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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第62話

「ただ今、戻りました。レオゲルド・ディラン伯爵閣下」

 ミリエラ・コルベムが、ぺこりと可愛らしく頭を下げた。

「ええと、あの……戻りました、というのは不適切で無礼でしょうか」


「いや、御自宅の如く過ごしていただいて一向に構わない。お帰りなさいと申し上げておこう、ミリエラ嬢」

 自邸の庭で、レオゲルド・ディランは客人を出迎えた。

「さあ、お父上にも挨拶をなさい」

「はい。ただ今、帰りました。お父様」


「ミリエラ……よくぞ、無事で」

 ディラン家の客人クルバート・コルベム伯爵が、安堵に声を震わせている。

「気が気ではなかったぞ。お前が……この悪役令嬢と、行動を共にするなどと」


「随分なおっしゃりよう、ですわね」

 護衛としてミリエラに付き添って来た男装の娘が、苦笑している。


 二年前この令嬢は、瀟洒なドレスで大いに着飾り、花嫁選びの祭典を勝ち抜いていった。

 確かに、美しかった。


 だが、とレオゲルドは思う。

 このシェルミーネ・グラークには、男装の方が遥かに似合う。


「ミリエラさんはね、お父上の罪を少しでも軽くするために、宰相閣下との御面会を……ああ、でも下手をすると不正になってしまいますわね。そのような事をしたら」


「……正当な法の裁きであれば、私は受けるつもりだ。だがゴルディアック家に口封じで殺されるのは我慢がならぬ」

 クルバートは言った。

「……自首を、するべきなのか? 私は」


「正規の手順で起訴をされたら、私は貴公を庇う事は出来ぬ。その身柄、法廷に差し出さねばならん」

 レオゲルドとしては、そう言うしかない。


「そうなれば、ゴルディアック家による税の横領が、司法の場でことごとく明らかになる。私の方でもな、我が家におけるクルバート卿の非公式の証言をもとに……ゴルディアック家への不正な金の流入を可能な限り調べ上げ、書類として記し、まとめておいた。法廷に提出する事も出来る」


「……何故、それをしない?」

 クルバートが呻く。

「それをすれば……まあ私は投獄されるにしてもレオゲルド卿よ、貴殿がゴルディアック家を追い落とし、その権勢を全て奪い取る事も出来るのではないのか」


「法の裁きが……正当に行われるのであれば、な」

 口調が暗くなるのを、レオゲルドは止められなかった。


「司法関係者にも、旧帝国系貴族は大勢いる。その者たちが、ゴルディアック家に何かを言われて断る事が、果たして出来るかどうか……下手をするとクルバート卿ただ一人に、全ての罪が押し被せられる。そうなれば投獄では済まぬぞ」


「そんな……」

 ミリエラが青ざめ、よろめく。

 その小さな身体を優しく抱き支えながら、シェルミーネが言った。


「法の裁きに、横槍を入れる……ゴルディアック家の方々が、そのような事をなさらぬよう、働きかけていただくしかないのでは?」


「誰にだ……」

 クルバートの声が、引きつった。

「まさか……よもや……ベレオヌスに助けを求めろと……」


「王弟公爵殿下は、少なくともお話は出来る方ですわ」

「そこが、あの御仁の最も恐るべき所なのだよ。シェルミーネ嬢」

 レオゲルドは言った。


「結果、正当なる法の裁きが行われ……ゴルディアック家が罰せられ、大いに力を失ったとしよう。何が起こるとお思いか」

「…………ベレオヌス公が、さらに力をお持ちになりますわね」


「まあ、それで誰が困るのか……という話にもなるのだが」

 レオゲルドは苦笑した。


 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノは、例えばこのクルバート・コルベムら旧帝国系貴族にとっては、不倶戴天の敵と言うべき存在ではある。

 ただ、民衆に対して暴虐を働くような人物ではない。

 民衆に気付かれぬ搾取を、巧みに行う事はあるにせよ、だ。


 そして、正当なヴィスガルド王族である。

 気力を失った現国王エリオールの次代として即位する事が万一あったとして、大勢の人間が思うよりも、ずっと真っ当な政治が行われるだろう。


「正当な法の裁き、と人は言うが……」

 言いつつ、レオゲルドは空を見上げた。


「この国では、まだまだ権力者個人の力、権力者一族の力が、強すぎる。そういった人々の横槍ひとつで、法の裁きも容易く覆ってしまう……そうならぬためには、民衆が力を持つしかあるまいな」


「…………父が、申しておりましたわ」

 シェルミーネが言った。

「民衆に、力を持たせてはならない……王都の貴族の方々は、そのような思想を共有しておられると」


「民衆という存在を恐れているのだ。我ら貴族は皆、心のどこかでな」

 貴族という生き物の、本能的な恐怖心と言って良いだろう。


「長く貴族など務めていると、わかってくるのだよ。国の統治というものは、いずれ民衆に取って代わられると……ログレム宰相閣下を中心とする国政会議を、シェルミーネ嬢は見たであろう? あの会議も、やがては平民出身者で占められるようになる。その時は、必ず来る」

「ログレム閣下も、同じ事をおっしゃいましたわ」


「ここヴィスガルドも、まあ王国の名前と形くらいは残るかも知れんな。王家というものは、例えば今の王太子夫妻のように、民衆が愛でて喝采を送る対象としてのみ存在が許される……そのような時代になれば、我ら貴族など消えて無くなるだろう。クルバート卿はどう思われる」


「……税を扱う仕事というものはな、民衆の協力が無ければ二進も三進もゆかぬ」

 重い口調で、クルバートは答えた。


「民衆という者どもの、存在の大きさ……嫌でも、思い知らざるを得ない。税の横領など、くそっ。いつまでも続けられるものではないと……わかっていたのに……」


「民衆に……」

 シェルミーネの口調も、重い。暗い。鋭い。剣呑である。

「希望を、自信を、与えてはならない……そのような思想が」


「ある。王侯貴族の人間には、共通して少なからず……無論、この私にも」

 レオゲルドは言った。


「シェルミーネ嬢ならば、そうだな。民衆の支配する時代であっても、たくましく生きてゆけるだろう。令嬢の誇りを失う事なく。だが大多数の貴族は、そうではない。貴族の身分がこの世から失われた瞬間、もはや何者でもなくなってしまう。平民出身者が王侯と肩を並べる存在となる事を皆、恐れているのだ」


「だから……アイリ・カナンは、消された……と?」


 レオゲルドは、答えなかった。

 激情を無理矢理、呑み込むかのように、シェルミーネは問いを変えた。


「…………アラム王子の事は、ご存じ?」

 それもまた、うかつに答えられる問いではなかった。


「アイリさんも、それを知ってしまった。だから……命を、狙われたと。私、そう思っておりましたけれど」


 独り言のように、シェルミーネは呟く。

「もう一つ、二つ……何か、あるような気が致しますわ」


 言葉に合わせて、光が走る。

 シェルミーネは、剣を抜いていた。

 魔力の光をまとう、細身の刀身。


 その一閃が、角のある生首を刎ね飛ばしていた。


 槍のような角を振り立てる、異形の怪物。

 そんなものが突然、出現してクルバートを襲い、シェルミーネに斬首されたところである。


「……なりふり構わなくなって参りましたわね、ゴルディアック家の方々も」

 斬首された屍が、シェルミーネに片足で踏みつけられながら、ぐずぐずと腐り溶けて消滅する。


 クルバートが、か細い悲鳴を漏らした。

 そこへ、ミリエラが抱き付いてゆく。

 父親にすがり付く、と言うよりも、父親を守ろうとしているようにも見えてしまう。


 そんな親子を背後に庇いながら、シェルミーネは見渡した。


 庭園のあちこちに、光の円が描き出されていた。

 それら一つ一つの中から、おぞましい姿が立ち上がり、実体化を遂げてゆく。


 様々な異形が、ディラン邸の庭園に出現していた。


 槍のような角を、剣のような鉤爪を、振り立てるもの。

 毒々しい触手の群れを、全身から生やし、暴れさせるもの。

 四本あるいは六本の腕で、様々な得物を振るい構えるもの。


 どれほどの数か、一目では把握出来ない。

 ともかく。その全てが、シェルミーネに襲いかかる。


 いや違う。

 シェルミーネの背後で身をすくませる、クルバート・コルベム個人の命を狙っている。

 父親にすがり付いて離れようとしないミリエラもろとも、切り刻み叩き潰す動きである。


 その動きが、目映い閃光によって断ち切られた。


 シェルミーネが、舞っていた。

 男装の肢体が柔らかく躍動し、馬の尾の形に束ねられた金髪の房が、ふわりと舞い上がって弧を描いている間。


 斬撃の白色光が、角のある生首を打ち落とし、鉤爪を振るう巨体を両断し、触手の塊を鮮やかに叩き斬る。


 魔力の光をまとう細身の長剣は、一閃する度に、その白い輝きを刀身から迸らせて、広範囲に渡る斬撃の弧を描き出す。


 怪物たちが、その弧に薙ぎ払われて真っ二つに滑り落ち、腐って崩れて消え失せる。


 六本の腕で斧や剣を振り上げ、斬りかかった怪物が、目に見えぬ何かに激突し、揺らいだ。


 シェルミーネが、右手で剣を振るいながら、左手をかざしている。

 優美な五指と掌から、不可視の魔力が放たれ、目に見えぬ盾を形成していた。

 六本腕の巨体が、その盾にぶつかったのだ。


 盾が、そのまま砕け散った。

 六本腕の怪物は、飛散した魔力の破片に切り刻まれてい

た。


「誰かと思えば……グラーク家の、小賢しき悪役令嬢ではないか」

 声がした。

 怪物たちと同じく、光の円の中から出現した、一人の男。

「地方の成り上がり者どもが、我ら帝国貴族に刃向かうか……」


「マグレル・ゴルディアック伯爵」

 レオゲルドは言葉をかけた。

 一応は、顔見知りの相手である。

「貴殿が、この怪物どもを……如何にしてか率いておられる、と。そのような解釈で良いのか?」


「帝国の威光は、異形の人外をも畏れさせ従える!」

 マグレル伯爵が、右手を掲げる。

 その中指で、指輪が禍々しく発光している。

 眼球のような宝石がはめ込まれた、指輪。


 それが、雷鳴を発した。

 宝石の眼球から、電光が迸っていた。


「帝国貴族の栄誉を穢す者! クルバート・コルベム! 私は貴様に滅びの罰を与える。威光に打たれて死ね!」

 などとマグレルが叫んでいる間。


 迸った電光は、身を寄せ合うコルベム親子を強襲……する前に、砕け散っていた。

 レオゲルドが長剣を抜き、一閃させたのだ。


「貴様……!」

「……ゴルディアック家の方よ、これは悪手の極みであるぞ」

 抜き放った刃に、己の気力を流し込みながら、レオゲルドは言った。


「旧帝国系貴族、最大の名家……その人脈と政治力をもって私をじわりと締め上げ、クルバート卿の身柄を差し出すしかない状況に追い込む事も、時をかければ可能であったろうに」


 マグレルが、再び指輪を発雷させる。

 襲い来た電光を、レオゲルドはまたしても、気の光を帯びた長剣で切り砕いた。


「ゼビエル老の血族自らが、このような者どもを率いて我が家へ押し入り、無法を働くとは」

 そして、言い放つ。


「こうなればディラン家としても、力で抗するしかなくなる……おわかりか? 正当防衛を理由として、ゴルディアック家に刃向かう事が出来てしまうのだぞ」

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