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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第74話

 世の中は公平ではない。

 カルネード・ゴルディアックは、つくづくそう思う。

 生まれてから今まで四十数年間、自分は公平に扱われた事など一度もない。


「何故……何故、私ばかりが……このような目に……」

 カルネードは頭を抱え、豪壮な調度品の陰に座り込んでいる。


 ゴルディアック家の大邸宅。

 長老ゼビエルが、目下の者に対面を許す際、用いている大広間である。


 ここでゼビエル老は、一族の者たちを己の背後に大勢並べて、対面相手に圧力をかける。

 そして意に添わせる。


 今はしかし、長老ゼビエル・ゴルディアックただ一人が豪奢な椅子に座っているだけだ。


 一族の者は、自分カルネード以外には一人もいない。

 全員、邸内のあちこちで、不法な侵入者の軍勢と戦っている。カルネードを守るためにだ。


 ゴルディアック家当主の嫡男である自分を、一族の者たちが命懸けで守るのは当然であるとして。


 戦いの音、殺戮の音、殺される者の悲鳴。

 そういったものが、聞こえて来る。近付いて来ている。


 不法侵入者たちが、この大広間へ迫りつつあるという事だ。

 ゴルディアック家当主嫡男を、誰も守れていないという事である。


「役立たずども……!」

 震える声で罵りながら、カルネードは長老ゼビエルの方を見た。


 頼るべきは、もはやこの祖父ただ一人。

 祖父なのだから、孫である自分を守るのは当然である。


 今から孫を守らねばならない、というのに、しかしゼビエルは老体を椅子に沈めたまま、ぶつぶつと何事かを呟いている。


「お、お祖父様! 何をしておられますか一体」

 調度品の陰から、カルネードは声を投げた。

「私を、長老として私を! 守って下さらねば」


 孫の声を、ゼビエルはしかし聞いてすらいない。

 何かを、ただ呟いているだけだ。

 この場にいない者に、語りかけている。

 この場にいない者を、見つめている。


 百歳近い老人である。いつ、このようになったとしても不思議はなかったのだ。


 カルネードは、舌打ちをした。

「役に立つ者が、一人もいない……何という不公平……」


 自分の周りには、無能な者しかいない。

 だから、税収の横領も発覚してしまった。

「皆やっている事ではないか……何故、私だけが……あまりにも、あまりにも不公平! 許し難し……」


 逮捕状が出た。

 雑兵の末裔が作り上げた無法国家による、権力の濫用。

 帝国貴族たる自分が、従わねばならない理由はない。


 無法者たちは、しかし従わせようとする。

 誰も、自分を守ってはくれない。


「私は……ゴルディアック家の、嫡子であるぞ……」

 呟いて、カルネードは気付いた。


 そう。自分は、ゴルディアック家の当主の息子なのだ。

 当主たる父ログレム・ゴルディアック宰相は、どこにいるのか。

 王宮に引きこもり、息子の危機に対し、我関せずを押し通さんとしているのか。


 許せる事では、なかった。

 父には、子を守る責務がある。


 特に、あの父親は、息子カルネードにこれまで理不尽な仕打ちを行ってきた。

 その分、全てをなげうって息子を守るべきなのだ。


 調度品の陰で、カルネードは立ち上がった。


 今から、王宮へ向かう。自分が足を運ぶ。

 異常事態である。本来ならば父の方から、息子を助けるために駆け付けなければならないのだ。


「どこへ行くのです、カルネード殿」

 ゼビエル老が、ようやく聞き取れる声を発した。


「貴方はゴルディアック家の次期当主……帝国の誇りを体現する義務を、お持ちなのですよ。ここにとどまり、戦いなさい。野蛮で卑しい雑兵の末裔に、唯一神の罰を下すのです。帝国の威光をもって」


 決まった、とカルネードは思った。

 この祖父は、完全に耄碌し果てた。もはや会話をしてはならない。

 見放して、先へ進むべきなのだ。ゴルディアック家の未来を担う者として。


 カルネードは、しかし動けなかった。


 人影、のようなものが、眼前に浮かんで行く手を塞いでいる。

 中身のない、ローブである。赤い布地に、金色の糸で禍々しい紋様が刺繍されている。


 それだけではない。

 指輪に腕輪、首飾り、杖。

 様々な煌びやかなものが、カルネードを取り巻いて浮遊し、逃げ道を完全に遮断していた。


「大魔導師ギルファラル・ゴルディアックの遺産……大いなる、魔法の品々です。身に付けた者を、ギルファラルに劣らぬ魔法使いへと作り変える」


 ゼビエル老は、豪奢な椅子から立ち上がる事が、出来なくなっていた。

 その枯れ木のような肉体の、あちこちから臓物が溢れ出し、椅子に絡み付きながら床に垂れ、這いずっている。

 椅子が、床が、臓物と溶け合っている。融合してゆく。


 豪奢な椅子と、豪壮な大広間と……ゴルディアック家の大邸宅そのものと、ゼビエル長老は一体化しつつあった。

「それらを用いるのに必要な魔力……私が、差し上げます。戦いなさいカルネード殿。帝国の威光、輝けるままに」


 長老の臓物が、床から生えてカルネードの両足に巻き付いてゆく。

 その両足は、すでにカルネードのものではなかった。

 ゼビエルの、身体の一部だ。


「嫌だ…………!」

 カルネードは青ざめた。


 おぞましいものが、両足から体内へと流れ込んで来る。

 自分の肉体が、おぞましい何かによって足元から侵蝕され、別のものに変じてゆく。

 ゼビエル・ゴルディアックという、おぞましいものの一部に。


「助けて……父上……」


 浮遊する魔法の品々が、カルネードの全身に貼り付いて来た。

 両手が、指輪と腕輪に拘束される。

 首飾りが、気管と頸動脈を締め上げる。

 赤地に金刺繍のローブが、後方から補食するが如く被さって来る。


「私を……助けに、来ぬか! ラウラ……フェアリエ……」

 杖を、カルネードは握り締めていた。


「何故、誰も来ない……何故、誰も私の役に立とうとしない? 何故……世の中は、こうも不公平であるのか……何故……」

 その言葉を最後にカルネードは、物言わぬ、魔法の品々の塊と化していた。


 このガロム・ザグという若造は、ゼノフェッド・ゲーベル副隊長によって一度、半殺しの目に遭わされた。

 それをガロムは感謝しなければならない、と俺は思っている。


 副隊長がそれをやらなければ、俺たちがやっていたからだ。

 その場合、半殺しでは済まなかったかも知れない。


 それだけの事をガロム・ザグは、しでかしてくれた。

 俺たちの目の前で、ベレオヌス公に刃を突き付けたのだ。


 我々の警護が甘かった。それは、認めざるを得ない。

 ガロムは、それを痛烈に指摘してくれたのだ。

 俺たちの方こそ、この若造に感謝をしなければならないのだろう。


 それはそれとして、許してはおけない。

 だからゼノフェッド副隊長が、形を付けてくれた。


 あの熊のような大男に、殴り飛ばされ、蹴り転がされ、叩き付けられ、しかしガロムは耐えて見せた。

 元々、戦いぶりは悪くない若造である。

 この新人を認めてやってもいい、と思い始めているのは、俺だけではないだろう。


「随分と頑張るじゃないか、ガロム君」

「……どうも」

 俺が声をかけると、ガロムは控え目に微笑んだ。


 ゴルディアック家の大邸宅。

 庭園で我々は先程、人間ではないものに変わったゴルディアック家の血縁者どもを殺し尽くした。

 その後、四、五名ずつの数個部隊に分かれて邸内に侵入し、探索を開始したのだ。


 目的は、捕縛対象たるカルネード・ゴルディアックの身柄確保。

 この巨大な豪邸の、一体どこに隠れているのか。


 今この薄暗い回廊を進んでいるのは、四人から成る部隊である。

 構成は、まず俺。新兵ガロム・ザグ。それに骸骨の如くひょろ長いドクトー・ランドと、ゼノフェッド副隊長ほどではないにせよ大柄でガッシリとしたゲトル・エディゴ。


 指揮官は一応、俺だ。

「おいおい。ジェキムの野郎、また悪いクセ出してやがんなあ?」

 ゲトルの口調は、しかし容赦ない。

「新人を甘やかしてイイ先輩面しようとする。良くねえよ、問題だよ」


「有望な新人には、親切にしておくものだぜ?」

 ガロムの頑強な肩を、俺は叩いた。

「いつ俺たちより偉くなっちまうか、わからないんだからなあ」


「ふん……おい新人! てめえ、うちの副隊長にあんだけボコられて生きてやがるのは、まあ誉めてやる」

「最初に自分の力を見せつけ、売り込んで来た。そのやり方も悪くはない」

 骸骨のようなドクトーが、にやりと笑う。まるで死神だ。

「副隊長が叩きのめしていなかったら……俺が、お前を殺していたところだがな」


「……ありがとう、ございます」

 ガロムが、頭を下げる。


 一見ずかずかと乱雑に、実は注意深く回廊を歩きながら、ゲトルが言う。

「まったく、あの売り込みは強烈だったぜ。あいつらと、どっちがって感じかな」

「あいつら、とは?」

 俺が訊くと、ゲトルは何かを思い出す仕草をした。


「いたろ、正気じゃねえ売り込みをしてきやがった二人組。ほら! 生首三十個くらい持って来た……名前なんつったかな。確か兄弟じゃなかったか、あいつら」

「ザーベック・ガルファと、リオネール・ガルファ。兄弟だった、確かに」

 ドクトーが言った。


 ガロムの顔色が、変わった。

「……そんな兄弟が、いたのですか」


「いたな。あいつらの事か」

 俺も、忘れていたわけではない。

「何年前だったかな……確かに生首を三十個くらい、ベレオヌス公の御前に並べてな。俺たちはこんな事が出来る、ちょっと雇ってみないかと、そういう話を持ちかけてきたわけだよ。お前とどっちが無茶苦茶かなあ、ガロム君」


 その三十数名は、ベレオヌス公の政敵だった。

 大半は旧帝国系貴族で、ゴルディアック家に近しい者もいた。


 結果、あの兄弟をベレオヌス公は雇った。

 ガロム・ザグのような正規の雇用ではない。外部の業者との期間契約、に近い形であった。


 無論、腕の立つ連中だった。

 ベレオヌス公が、俺たちにも押し付けられないような汚れ仕事……特に女子供を始末するような案件を、そいつらに一任していたものだ。


 その契約期間が切れて、ガルファ兄弟はベレオヌス公のもとを去った。

 我らの隊長ドルフェッド・ゲーベルは、随分と熱心に引き留めようとしたようではある。


 聞くところによると、兄ザーベック・ガルファの方は死亡したらしい。

 あれほど腕の立つ男でも、死ぬ時は死ぬ。そういうものだ。


 思考を中断し、俺は立ち止まった。

 ゲトルも、ガロムもドクトーも、立ち止まっていた。


 この大邸宅そのものが、我々に対する敵意を持った。

 そんな、わけのわからぬ感覚に突然、俺は捉えられていた。他三名も、そうであろう。


 四人、それぞれ別々の方向に跳び、あるいは転がり込んで、突然の危難を回避した。


 壁が、廊下が、天井が、砕け散っていた。

 瓦礫を蹴散らして、大蛇のようなものが暴れうねる。

 巨大な臓物、にも見えた。


 王宮よりも豪壮と言われる大邸宅が、巨大な生き物と化し、体内の異物を食い殺しにかかっているのか。

 ゴルディアック家という巨大でおぞましい生き物だ、と俺は思った。

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