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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第72話

 石作りの棺の中で、被葬者が叫んでいる。吼えている。

 ルチア・バルファドールには、それが聞こえた。


 死者の絶叫、咆哮。慟哭、怒号。


 無論、そんなものが本当に、響き渡っているわけではない。

 広大な玄室内は、静寂に満たされている。


 それでもルチアには、聞こえてしまうのだ。


「生きたかったのね、ヴェノーラ・ゲントリウス陛下……死にたく、なかったのね」


 無音の叫びを発する石棺に、ルチアは語りかけた。

「……生き返りたい、のよね?」


 アドラン地方、帝国陵墓。


 歴代皇帝の一人というわけではない、皇妃に過ぎぬはずの身でありながら、これほど豪壮な玄室に単独で葬られた人物は、石棺の中から何か応えてくれるわけではなかった。


 夫デルニオーム・ゲントリウスとも、息子マルスディーノ・ゲントリウスとも離れ離れに葬られた、孤独な大皇妃。


 自身の復活の手立てを遺してまで、生きる事、生き返る事に執着した女性。

 その執着心あればこそ、とルチアは思う。


「人間の怨念、なんていう儚いものが……五百年も、こうやって在り続けている……」


 そっと、ルチアは石棺に手を触れた。

 その手を、すぐに引っ込めた。


 乗っ取られる。

 本気で、そう感じられたのだ。


 荒れ狂うものが、石棺の中で渦巻いている。

 長く手を触れていたら、それが指から掌から、体内に押し入って来る。

 そう確信させる感覚を握り締めながら、ルチアはなおも語りかけた。


「……生き返って見せてよ、ヴェノーラ陛下。死んだ人間を、生き返らせる方法……私に見せて、教えてよ」


 共通点がある、とルチアは思う。


 ヴェノーラ・ゲントリウスは、強大極まる魔法使いであったという。

 自分ルチア・バルファドールも、そこそこの魔法使いである。

 そして両名とも、花嫁選びの祭典に出場した。


「と、言ってもまあ……共通点は、そこまで。私は早めに脱落しちゃったけど、貴女は勝ち残った。そこは素直に、凄いって思わなきゃね」


 ふっ……と、ルチアは己を嘲笑った。

「……私なんかが、勝ち残れるわけないのよね。あんな祭典、何のために出てるのか、自分でもわかってなかったし」


 アラム・ヴィスケーノ王子という賞品に、まるで興味がなかったわけではない。


 だが結局のところ自分は、両親に、バルファドール家の大人たちに言われるまま、花嫁選びの祭典に出場したのだ。


 そんな人々の言う事など聞く必要はない、最初からなかった。

 そうルチアが気付いたのは祭典終了後、自分の脱落を口汚く罵ってくる家族親族の、あの醜い姿を目の当たりにした時である。


 醜いもの汚いものを綺麗に掃除しながら、ルチアは思ったものだ。


 アイリ・カナンに出会えた。

 それだけが、あの祭典の、自分にとっての唯一の価値であると。


「……アイリに勝てるわけ、ないのよね。私なんかが」

 あの平民娘は、ただ純粋に、アラム王子だけを見つめていた。


「ね、ヴェノーラ・ゲントリウス陛下。貴女も案外、純粋に……デルニオームって皇子様が好きだった、だけだったりしてね」


 帝国時代、最後に行われた花嫁選びの祭典において、魔法使いの少女ヴェノーラは優勝を果たし、デルニオーム・ゲントリウス皇子という賞品を獲得した。

 そして皇妃となり、権勢を振るい、位人臣を極めた。


 その後、五百年以上もの時を経て新たに開催された花嫁選びの祭典では、平民の少女アイリ・カナンが優勝し、アラム・エアリス・ヴィスケーノ王子と結ばれた。

 そして、命を失った。


「生き返って見せてよ、ヴェノーラ陛下……私に、教えてよ。アイリを生き返らせる方法……それが確実にわかるなら、私の身体……あげてもいいから」


 言いつつルチアは、ちらりと視線を動かした。

 見つめた。

 広大な玄室の床、石棺に向かって恭しく跪く男たちを。


「で、貴方たちも……御自分の身体を、捧げて下さると。そういう事でいいのかしら? 黒薔薇党の方々」


「……おかげ様をもちまして」

 一同を代表し、サリック・トーランド伯爵が述べた。


「ヴェノーラ・ゲントリウス陛下ヘの拝謁、叶いました……もはや我ら、思い残すところはありません。あとはバレリア・コルベム夫人の如き人外のものと化し、力を尽くすのみ」


「……いいのね? それで」

 暗く、それでいて輝くものを、ルチアは片手で掲げた。

 闇よりも暗い光が、球体と化したもの。

 怨念の塊。


 それを目の当たりにしても、サリックの表情は変わらない。

「人の身のままでは……ヴェノーラ陛下の復活と御再臨、そのために力を尽くす事など出来ません」


「ま、そういう事よね」

 ルチアは言った。


「それじゃあ今から貴方たちに、この怨念の塊をちょっとずつ植え付けていくわけだけど。結果、貴方たちは人間じゃなくなって……それなりの力を、獲得するでしょう。その力で何か、やってみたい事はある? 殺したい奴とか、いるんじゃないの?」


「……よろしい、のですか」

 黒薔薇党の党員たちが、声を震わせる。

「貴女様より賜った力を……我ら、思うままに振るう事」

「許されるので、ありましょうか……」


「まず貴方たちが、どの程度の化け物になってくれるのか。私としても試して、把握しておきたいから」

 ルチアは言って、微笑みかけた。


「さあ、誰を殺したい? うちのリオネールに貴方たちを率いさせて、そいつの所へ送ってあげる。私の転移魔法でね」


「王弟公爵ベレオヌス・ヴィスケーノ……及び、ゲーベル父子を」


 サリックが息を呑み、呻いた。

「我ら旧帝国貴族より、全てを奪った者どもに……この手で復讐、成し遂げられましたならば」


「人外と化し、惨たらしい死に様を晒すも本望」

 他の者たちも、それに続く。


「私の領地を奪った、ドルフェッド・ゲーベル……ゼノフェッド・ゲーベル……」

「まずは、あやつらを殺し……暴力の護りを、失わせた上で」

「……ベレオヌスめを、引きちぎる。生きたまま皮を剥ぎ、脂を搾り、火をつける!」


 輝いている、とルチアは思った。


 生きた人間の、燃え盛る憎悪。

 そこに、死せる人間たちの怨念を混ぜ込んでゆく。

「どんなものが出来上がるやら、ようく観察・研究させてもらうわよ」


 怨念の塊から、闇よりも暗い光が触手状に伸びた。

 何本もの、暗く輝く触手。

 それらが、黒薔薇党の党員たちに突き刺さってゆく。


 その光景に向かって、ルチアは語りかけた。

「私もね、状況と場合によっては……コレを、自分にやる事になるかも知れないから」


 新しい牙剣を支給されてしまった以上、それに見合う働きを見せなければならない。


 獣の勢いで、ガロム・ザグは踏み込んだ。

 様々な姿形をした怪物の群れ、その真っただ中へと。


 二本の牙剣を、左右それぞれの手で別々の方向に振るう。打ち込む。叩き付ける。


 前後左右、東西南北。あらゆる方向から襲いかかって来た怪物たちが、砕け潰れて様々なものを飛散させた。

 ちぎれた触手、折れた牙や頭蓋骨の破片。得物を握ったままの手首。


 怪物は、しかし大して数を減らした様子もなく、まるで森林のような庭園あちこちから群がって来る。


 ゴルディアック家の、大邸宅。

 帝国時代より在り続ける歴史的城館が今、異形のものたちの巣窟と化していた。


「ベレオヌスの犬が!」

 言葉を発しているのは、今この場にいる怪物たちの中で、異形の度合い最も著しい個体である。


「卑しき雑兵の家系が! そやつらに隷属する、さらに卑しき走狗どもが! このウズベル・ゴルディアック自らが、帝国の威光をもって裁きを下そうぞ!」


 どうやらゴルディアック家の人間、であったようだが、今は巨大な肉塊でしかない。

 無数の触手で組成された、醜悪極まる肉塊。


 それら触手の一本が、杖を絡め取り、保持していた。

 杖の先端は骸骨の手で、宝石を握り締めている。


 その宝石が、ウズベル・ゴルディアックの叫びに応じて淡く光を放つ。

 淡い輝きが、巨大な肉塊を包み込んだ。


 一本一本の触手が、太さと長さをメキメキと増してゆく。

 それらの先端部が、大きく裂けて牙を剥く。

 口だった。


 ほぼ全ての触手が、大口を開いて牙を見せる大蛇……いや、竜に変わっていた。


「この大いなる魔導の杖は! 我ら正当なる帝国貴族を、裁きの竜へと変えるのだ!」


 全ての竜が、炎を吐いた。

 紅蓮の炎が球形に固まり、竜たちの口から連射・速射されている。ガロム一人に向かってだ。


「……そう、だな。今の俺は確かに、ベレオヌス公の猟犬だ」

 左右の牙剣に、ガロムは気力を流し入れた。

「猟犬として、まずは! 働きを示さなきゃならんのでなあっ!」


 実績を重ね、ベレオヌス公爵に気に入られ、情報を引き出すために。

 そこまでは言わず、ガロムは縦横に牙剣を振るった。


 白く淡く、気の光を引きずる左右の打撃が、降り注ぐ火球をことごとく粉砕する。

 ガロムの周囲で、無数の爆発が咲いた。


 容赦のない爆発の衝撃を全身に受けながら、ガロムは駆けた。踏み込んだ。


「うおおおおおおっ!」

 降り注ぐ火の粉を、爆炎を、雄叫びで蹴散らす。


 そうしながら、牙剣を叩き込んでゆく。

 火球を吐き出す竜の頭部を、片っ端から粉砕する。

 新しい竜が、しかし即座に、際限なく、生えてくる。


「無駄だ! 我が力は無限ぐぎゃああああああ」

 ウズベルの声が、悲鳴に変わった。


 牙剣の一撃が、竜の首……ではなく骸骨の杖を、打ち砕いたのだ。

 淡く発光する宝石が、骸骨の手もろとも砕け散る。


 裁きの竜の巨体が、硬直し、干からび、ひび割れ、崩壊してゆく。


「え、エリエッタ……愛しのエリエッタ、可愛いエリエッタ、どこにいる私を癒しておくれ……癒して……」


 世迷い言を遺して、ウズベル・ゴルディアックは崩れ消えた。

 その崩壊・消滅の真っただ中で、ガロムは膝をついた。


 消耗が激しい。呼吸が整わない。

 爆発によって全身、うっすらと負傷している。


 そんな事を、しかし言っている場合ではなかった。

 怪物たちは、まだ大量に群れている。

 そして、その後方から。


「おるぞ、おるぞ。我らゴルディアック家に」

「帝国の威光に背く、逆賊があぁ」


 元々は人間であったのだろう者たちが、メキメキと巨体を痙攣させながら集まり迫って来る。


 全員、変異した肉体のどこかに、奇怪な物品を装着あるいは保持していた。

 首飾りや冠、腕輪、宝剣。

 そういった品々を見せびらかしながら、人外の異形を近寄らせて来る。


「偉大なるギルファラル導師の、血と遺産を受け継ぐ我々が!」

「穢らわしき雑兵の王国を滅ぼしてくれよう、このベムルート・ゴルディアックが」

「逆賊は生かしておかぬ! このレアグル・ゴルディアックが!」

「帝国の威光をもって、愚かなる民を裁き導くであろう。このイファエロ・ゴルディアックが」


 名乗りを聞き流しながら、ガロムは無理矢理、立ち上がった。

 今は、ただ、戦うだけだ。


「おう! まだ生きてやがったか、新人」

 せっかく頑張って立ち上がったのに、ガロムは背中を叩かれ、またしても膝をついてしまった。


「ちょっと! 虐めるのは、やめなさい!」

「覚えとけ嬢ちゃん。男ってのはな、女に甘やかされるのが一番いけねえ。あっという間にダメになっちまう」

 そんな言葉と共に、ゼノフェッド・ゲーベルの巨体が、ガロムの傍らをズカズカと通り過ぎ、進み出て行く。


 他の兵士たちも、それに続いて来る。


 ウズベル・ゴルディアックに襲われていた少女、だけではなく大勢の非戦闘員を、彼らは引き連れ、保護していた。

 女性や子供、老人もいる。


 ゴルディアック家の年少者、それに召し使いといった人々。

 この広大極まる邸宅のあちこちで、人外のものに襲われていたのだろう。


 ガロムが独り、ここで戦っている間。

 ゼノフェッド率いる兵士たちが、救助と保護を行っていたのだ。


「俺たちがいない間、よく粘ったな新人君。誉めてやる」

「ま、最初にあれだけカマしてくれやがったんだ。このくらい、やってもらわねえとなあ」


 口々に言いながら兵士たちが、非戦闘員もろともガロムを護る陣形を組む。


「とりあえず、ちょっとだけ休憩時間をやる」

「効率的な皆殺しってもんをなあ、しっかり見学しとけ」


 粗野で横暴、弱い者いじめを大いに好む。

 だが仕事をする男たちであるのは間違いない、とガロムは思った。

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