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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第73話

 住所不定のならず者を裏街で叩き殺すのとは、わけが違う。


 大貴族の邸宅に押し入って、殺戮を働く。

 王弟公爵ベレオヌス・ヴィスケーノの権力をもってしても、完全に握り潰す事は不可能である。


 ましてや、ゴルディアック家。

 旧帝国系貴族最大の名家に、ベレオヌスの私兵集団が殴り込んで大量虐殺を繰り広げている。


 それが、現在の状況だ。


 ゴルディアック家の当主令息カルネード伯爵が、大規模な税収の横領を行った。

 ベレオヌスによって証拠が固められ、正式に告発が為された。


 告発をしたのが王弟ベレオヌス公でなければ、王国の司法機関も、これほど早いうちに重い腰を上げる事はなかっただろう。


 カルネードには、逮捕状が出た。


 大人しく捕縛されるはずもなく、カルネードはゴルディアック家の大邸宅に逃げ込み、祖父である一族長老ゼビエル・ゴルディアックに庇護を求めた。


 王国司法機関は公式に、カルネード伯爵の身柄引き渡しをゴルディアック家に要求した。


 ゴルディアック家は、これを無視し続けている。

 長老ゼビエル以下、一族の総意で犯罪者を庇っているという事だ。


 王国正規軍がゴルディアック家に強行突入し、カルネードの身柄を拘束する。

 それが、法律上は許されている状況ではある。


 だが、王国正規軍は動かなかった。


 軍上層部には、旧帝国系貴族の出身者が大勢いる。

 ほぼ全員、ゴルディアック家から何らかの恩恵を受けている。

 それが無ければ、家名の存続すら危うくなる者たちもいるのだ。


 そういった人々が、ゴルディアック家を守る動きを見せ始める……前に、ベレオヌスは手を打った。


 カルネードの捕縛を、王国正規軍から自身へと委任させたのである。

 逮捕権を奪い取った、と言って良い。


 正規軍や司法機関を相手に、かなり力業の交渉をベレオヌスは行った。

 自分ドルフェッド・ゲーベルを伴ってだ。


 司法関係者にも、後ろ暗いところのある者は大勢いる。

 全てを、ドルフェッドは把握していた。

 ベレオヌスのもとで長年、行ってきた様々な汚れ仕事には、そういうものも含まれているのだ。


「全ては、今……この時のために、か」


 苦笑しつつ、ドルフェッドは猪の如く踏み込み、槌矛を振るった。

 六本腕で、様々な得物を叩き付けてきた怪物が、その槌矛の一撃で砕け散った。


 ゴルディアック家の大邸宅。邸内の、大広間。


 押し入って来たドルフェッドの部隊を、異形の怪物、としか表現しようのないものたちが迎え撃っているところである。

 刀剣のような鉤爪を、巨大な角を、毒蛇の群れに似た触手の塊を、禍々しく振り立てて際限なく襲い来る。


 その襲撃を、ドルフェッド配下の兵士たちが盾で受け止め、槍や剣で打ち払う。

 その防御が、即座に反撃へと移行してゆく。


 怪物一体を、最低でも三名がかりで一方的に殺害する。

 それを高速で繰り返す連携を維持しながら、兵士たちは効率的に、大虐殺を繰り広げていった。

 数に勝る怪物たちが、ことごとく切り刻まれ、叩き潰されてゆく。


「王国正規軍……本来ならば、貴様らがやるべき戦いだ。まったく、何という体たらくだ」


 巨大な口で食らいついて来た怪物を、右手の槌矛で無造作に粉砕しつつ、ドルフェッドは呻く。

「……アラム王子がいなければ、何も出来んのか」


 思い出す。南方の戦。

 あの時、アラム・ヴィスケーノ王子に率いられてボーゼル・ゴルマーの叛乱を鎮圧した王国正規軍は、紛れもなく精鋭であった。


 あの戦で、しかし何かが起こったのは間違いない。


 ベレオヌス公も、宰相ログレムも無論、何も言わない。

 しかし今、王宮にいる王太子アラム・ヴィスケーノが偽物である事は、見る者が見れば明らかである。


 今、目の前にある戦いに、ドルフェッドは意識を戻した。


 怪物たちの中に一つ、人語を発する個体がいる。

「犬が…………!」

 異形化した肥満体を、苛立たしげに震わせている。

「犬がっ、イヌがぁあああッ! ベレオヌスの卑しい飼い犬どもが! 帝国の威光を畏れぬ畜生の振る舞いを晒しおって!」


 豚か、蛙か。どちらにも見える、肥え太った四足の巨体。

 それが、歪みきった人面の頭部を備えている。


「雑兵の家系に仕えたる畜生どもに! 裁きと罰を下そうぞ。正当なる帝国の後継者、このガルオム・ゴルディアックが!」

 その頭部に巻き付いた豪奢な冠が、閃光を放つ。


 まっすぐ一直線に照射されて来た閃光を、ドルフェッドは左腕の盾で受けた。

 うっすらと気力の輝きを帯びた盾が、ぶつかって来た閃光を弾いて砕く。

 砕け散った閃光の破片が、左右にいた二体の怪物をズタズタに切り砕く。


 その間。

 ガルオム・ゴルディアックの巨大な肥満体は、獣の如く襲いかかった兵士四名によって切り刻まれていた。

 まさに、豚を仕留める狼の動きであった。


「犬どもがあああああッ!」

 豚にも蛙にも見える巨体が、切り刻まれながら再生してゆく。斬られた部分を癒合させながら暴れ狂い、冠から閃光を乱射する。

 いや。乱射が始まる寸前、兵士の一人が、長剣の一撃で冠を打ち砕いていた。貴金属の破片や宝石が、飛び散った。


 ガルオムの巨体が再生を止め、力尽き、干からびながら崩れ落ちてゆく。


 何という僥倖か、とドルフェッドは思う。

 ゴルディアック家の人間が、勝手に人外の怪物に変わり、屍も残さず崩壊消滅してくれたのだ。

 これで自分たちは、殺人犯にはならない。


 思いつつ、ドルフェッドは振り返った。


 老人がいる。女たち、子供たちがいる。

 この大豪邸に仕える使用人たち、それにゴルディアック家の年少者数名。

 怪物の群れに、襲われていたのだ。

 形としては、ドルフェッド率いる部隊に救出された、という事になる。


「ガルオム様……」

 一同を代表する老人が、声を震わせる。

 使用人たちを束ねる役割を、担っていたのだろう。


 ドルフェッドは、言葉をかけてやった。

「大切な、主であったのか」


「お優しい方で、ございました……」

 老人は、さめざめと泣いている。

「何故……突然あのような怪物に変じ、私どもを……殺そうと……」


「悪夢のようであっても現実だ。受け入れるしかあるまい」

 怪物たちは殺し尽くされ、兵士たちからは一名の脱落者もない。

 それを確認しつつ、ドルフェッドは言った。


「我々は、ガルオム・ゴルディアック卿に化けていた人外のものを討ち果たし、お前たちを救った……わかるな? 俺たちは、ここで一人の人間も殺してはいない。それだけを忘れなければ、まあ悪いようにはならん。ベレオヌス公が、お前たちを守って下さる」


 ゴルディアック家の邸宅に押し入り、殺戮を働く。

 無法である。紛れもない、犯罪行為だ。

 王弟公爵ベレオヌス・ヴィスケーノの権力をもってしても、完全に握り潰す事は不可能である。


 殺戮されたのが人間であるならば、だ。


 ベレオヌス公爵の私兵団は、ここで殺人行為を働いたわけではない。

 怪物退治と人助けを行っただけ、なのである。


「こいつらを、安全な場所まで連れて行ってやれ」

 兵士数名がドルフェッドの命令に従い、助かった者たちを引き連れて大広間を出た。


 ドルフェッドは、見回した。

 この大広間に、もはや不穏なものはない。


 ただ庭園の方から、闘争の気配が伝わって来る。


 息子ゼノフェッドの率いる別働隊が、今までここで行われていたものに劣らぬ激戦を繰り広げているのだろう。


 加勢の必要はあるまい、とドルフェッドは判断した。

 それよりも、本来の目的を果たさなければ。


 カルネード・ゴルディアックの捕縛。


 上手くすれば捕縛の必要はなくなる、とドルフェッドは思う。

 ゴルディアック家の主だった者たちが、ことごとく人外のものに変異している。

 そんな僥倖の真っ最中である。


 カルネードが、先程のガルオムと同じ様を晒していれば、人ならざるものとして殺処分を実行するのみ。

 そうでなくとも、怪物退治の巻き添えでうっかり死なせてしまうのは不可能ではない。


 突然。

 皮膚に何かが触れてくるのを、ドルフェッドは感じた。


 まだこの場に存在しない者の、悪意。殺意。

 そんな謎めいた事を思った、直後。


 大広間の床に、いくつもの光の紋様が描かれていた。

 そこから、悪意、殺意、そのものと言うべき者たちが出現する。


「……ベレオヌス…………」

「いや……そこに、いるのは……」

「…………ドルフェッド・ゲーベル、か……?」

「まずは……貴様でも、良い……」


 ガルオム・ゴルディアックの同種、であろう。

 元々は、人間であったもの。

 異形化した肉体を凶暴にうねらせ、今やどこにあるかわからぬ発声器官から、憎悪の叫びを絞り出している。


「ベレオヌスの犬! 私から、全てを奪った者!」

「返せ、私の領地を……」

「私が……ゴルディアック家に貢ぐはずであった金を!」

「私の鉱山を! さあ返せ貴様ぁあああッ!」


 何者であるのかを、ドルフェッドは即座に理解した。

「黒薔薇党……か」


 二人、そうではない者がいた。

 一人は、石造りの身体を有する巨漢。魔像、であろう。


 そして、もう一人。

 消えゆく光の紋様から、最後に出現した若い男。

 まるで豹が牙を剥くように、笑っている。

「ドルフェッド隊長! お久しぶりッス」


「……何をしているリオネール・ガルファ。旧帝国系の負け犬どもを、利用でもするつもりか」

 ドルフェッドは言った。

「馬鹿はやめて、ベレオヌス公のもとへ戻って来い。聞いたぞ? 貴様の兄貴、死んだそうではないか」


「しょうがないッスよ。俺も兄貴も、人様のお命ちょうだいしてメシ食ってたんす。逆の事されたって文句言えないワケで」

 お前たちもそうだ、とリオネールはドルフェッドに言っているのかも知れない。


「それはそれとして……兄貴を殺した奴には、興味あるッス」

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