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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第64話

 シェルミーネ・グラークは先程、言った。


 魔法使いとして、力を付けてゆくと、人間という存在からは遠ざかってしまう。

 魔法を使えない人間が、道具や玩具にしか見えなくなってしまう……と。


 魔法を、暴力や権力に変換しても良い。

 ミリエラ・コルベムは、そう思う。

 力を持つ者にとって、力を持たぬ者は、道具や玩具でしかない。


 ゴルディアック家の人々に対してミリエラは、そんな印象を抱いていた。


 ゴルディアック家の当主である王国宰相ログレム侯は、しかし横暴な人物ではなかった。

 温厚で英知に溢れた人格者であった。

 その英知を、このヴィスガルドという王国の安定と繁栄に、民の暮らしの安全に、余すところなく注ぎ込んでいる。

 そんな人物であった。


 たった今、力尽きて崩壊し、遺体すら残らぬ死を迎えたマグレル・ゴルディアック伯爵は、同じゴルディアック家の関係者でも、ログレム宰相と比べると人間的に至らぬところのあった人物なのであろう。


 だから別に、道具で良い。使い捨てて一向に構わない。


 黒いローブに人型の闇を詰め込んだような、この男は、そう考えていたに違いなかった。


「…………人を……」

 ミリエラは、声を震わせた。


 父クルバート・コルベムが、怯えて立ち上がれぬまま、それでも這いずるように前へ出て、娘を抱き庇おうとする。


 シェルミーネが、光り輝く細身の剣を構え、そんな父娘をまとめて防護してくれている。


 黒いフードの下、陰影の中で禍々しく灯る眼光から、二人がかりでミリエラを守ってくれているのだ。

 父にも、シェルミーネ嬢にも、感謝をしなければならない。


 その一方。自分は、禍々しさの塊のような、このジュラードという人物と、話をしなければならない。

 ミリエラは強くそう思い、問いかけた。


「……人の、命を……貴方は、何だと思っているのですか……?」

「難しい。極めて難しい問題である」


 ジュラードは、会話には応じてくれた。

「人の命とは、何なのか。答えを出せた者が……さあ、果たして存在するのであろうか」


「貴方は……人、ではありませんものね」

 シェルミーネが言った。


 近衛騎士レオゲルド・ディラン伯爵の私邸。

 ほぼ半壊した敷地内で、シェルミーネは今、コルベム父娘を背後に庇いながら、ジュラードと対峙している。


 ディラン家の兵士たちが、散乱するように周囲で倒れ、血まみれの様を晒していた。


 小さな指で、ミリエラは祈りの印を結んだ。


 唯一神のもたらす癒しの力が、ミリエラを中心として、ディラン邸全域に波紋の如く拡散してゆく。


 倒れている兵士たちの、何人かは救えるかも知れない。

 死んでしまった者は救えないが、傷の治療ならば出来ぬ事はない。


 癒しの波紋が兵士たちを包んでゆく光景に、シェルミーネがチラリと視線を向ける。

「私も……人を殺めた事は、ありますから。偉そうな事を申し上げるのは、やめておきますわ」


「遠慮は要らぬ。私を、人殺しと罵るが良い」

 暗黒色のフードの下で、眼光が燃えた。

「事実……人間の命が、私には塵芥にしか見えぬ。私にとって価値ある命は、まあ、僅かなものだ」


「ジュラード殿、貴方は……」

 怪しく燃える眼光を、シェルミーネは正面から受け止めている。


「かつては人間でいらっしゃった、にしても。今は、もはや人ならざる何か……五百年間、ゴルディアック家の全てをお調べになったと。そう、おっしゃいましたわね?」

「信じてしまうのか、悪役令嬢殿」


「魔法使いとして道を究め……人間という存在からは、もはや引き返せぬほど遠ざかってしまわれた。貴方は、その典型例でいらっしゃる」

 シェルミーネの鋭利な美貌に、険しい笑みが浮かぶ。


「私……今とっても愚かしい仮説を、思いついてしまいましたわ」

「聴こう。どれほど愚かしくとも笑いはせぬ」


「貴方の正体」

 魔力の輝きを放つ細身の長剣を、シェルミーネはジュラードに向けた。


「それは帝国滅亡から現在に至るまでの五百年間、御存命でいらした偉大なる御方……大魔導師ギルファラル・ゴルディアック卿その人。と、いうのは如何?」


「…………そうであれば、どれほど良かったかと。この五百年の間、思わぬ時はなかったぞ」

 ジュラードは、確かに笑ってはいない。

 激怒、しているのか。


「ギルファラル・ゴルディアックは、私など問題にもならぬほど強大な魔法使いであった。あやつを私は憎み、だが畏れてもいた。恐らく尊敬もしていたのだろう……私の目的は、あの男が遺したものを手中に収める事だ」


「例えば……その、指輪?」

 先程までマグレル伯爵が身に付けていた、宝石の指輪。

 今は、地面に転がっている。眼球のような宝石が、虚ろにシェルミーネを見つめていた。


 ジュラードが、微かに嘲笑したようだ。

「そんなものは、あやつが手慰みに作った玩具に過ぎぬ。この者どもと同じく、な」


 半ば瓦礫に埋め尽くされた庭園のあちこちで、光が生じた。

 様々な異形のものたちが、その光の中から立ち上がって来る。

 怪物の群れが、またしても出現していた。


「こんなものではない……大魔導師たるにふさわしき秘術を、ギルファラルは遺した。そのはず、なのだ」

「秘術……大魔導師ギルファラル・ゴルディアックの」

 シェルミーネは言った。


「貴方が、マグレル伯爵に施したもの。死せる人体に魔力を注入し、操り人形とする……大魔導師の遺産たる秘術の、ほんの一端ではないかと思うのですけれど」

「まさしく一端よ。人間を操り人形とする? この秘術の本質はな、そんなところには無いのだよ」


 目に見えぬ力が、ジュラードから流れ出して漂い、怪物の群れを包み込む。一体一体に、注ぎ込まれてゆく。


 魔力。

 シェルミーネやレオゲルド伯爵に容易く倒されてしまうような怪物たちが、今。ジュラードの魔力によって、強化を施されているのだ。


 死せる人体を、操り人形に作り変える。

 あるいは生きた怪物に、力を与える事も出来る。

 それが、この男の魔力なのだ。


「……二十年ほど、前……で、あったかな……」

 怯え、舌も回らずにいたクルバート・コルベムが、ようやく声を発している。


「ゼビエル・ゴルディアック大老が病で死にかけ、だが奇跡的に恢復を遂げた……そう言われている。だが、その実……恢復などしておらず、ゼビエル老は亡くなっていた。今いるゼビエル・ゴルディアックは偽物ではないのか、という噂は確かにあったな」


 怯えた眼差しが、微かに燃え上がりながら、ジュラードに向けられる。


「偽物、ではないにせよ……二十年前、ゼビエル大老の屍に魔力を注ぎ込んだ者がいる。そうではないのかジュラード! ゴルディアック家の長老は、この二十年間! 魔力で動く操り人形だったのだろう!? 先程までの、マグレル伯爵と同じく」


「実験よ」

 ジュラードの声は、暗い。


「この五百年間、ゴルディアック家と関わりあるもの全てを調べ上げ、私は確かに手に入れた。ギルファラルの秘術……その初歩的な、不完全な、ほんの一部だけをな。二十年前、それを私はゼビエルの死体に試した。結果、そこそこ便利な操り人形が出来上がった」


 暗いものが、静かに燃え上がっている。

 ミリエラは、そう感じた。

 燃え盛る暗黒が、闇色のローブに包まれたもの。

 それが、このジュラードという存在なのだ。


「あんなもの、ではない……私が求めているのは……完全なる……」


「復活」

 シェルミーネの声が、微かな震えを帯びる。


「死せる人体に、魔力を注入する。それは、すなわち……死んだ人間を、生き返らせる事。それが、それこそが、大魔導師ギルファラル・ゴルディアックの秘術。その本質、ですのね」


「二十年が限界だ。ゼビエル老は、もはや保たぬ。ここ数日のうちに朽ち果てるだろう。派手な悪あがきの一つ二つは見せてくれる、かも知れぬがな」


 言葉が、眼差しが、燃え盛る闇が、フードから溢れ出してシェルミーネに向かう。

「屍に魔力を注ぎ込む、それでは駄目なのだよ。上手くいったところで操り人形にしかならぬ。死せる人間が生き返った、事にはならぬ」


「誰を……大魔導師ギルファラル卿は一体、どなたを……生き返らせんとして、そのような秘術を」

 シェルミーネは疑問を呟き、すぐさま自身で答えを出した。


「……建国王アルス・レイドック・ヴィスケーノ陛下!?」


「ギルファラルにとってアルス・レイドックは、かけがえのない盟友であった。ヴィスガルドなどという国は、どうでも良かったのだろう……建国の英雄ではない、雑兵出身の若造アルス・レイドックという独りの人間に、あやつは忠誠以上のものを尽くしていたのだ」


 ジュラードは語る。

「ヴィスガルド初代国王アルス・ヴィスケーノの死因に関しては、まあ様々に言われてはいる。一応、病死という事にはなっているが……ともかくギルファラルは、その死を受け入れなかった。あの男の前半生は、盟友アルスと力を合わせて魔王ヴェノーラ・ゲントリウスを打倒するためにあり」


「後半生は……死せる友アルス・レイドックを生き返らせるために、費やされたと。そういう事か」

 クルバートが言った。


「そしてジュラードよ。貴様も、死せる何者かを生き返らせようとしているのか。そのために、ゴルディアック家を長らく利用していた……ギルファラル・ゴルディアックが、本当に完成させて遺したのかどうかもわからぬ、死者復活の秘術を探し出すために。馬鹿げた話だ!」


「復活の秘術を……ギルファラルは、間違いなく完成させた。隠し、遺したのだ」

 そう思える根拠を、ジュラードは語ろうとしない。


 五百年もの間、藁にもすがる思いで探し続けていたのか。

 死せる誰かを、生き返らせるために。


 ふと思い至った事を、ミリエラは口にした。

「…………ヴェノーラ・ゲントリウス陛下……?」

 自分が散々、黒薔薇党で偉そうに語っていた名前である。


「かの御方は……アドラン地方の帝国陵墓に、御自身の復活の手立てを遺されたと……ジュラード殿、貴方はそれ以外の方法で」


 ミリエラの問いには答えず、ジュラードは言った。

「私に力を貸せ、シェルミーネ・グラーク」


 燃え盛る暗黒が、シェルミーネを絡め取ろうとしている。

 ミリエラは、そう感じた。

「死せる者が……大切な誰かが、生き返るのだぞ」

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