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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第67話

 ジュラードは消え失せた。


 ディラン家の邸宅には、庭園に瓦礫が転がる、破壊の有り様だけが残された。


 自宅にこれほどの破壊をもたらし、自分の命をも奪うところであった魔法使いに、しかしレオゲルド・ディラン伯爵は、さほど憎悪も関心も抱いていない様子である。


「重ねて問う……国王陛下が、どうなされたと?」

 憤激に近いものを彼は、この動く石像の操り主に向けていた。


「答えよ。バルファドール家の令嬢……と、思しき者よ。お前には、一族皆殺しの嫌疑がある。それに関しても私は調べ上げなければならぬ」


『お忙しいのねえ』

 魔像ボルグロッケンが、若い娘の声を発した。

 操作が、イルベリオ・テッドからルチア・バルファドールに戻ったようだ。


『貴方は何、王都の偉い人? 治安維持のお仕事なんかもやってるわけ? じゃあね、とっとと私らを何とかした方がいいよーって事だけは教えたげる。アドランの帝国陵墓に私たちはいます、国王陛下もいらっしゃいます。黒薔薇党の方々も。みんなでね、帝国時代の悪い人を復活させちゃいましょうというお祭りをね』


「国王陛下は王宮におわす。お姿を私は本日先程、確認した」


「レオゲルド卿……それは本物の国王陛下で、いらっしゃいますの?」

 シェルミーネ・グラークは言った。


「このルチア・バルファドール、兵隊代わりの怪物を作り上げる事が出来ますのよ? あのかわいそうなデニール・オルトロン侯爵のような」


『よくわかってるじゃないの、悪役令嬢』

 ボルグロッケンの足元に、光の紋様が生じた。


『国王陛下より皆様へ、ありがたい御言葉がございまあす……どうせ私など居ても居らずとも何も変わりはせぬ、だから放っておくが良い。以上』


 魔像の巨体が、その円陣紋様の中へと消えてゆく。

 言葉を、残してだ。


『この王様ねえ。確かに、お仕事出来そうな人じゃないし。ぶちあげた話、ただの税金泥棒なのかも知れないけど。それでも国王陛下よ? もうちょっと大事に扱ってあげても良くない? いなくなって気付いてあげられる、くらいにはさ』


 光の紋様が、消えた。

 ボルグロッケンの姿も、消え失せた。


 ルチアの残した言葉だけが、残響の如く、この場にいる者全員にまとわりつく。


『国王陛下はね、いい人よ? 少なくとも、バルファドール家の連中より……旧帝国系貴族とかいうクソゴミどもよりは、ずうっとねえ』


 旧帝国系貴族であるレオゲルド伯爵が、その言葉をどのように受け取ったのかは、見ただけではわからない。

 ともかく、シェルミーネは声をかけた。


「レオゲルド卿……あの帝国陵墓は、確か唯一神教会の管轄。でしたわね? 教会の方々は、動いておられませんの?」


「我ら近衛騎士団の権限は、教会には及ばぬ」

 レオゲルドは応えた。

「陵墓内に賊徒が入り込むのを、教会が黙認した……とは、思いたくないが」


 賊徒。ルチア・バルファドールの率いる集団。

 以前ゲンペスト城で出会った、白装束で正体を隠した者たちを、シェルミーネは思い起こしていた。


 あの中に、教会関係者がいたとしたら。

 陵墓への侵入を教会に黙認させるほどの、有力な関係者が。


「……シェルミーネ嬢は、ルチア・バルファドールと親密な間柄であったのか」

 レオゲルドの口調は、尋問に近い。


「バルファドール家が、何者かによる皆殺しの憂き目に遭い……ただ一人の令嬢が、生死不明のまま行方をくらませ、今になって姿を現した。これがいかなる事態であるのかを、私は把握せねばならぬ。情報の提供を、お願いしたいが」


「そう……ですわね。治安維持に携わっておられるレオゲルド伯爵閣下には、まず真っ先にお知らせするべきでしたわ」

 シェルミーネは、語った。


「ルチア・バルファドールは……少なくとも私やガロム・ザグ程度には手強い人材を複数、確認可能な範囲では七名、配下に揃えておりますけれど。それよりも警戒すべきは、兵糧も休息も要らない兵士を、ほぼ無限に生み出す力、ですわね。加えて本当に、国王陛下の御身を確保しているとすれば」


「……王国の転覆も不可能ではない、か。いや、国王陛下がおられるとなれば、それは転覆とは言わんな。正当なる支配の名のもとに、内乱を引き起こす事も出来る」


 レオゲルドは、腕組みをした。

「それが、現時点で実行に移されておらぬ理由。果たして、いかなるものであろうな」


「ルチアの目的が、私と同じであるから。ですわ」

 シェルミーネは即答・断言した。


「あの子が求めるもの、それは権力ではなく真相。それ次第では行動を起こすでしょうね。この王国の転覆、いえ……滅亡のために」


 ジュラードが最後に語っていた、ゲンペスト城に関する……情報、とも言えぬ世迷い言を、シェルミーネはとりあえず頭の片隅に追いやった。


「お帰りなさい、ボルグロッケン」

 物言わぬ魔像に、ルチア・バルファドールは言葉をかけた。


 アドラン地方、帝国陵墓内の一区画。


 石造りの空間に、イルベリオ・テッドがどのようにしてか入手してきた様々な調度品が配置され、いくらかは国王の仮住まいにふさわしい場所となっているのであろうか。


 特に豪奢な寝椅子は、そのまま玉座として使えそうではあるが、堂々と座っているのは国王エリオール・シオン・ヴィスケーノではない。


 獣人クルルグである。


 その力強く獣毛豊かな肉体に、エリオール王の小太りな身体が寄りかかり、しがみついていた。

「ふふふん、もふもふしておるのう愛い奴よ。クルルグ、そなたを我が側近に任じようぞ」


「だぁから職権濫用してんじゃねーってのクソ国王があああああッ!」

 リオネール・ガルファが激昂し、マローヌ・レネクも怒り狂っている。


「アンタねえ、何の権限があって! クルルグ君のもっふもふ独り占めしてんのよ! 王様なら王様らしく、若い女の子でも侍らせてたらイイじゃない。ほらあ、綺麗どころの淫魔とか召喚したげるから、離れなさいよクルルグ君からっ」


 皮膜の翼と角・尻尾を生やした美女が数人、ふわりと出現し、国王に擦り寄って行く。


 エリオールは、しかしそれを忌避し、より強くクルルグにしがみついた。

「私はなあ、女はもう嫌なのだよ……」


「ははあ、何かあったんスね」

 リオネールが冷笑した。


「俺、吟遊詩人の歌で聴いた事あるっスよ。かわいそうな令嬢が、婚約破棄されたり追放されたりで、もふもふに逃げ込むお話。それってさあ、可愛い令嬢がやるから癒されるんであって! 小太りのオッサンがやったらキモいだけだっつぅううううううううううの!」


「あっははははは。アンタがやってもキモさは同じよ、お猿ちゃん。ほらあ、離れなさいって!」


「ふん、下賤の者どもは平伏しておれ。クルルグは我が股肱の重臣なるぞ、誰にも触れさせぬ」


 リオネールが、マローヌが、国王エリオールが、召喚された魔族の美女たちまでもが、もふもふとした獣人の若者にしがみついて行く。

 途方に暮れたクルルグが、にゃーん……と悲鳴を漏らす。


 その様を横目にルチアは、配下の一人に問いかけた。

「……教会からは、何も言ってきていないの? 本当に」


「教会関係者複数名の、まあ何と申しましょうか……弱みを、私が握っておりますので」

 クリスト・ラウディースが答えた。


 純白のマントを羽織ったままフードを脱ぎ、秀麗な顔立ちと、色艶のある見事な禿頭を露わにしている。


「住所不定者の集団が、この陵墓に住み着く……程度であればね。見て見ぬふりを、してもらえます」


「弱みを、ね」

 クルルグにすがりつく国王の有り様を観察し、ルチアは言った。


「あの王様は……弱みなんて握られても全然、平気よね。きっと」

「ひとつの境地だと思いますよ。ある意味、ご立派な方です」


 クリストも同じく、エリオール王を見つめている。

「ルチアお嬢様は……陛下の仰せ通りに、なさるのですか」


「ヴェノーラ・ゲントリウス様を復活させるって話? もちろん、やるわよ。そうすれば、あの王様が……私の知りたい事、教えてくれるから」


 アイリ・カナンの死。

 その真相を、エリオール王は知っている。

 それはルチアの、特に根拠のない確信だった。


「……それだけ、ですか?」

 クリストが、問いかけと眼差しを向けてくる。


「国王との取り引き、のみならず……ヴェノーラ・ゲントリウスの復活それ自体に、貴女は何か意味を見出しておられる。私には、そう思えるのです」


「……知りたい? そうよね。貴方たちは私に、危険を承知で協力してくれている。私が秘密主義じゃ、駄目に決まってるわよね」

「そうは思いませんが……差し支えなければ、教えていただけると幸いです」


「私たちが上手くやれば、ヴェノーラ・ゲントリウスが蘇る。かも知れない」

 ルチアは言った。


「わかる? 死んだ人間が生き返る、かも知れないのよ。帝国時代最強の魔法使いが遺した、復活の手立て。研究の価値はあると、私は思うわ」


 クリストに、微笑みかける。


「ねえクリスト司祭……貴方の妹さんだって、生き返るかも知れないわよ?」


「リアンナ・ラウディースは、死んで当然の人間でした。生き返るなど、とんでもない」

 神に仕える者に、あるまじき言葉ではあった。


「あやつがアイリ・カナン妃殿下に働いた無礼の数々、生きて償い能うものではありません。あれは本当に……最低の、妹でしたよ」

「同感。私もね、あいつはこの世で二番目に嫌い」


「私が家出し、神に仕える道を選んだ理由……半分は、あやつの顔を見たくなかったからです」

 クリストの両眼が、静かに燃えている。


 それは、すでにこの世にいない妹への怒りと憎しみ……では、なかった。


「リアンナは……誰からも嫌われる、誰にも愛されない娘でした。せめて……仇は、討ってあげなければ……あまりにも、かわいそうではありませんか……」

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