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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第78話

 死者の眠り。

 その安息が、乱されていた。


「ぐぎゃああああああああ!」

「い、いっ偉大なる、いだいなるぅうううゴプッ」

「陛下、ヴェノーラ・ゲントリウス陛下! どうか、どうか我が身に、我が身においで、くださり、くださりままませせせせせ」


 棺の周囲で、醜悪な肉塊たちが蠢き暴れ、叫び、そして破裂する。

 広く壮麗なる玄室内に、大量の肉片と体液がぶちまけられた。


 弱々しく蠢きながら腐り崩れてゆく肉片を、またぎ、あるいは避けながら、イルベリオ・テッドは棺に近付いて行く。


 豪奢にして重厚な、石造りの棺。

 その周囲で、黒薔薇党の党員たちは原形をとどめていなかった。


 怨念の塊の一部を植え付けられ、人間ではなくなった党員たち。

 その全員が、王弟ベレオヌス・ヴィスケーノへの復讐を望んだわけではなかった。


 何名かは、こうして黒薔薇党の本分に則った行動を選択した。

 ヴェノーラ・ゲントリウスの、復活と再臨。

 そのために己の身を捧げた者たちの、これは末路であった。


「……やはり、駄目でしたか」

 棺の周囲で潰れた肉塊たちに、イルベリオは言葉をかけた。

「貴方がたを、無駄死にさせる事になってしまいました」


「…………無駄……とは、思わぬ……」

 かつて旧帝国系貴族の末席に連なっていた男たちが、ちぎれ弾けて散乱し、蠢き、萎びて腐りながら、まだ辛うじて声を発している。


「大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウス陛下の……偉大なる御魂に、触れる事が出来たのだ。無駄になど、ならぬ……」

「叶う……叶うぞ。大皇妃陛下の、復活と御再臨……」

「御棺の中に……ヴェノーラ陛下は、確かに……おわす……我々では、畏れ多くも依り代となる事……叶わず……されど!」

「…………黒薔薇党には…………聖女が、いる……」


 復活のための依り代、それは『魔力を有する乙女』でなければならない。

 イルベリオ自身、棺内にあるヴェノーラ・ゲントリウス本人の残留想念と接触し、確認を取った事である。


「……ミリエラ・コルベム……あの子であれば……」

 ちぎれ弾けた肉塊たちが、口々に最後の呻きを漏らし、力尽き、腐敗しながら干からび、崩れ落ちてゆく。


「ヴェノーラ陛下の御魂を……その清らかなる身に、受け入れて……」

「帝国の威光を、再び……この世に……」

「ああああああああああ……ミリエラ、ちゃあぁあああああああん……」


 黒薔薇党党員、最後の一人が崩壊した。

 イルベリオは、溜め息をついた。


 笑い声が、聞こえた。

「うふっ……ふっふふふふふふふ、あっはははははははは! 無理、無理無理無理無理ムリ絶対無理! こんな連中で上手くいくワケないじゃないのイルベリオ先生ってばもう!」


 マローヌ・レネクが、いつの間にかそこにいた。

 白衣の肢体をぐにゃぐにゃと揺らし、立ったまま笑い転げている。


「そりゃねえ、ヴェノーラ陛下にだって選ぶ権利あるってえの! 自分の新しい身体よ? こんな生ゴミみたいな男ども絶対イヤに決まってんじゃない。可愛い女の子の方がイイに決まってんじゃない」


「大皇妃陛下、御自身も魔法使いであられる。魔力の素養も必要でしょうな、依り代となる乙女には確かに」

 イルベリオは、暗い声を発した。


 主ルチア・バルファドールには、いよいよとなれば自らの身を、依り代として差し出してしまいかねないところがある。

 死せる者の、復活。

 その秘術を、己の身体で知る事が出来るとなれば。


 そうなる前に、大皇妃ヴェノーラを復活させる事が出来れば良い。

 黒薔薇党の者たちに、依り代の役が務まれば。

 イルベリオは、そう思ったのだが。


「……で。馬鹿笑いをするためだけに、わざわざここへ来たのですか? マローヌ君は」

「まっさかあ。来てみたら、何かバカ笑いするしかない事が起こってたってだけのお話あははっ、ひゃっはははははははははははははははははははは」


 ぐにゃぐにゃと、ねじ曲がり続ける笑顔。

 この娘は、もはや限界に近いのかも知れない、とイルベリオは思う。

 上手く使い捨てる事を、そろそろ考えなければならないか。


 ひとしきり笑った後、マローヌは突然、真顔になった。

「……ルチアお嬢様が今ちょっと、お話出来ないから。イルベリオ先生に報告するね」


 ぐにゃぐにゃと歪んでさえいなければ、まあ美貌の範疇に入らぬ事もない顔である。

 そんな顔面の中で、左眼が光を放った。


「報告って言うか、見てもらった方が早いわ。今、見張りの子たちが見てるものなんだけど」


 玄室内に、映像が出現した。

 マローヌの左眼から投影されたものである。


 木々の生い茂る風景が、見えた。

 ここ帝国陵墓を取り囲む、アドラン地方の大山林。


 その風景の中を、武装した男たちが、密やかに動き回っている。

 規格統一された甲冑を身にまとう、兵士の一団。


「王国正規軍……」

 イルベリオは呟いた。

「……まあ、それはそうでしょうね。我々は、国王陛下を擁し奉る叛乱者の一団。討伐に動かぬようでは、国としての在りように問題があると言わざるを得ない」


「私ら別に、叛乱やらかそうとしてるわけじゃないんだけど」

「やらかす前に、討伐する。殺し尽くす。一国の平和とは、そのようにして守ってゆくものですよマローヌ君」


 歩兵ばかりの、王国正規軍の一部隊を、イルベリオは観察した。

「人数は……ふむ、さほどではなし。少数精鋭の部隊で、私たちを潰しに来ましたね」


「私が行って、皆殺しにしてきましょうか?」

「君一人では無理ですよ」


 映像の中。

 一目で部隊指揮官とわかる男を、イルベリオは視線で示した。


「近衛騎士レオゲルド・ディラン伯爵……彼の部隊は、精強を極めています。戦闘集団としては、王国でも一、二を争うでしょう。これに匹敵し得るは、グラーク家の軍勢か、あるいはベレオヌス公の私兵隊か」


「……そうね、あの人たちは確かに強い」

 マローヌの綺麗な顔面が、微かに痙攣した。

「あのベレオヌスって人を……私、結局、殺し損ねた。黒薔薇党のバカどものせいでぇえええ」

「落ち着きなさいマローヌ君。まあ、よくぞ知らせてくれましたね」


 ルチア・バルファドールは現在、魔像ボルグロッケンの遠隔制御に集中している。

 その間、この陵墓への攻撃者と戦うのは、自分たちの役目だ。


 思い定めながら、イルベリオは目を見張った。

 映像の中。

 山林地帯を密やかに行軍する兵士たちの中に、一人。女性がいる。


 艶やかな金髪を、馬の尾の形に束ねた、若い娘。

 所々に部分甲冑の貼り付いた戦闘服が、凛々しく似合っている。


「シェルミーネ・グラーク嬢……」


 イルベリオの声が聞こえた、わけではなかろうが、シェルミーネ・グラークは映像の中から眼差しを向けてきた。

 鋭い眼光が、イルベリオとマローヌを射すくめる。

 敵意に満ちた美貌が、映像を満たした。


 光が一閃し、映像が消え失せた。

 斬撃の閃光だった。


「気付かれた……!」

 マローヌが、左眼を押さえる。

「……見張りの子が、殺されたわ」


「容易ならぬ敵が現れた、という事ですよマローヌ君」

 ルチアから預かっているものを、イルベリオは片手で掲げた。


 闇よりも暗い、光の球体。

 怨念の塊である。


「陵墓の外、森の中で迎撃しましょう。陰影の兵士の大部隊を、黒騎士殿とクリスト司祭に率いてもらいます。マローヌ君は、可能な限り強力な魔物を召喚し、陵墓の中から制御して下さい。クルルグ君には、お嬢様と国王陛下の護衛に専念してもらいましょう。この陵墓……奥の方から、魔像の群れが攻めて来ないとも限りませんからね」


 跳躍を、し損ねた。

 突然、地面が柔らかくうねり揺れたからだ。


 いや地面ではない。床でもない。

 巨大な臓器の内壁、と言うべきであろうか。


 ゴルディアック家の大邸宅。


 自分が今、巨大な生物の体内にいるようなものであるという事を、リオネール・ガルファは失念していたわけではなかった。


「ああもう! 俺と相性最悪ッスよ、ここ」

 転倒した。

 それが、回避行動になった。

 重い、横殴りの衝撃が、全身をかすめて走ったのだ。


 巨大な、触手。

 直撃すれば人体を粉砕するであろう、肉の鞭であった。


「走りにくいし、跳べないし、まったくもう」

 文句を言いつつ、リオネールは起き上がった。


 切断された触手の鞭が、ビチビチと暴れながら萎び、干からび、ひび割れて崩壊する。


 斬撃の手応えを、長剣の柄もろとも握り締めながら、リオネールは周囲を睨んだ。


 前後左右、東西南北。どこを見ても、牙ある巨大な触手が獰猛にうねり揺らめいている。


「守り、固いッスね。ゼビエル様……誰も近付けたくない、と」

 三日月にも似た片刃の長剣を構え、リオネールは語りかけた。

「つまりは、あれッスね。この先に、あんたがいるって事」


 黙らせようとするかの如く、巨大な触手の鞭が群れを成し、四方八方からリオネールを猛襲する。


 全て、ちぎれた。リオネールが何かをする前にだ。


「え……何……」

 呆然と、リオネールは見上げた。


 獣の牙が、触手の鞭をことごとく食いちぎる、その様を。


 天空から、獣が降って来た。

 そう見えた。


 二本の、牙剣。

 リオネールの周囲で荒れ狂い、巨大な触手の群れを粉砕する。


「すまん、余計な事をした」

 天下って来た獣が、いつの間にか、リオネールの近くに着地していた。


「あんたなら、自力で切り抜けられていただろうな」

「いや、助かったッス……」

 言いつつも油断なく、リオネールは片刃の長剣を構えた。


 天空より降って来た、獣の正体。

 それは左右それぞれの手に牙剣を握る、若者であった。

 大柄ではないが体格は頑強そのもので、顔面には傷跡がある。


 その厳つい顔が、じっと向けられてきた。

「リオネール・ガルファ殿、か? 俺はガロム・ザグという」

「初めまして。何で俺の名前、知ってるんスか?」


「何でも屋……ザーベック・ガルファの弟、か?」

「兄貴の名前までご存じたぁ、穏やかじゃないッス」

 リオネールは、にやりと笑って見せた。


「……どなたの仇か、訊いてみていいッスかね? 俺ら兄弟、ちっと心当たりあり過ぎちゃって」

「だろうな」

 見もせずにガロム・ザグは牙剣を振るい、斜め後方から襲い来た触手の鞭を打ち砕いた。


「……話は後だ。俺たちは、このゴルディアック邸を制圧しなければならん。力を貸してくれると助かるんだが、どこかで利害が一致しないかな」


 リオネールは応えず、踏み込んでいた。

 三日月のような長剣を、一閃させる。

 本気の殺意を宿した斬撃は、しかし牙剣に弾き返された。


 火花の焦げ臭さが、リオネールは心地良かった。


「キミ……強いッスねえ……」

「何をする……!」

「何でも屋ザーベック・ガルファを知ってる……なのに生きてるって事は、アレっしょ。ガロム・ザグ君」


 自然に、笑いが浮かぶ。

 自分は今、心の底から笑っている、とリオネールは思った。


「兄貴、殺したの……もしかしてキミ?」


 主ルチア・バルファドールの事すら、リオネールの頭からは消し飛んでいた。

「ああ大丈夫、別に仇討ちたいワケじゃねえッス。兄貴も俺もねえ、誰に殺されてもおかしくなくて! 殺されて復讐なんて、する資格ないワケで!」


 身体が、ほとんど勝手に動いてしまう。

 リオネールは再び、ガロムに斬りかかっていた。


「俺はただ、兄貴を殺したキミに! 死ぬほど興味津々ってだけなんスよおおおおおおッ!」

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