四つと繋がっているものもあるという。


「唯一神教には、武力で……暴力で、信仰を広めた歴史があるのでしたわね」

 油断なくクリストを見据えたまま、シェルミーネは長剣を一閃させた。

 細身の刀身から、魔力の光が走り出し、白い斬撃の弧となって広がり、周囲を薙ぎ払う。


 斜め後方から襲いかかって来た怪物の巨体が、薙ぎ払われ、真っ二つになっていた。

 炎の棍棒を振り上げた上半身が、下半身から滑り落ちる。


 魔力光に灼かれた断面が、白く輝いている。

 両断された屍が、そこから崩壊し、崩れて消えた。


「……そちら方面が、貴方のお得意分野ですのね。クリスト・ラウディース殿」

 会話をしながらもシェルミーネは、戦況の確認を怠らなかった。


 炎を噴く怪物たちが、周囲でことごとく叩き斬られてゆく。

 縦横斜めに両断され、あるいは首を刎ねられて、干涸らび崩れ散る。


 殺戮の嵐、としか表現し得ぬものが吹き荒れていた。


 左右の豪腕が振るう、二本の大斧。

 兵士ダルバルグ・レーンの巨体が、大型肉食獣の如く剽悍に躍動し、左右の斧で殺戮の嵐を吹かせている。


 怪物たちが、燃え盛る棍棒を振るいながら、紅蓮の炎を放射しながら、縦横に両断され、あるいは生首を飛ばす。


 戦いぶりが最も目立つのは、やはりダルバルグであった。


 自分がこうしてクリスト・ラウディースという難敵を足止めしている間、可能な限り敵の数を減らしておいてもらうしかない。


 そう思いつつ、シェルミーネは後退した。

 凄まじい風が、眼前を通過する。


「私は、強くなりたかった。暴力に秀でたる存在に、なりたかった。だから唯一神教の、戦闘的な部分のみを学んだのです」


 クリストの振るう、連結棍。

 かわすしか、なかった。

 剣で受けたら、へし折られる。魔力で強化された刀身であろうとだ。


「身体を鍛え、武技を修得し……私は思い知ったのですよシェルミーネ嬢。暴力に秀でているという事が、どれだけ人間に自信を与えてくれるものか」


 連結棍が、唸りを発しながら、クリストの右手から左手に移り、また右手に握られる。かと思えば、左手で振るわれる。

 左右どちらからでも襲い来る、打撃の嵐。


 巻き起こる暴風に圧される格好で、シェルミーネは後退りをしていた。


 かわし続けては、いる。

 回避と後退を強いられる一方である。攻勢に出る事が、出来ない。


「ラウディース家の、愚図な、ぼんくらな御曹司は、もういない……生まれ変わったのです。私自身は、そう信じています」

 言葉に合わせて襲い来る連結棍を、後方に避けながら、シェルミーネは大木にぶつかった。


 後方にかわす事は、出来なくなった。

 左右に、逃げ道はあるか。


「血のにじむ鍛錬で身に付けた、この暴力。思うさま振るって、ラウディース家の面々を皆殺しに……は、しませんけどねっ」


 連結棍の一撃を、シェルミーネは左にも右にも回避しなかった。

 左手の人差し指と中指を眼前に立て、守りを念じただけだ。


 魔力が、光の防護膜となって発現し、シェルミーネを包み込んだ。

 そこへ、連結棍が激突する。


「そんな事を、する必要もありませんでしたよ。何しろ! 恨み重なる我が妹リアンナ・ラウディースは!」

 一撃で、防護膜は粉砕された。


 一撃だけは、防いでくれたのだ。

 光の破片が、キラキラと舞い散る。


 それが、一瞬の目くらましになった。

 一瞬クリストは、眼前にいるはずのシェルミーネを見失っていた。


 その一瞬の間に、

「……そう。リアンナはね、私が始末いたしましたわ」

 シェルミーネは、クリストの背後に回り込んでいた。


「感謝していただいて、一向に構いませんのよ?」


 細身の長剣を、後ろからクリストの首筋に突き付ける。

「あの子は何しろねえ。勝手に私の取り巻きに加わって媚びの押し売り、迷惑この上ありませんでしたわ」


「あの頃はシェルミーネ嬢、貴女の優勝がほぼ確実視されていましたからね」

 斬首寸前の状態で微動だにせず、クリストは言った。


「リアンナは、とうの昔に脱落。せめて優勝者から栄華のおこぼれを貰い、ラウディース家に持ち帰らなければ……今度は自分が、かつての私の如く虐められる。そんなふうに、追い詰められていたのでしょう」


「もう少し、私の役に立って下さればねえ」

 シェルミーネは、嘲笑を作った。

「あの子ときたら、私の側近を気取りながら、私のために何か出来るわけでもなし。だからね、つい殺してしまいましたのよ」


「シェルミーネ嬢は……一体、どなたを庇っておられます?」

 クリストの声が、いくらか低くなった。


「これは何度でも申し上げますが、妹は殺されて当然の人間でした……で、あるにしても。私は真実を知りたい。このまま私の首を刎ねていただく前に、どうか……教えて下さい、シェルミーネ・グラーク嬢。いかなる事情で、理由で、状況で、リアンナは死んだのですか」

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