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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第80話

 宰相ログレム・ゴルディアック。

 王弟公爵ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ。


 ヴィスガルド王国における最高権力者としては、この両名の名前が、まずは挙げられるだろう。

 飾り物の国王エリオール・シオン・ヴィスケーノを戴きつつ王国を支える、二本の柱である。


 以前は、三本の柱であった。


 旧帝国系貴族随一の英傑シグルム・ライアット侯爵がいて、宰相ログレムと王弟ベレオヌスに劣らぬほどの重きを成していたのだ。


 その三本柱のうち、王国民の支持声望を最も集めていたのがシグルム侯であった。

 王国民に最も嫌われていたのが、自分の主ベレオヌス公であると、ドルフェッド・ゲーベルとしては認めざるを得ない。


(まあ、それは仕方あるまい……俺のような者が、いるのだからなっ)

 槌矛を振るう。

 襲い来る臓物の塊を、叩き潰す。


 牙を剥く、巨大な消化器官。

 口腔や食道を必要とせずに直接、獲物を取り込んで栄養に変えてしまう、生ける胃腸であった。


 そんなものが大量に生えて荒れ狂う、ゴルディアック邸内の大広間。

 ドルフェッド配下の兵士たちが、牙ある臓物の襲撃に応戦し、これらを片っ端から駆除してゆく。切除してゆく。


 切除されたものたちは、しかし即座に再生し、暴れ狂い、ドルフェッドの部隊に際限のない戦いを強いてくる。


 帝国滅亡そしてヴィスガルド建国以来、およそ五百年。

 その間ずっと王都に巣喰い、様々な人間に有形無形の圧力を加え続けてきた、ゴルディアック家という不可視の怪物が、おぞましく可視化を遂げたもの。


 それが、この牙ある臓物たちだ。

 醜悪な巨大生物の体内と化した、このゴルディアック邸の有り様だ。


 その中核と言うべき、最も醜悪なるものが、先程からずっと同じ事を呻き呟いている。


『……帝国の、栄光を……威光を……』

 無数の人面が固まって出来た、肉の柱。


 それら人面たちが、口々に帝国の栄光を唱えながら、破裂してゆく。

 石の拳によって、叩き潰されてゆく。


『だぁからああ、帝国はどうでもいいの! わかるかなあ、お爺ちゃん。わかんない!?』

 石像が、動いていた。


 勇壮な、男の闘士の石像。

 それが女の声を発しながら、

『ったく! ボケたジジイから話聞くって本当、大変だわ!』

 滑らかに、殴打の動きを繰り返しているのだ。


 石の筋肉が、柔軟に躍動し続けている。

 石の拳が高速で繰り出され、無数の顔面を粉砕し続ける。


 粉砕された顔面が、即座に盛り上がって再生し、言葉を発する。

『卑しき雑兵の末裔が治めたる国にて……民が、困窮の極みにある……世に再び、栄光ある帝国の統治を……民を、救うために……』


『禁止! アンタとりあえず帝国って単語使うの禁止!』

 どこかで魔像を操作している若い女が、叫んだ。


 雷鳴が、轟いた。

 石像の分厚い掌から、電光が迸り、肉の柱を至近距離から直撃する。


 顔面の群れが、電熱に灼かれてことごとく破裂した。


『ねえゼビエル大老。私、知ってんのよ?』


 物理、魔法。

 二種類の暴力を振るい続ける魔像に、牙ある臓物たちが襲いかかり、だが目に見えぬ防壁にぶつかり、グシャリと跳ね返される。

 魔力の、防壁。


 ここにはいない魔法使いの女は、魔像とゼビエル老を防壁の中に閉じ込め、誰にも妨げられない状態で尋問・拷問を行っているのだ。


『あの祭典……あんたらゴルディアック家の連中が主導して開いたもの、なのよね? 旧帝国系の令嬢をアラム王子と結婚させるために。おかげで、私まで出場させられて』


 雷に灼かれた肉の柱が、半ば黒焦げになりながらも、破裂した人面を少しずつ隆起させ、再生を遂げつつある。

 そんな不死の肉塊と化したゼビエル・ゴルディアックに、魔像はなおも語りかける。


『そうやって、ゆくゆくは旧帝国系の血筋で王家を乗っ取る。ま、悪くない手だとは思うけど……祭典の運営を仕切ってた、あのシグルム・ライアット侯爵って人がねえ。旧帝国系なのに審査がめちゃくちゃ厳しくて、あんた方の思い通りにならなくて。私もフェアリエも見事に落とされちゃって、結局あれじゃない? 旧帝国系の令嬢、一人も最後まで残らなかったって言うね』


 だから、シグルム・ライアットは殺されたのか。


 殺害を実行したのは、ザーベック・ガルファである。

 そのせいで、ベレオヌス公が黒幕と目されている。


 ガルファ兄弟がベレオヌスの配下にいたのは、ほんの一時期である。


 その後は、ゴルディアック家に雇われたか。

 あるいは。ドルフェッドの知らぬところでベレオヌスが、あの兄弟に何かしら仕事を依頼していたか。


 どちらの可能性もある、とドルフェッドは思う。


 シグルム・ライアット侯爵は、ゴルディアック家とベレオヌス公、どちらから刺客を差し向けられても不思議はなかった。


 そして。そんな人物は、もう一人いる。


『……で、優勝したのはアイリ。あんたら旧帝国系の連中にとっては一万回、殺しても足りない存在よね。だから訊いてるわけよ、本当に殺したの? って』


『…………アイリ・カナン王太子妃殿下は……あまりにも、偉大であられた……帝国の威光すら、霞むほどに』


 ゼビエルが、帝国讃辞ではない言葉を、ようやく口にした。

『平民出身者が、そのようにあってはならない……そう考えていたのは、我らゴルディアック家の人間だけではないのですよ。例えば、そう……ヴィスガルド王家』


 無数の人面が、弱々しく再生しながらニヤリと歪む。

 歪んだ眼差しが、ドルフェッドに向けられる。


『王弟ベレオヌス公爵殿下の、手の者たちが……それ、そこにおりますよ魔法使い殿。彼らにも、何か訊いてみては?』


「実はさあガロム君。俺、キミを見た事あるんスよ。さっき思い出したんだけど!」


 叫びに合わせてリオネール・ガルファの攻撃が、鋭さと力強さを増してゆく。


 三日月のような片刃の長剣が、暴風雨の如く降り注いで来るのを、ガロム・ザグは二本の牙剣で受けるのが精一杯だった。


 飛散する火花は、頭髪に触れれば発火しかねないほどだ。 

 反撃の機会を、見出す事が出来ない。


「キミ、あの何とかってお城にいたっしょ。例の悪役令嬢と一緒に、そうゲンペスト城! うちのクルルグ君と互角に戦ってたんスよね、強いワケだわ!」


 ガロムは気付いた。

 足下が、固い。


 うねる巨大な肉塊であった足場が、いつの間にか石畳に変わっている。


 駆ける事も跳ぶ事も不自由であった今までとは違い、踏ん張りが利く。

 疾駆も跳躍も、思いのままだ。


 リオネールは、持ち前の敏捷性を完全に取り戻していた。

 三日月に似た刀身が、白い牙となって閃き、ガロムを猛襲し続ける。


 ゴルディアック家の大邸宅。

 その全域が巨大生物と化した、わけではなかった。

 生体化が及んでいない区画に、ガロムとリオネールは突入していた。


 戦いながら、どれほど移動したものか見当も付かない。

 ともかく両名とも、石造りの広大な区域にいた。


 壁が、見当たらない。

 天井と床の間に、無数の石柱が立ち並んでいる。


 そんな場所に、刃と刃のぶつかり合う音が、激しく鳴り響いて尾を引き続ける。


 足下が石畳となって、踏ん張りが利く。

 それはガロムも同様であるが、防戦一方の状況を打開する事は出来なかった。


 黒豹の如く駆け、食らいつくように剣を打ち込んでくるリオネールに、押されるままである。


 斬撃を、刺突を、左右二本の牙剣で防ぎ、受け流し、弾き返し、火花を散らせる。

 その火花の向こうで、リオネールが笑う。


「あのシェルミーネ・グラーク嬢……うちのお嬢様と一緒で、アイリ・カナンの仇討ちが目的なんスよね? で、ガロム君はそれにお付き合いしてると。今はシェルミーネ嬢と別行動で情報集めの真っ最中、と。バレバレなんスよおお」


 自分がシェルミーネ・グラークと行動を共にしているところは、目撃されている。

 それだけで、行動を読まれてしまっている。

 ガロムは、歯噛みをするしかなかった。


「だったらホラ、俺に勝って! 口、割らせないとぉおおおッ!」

 一際、激烈な斬撃が来た。


 ガロムはそれを、後ろに飛んでかわした。

 背中が、柱にぶつかった。


 リオネールが、踏み込んで来る。

 いや。踏み込もうとした足が、止まった。


 戦い、そのものが止まっていた。


 ガロムがぶつかった柱を、リオネールはじっと見つめている。

 獣の眼光を燃やしていた両目が、驚愕に見開かれている。


 ぼんやりと、発光する柱。

 それは、石柱ではなかった。


 透明な、円筒形。

 硝子であろうか。

 ガロムの背中に残る激突の感触は、しかし硝子ではあり得ない、強固なものである。


 その透明な柱の中に、あまりにも力強い姿があった。


 筋骨たくましい、力溢れる裸身。


 壮年の男、である。初老に達しているのか。

 顔つきは若々しくも重厚で、閉ざされた両眼は、今にも開いてしまいそうだ。


 隆々たる全身の筋肉は、見掛け倒しではない。

 目覚めれば、このような柱など内側から粉砕してしまうであろう、武勇の士。

 目覚める事が、あるならばだ。


 透明な柱の中は、液体で満たされている。

 恐らく水ではない、その液体に沈められて、この人物は長く眠りに就いているのだ。


「誰……なんスかね……」

 リオネールが呟く。

「……ま、よく寝ていらっしゃる。俺らがちょっと騒いだくらいじゃ目、覚めないっしょ。とゆうワケで続けるッスよガロム君」


「控えよ」


 声がした。

 闇が、人の形に固まりながら、歩み寄って来る。

 ガロムには、そう見えた。


「建国王の御前である。双方、控えよ」


 闇色の、ローブであった。

 その中に暗黒そのものが閉じ込められ、人間の形を保っている。

 そんな男である。恐らくは、男だ。


 名を、ガロムは知っている。

 王都の裏通りで一度、殺されかけた。


 名を、しかしリオネールの方が口にしていた。

「ジュラード……やっぱりアンタ絡みっすか、アンタの研究所か何かッスか。この変な場所」


「ここはゴルディアック家の大邸宅、真の最奥部よ」

 ジュラードは言った。


「およそ五百年の間。ゴルディアック家の血族で、この区画に足を踏み入れた者はおらぬ……大魔導師ギルファラル・ゴルディアック、ただ一人を除いてはな」

 口調は重く、暗い。


「今もなお、この場はギルファラルの魔力によって守られている。ゆえにゼビエル・ゴルディアックの異形生体化も及んでいない。あの老人を含め、ゴルディアック家の関係者であっても、この区画を知る者はいない。知る者、足を踏み入れた者は、これまで私だけであった。お前たちが二人目、三人目という事になる。リオネール・ガルファ、ガロム・ザグ……私がな、ギルファラルによる魔力封鎖を一時的に解除し、お前たち二人を招き入れたのだ」


「建国王、と言っていたな」

 招き入れられた理由を、ガロムは訊かずにおいた。

 それよりも、柱に閉じ込められた人物の方が気になる。


「……この男が、そうであると?」

「さよう。大魔導師ギルファラル・ゴルディアックの悲願、渇望にして絶望……」

 暗黒色のフードの中で、二つの眼光が燃え上がる。


「ヴィスガルド王国初代国王アルス・レイドック・ヴィスケーノ陛下にてあらせられる。双方、控えよ」

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