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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第59話

 帝国最後の皇帝マルスディーノ・ゲントリウス。

 その父であり前代皇帝たるデルニオーム・ゲントリウス。


 両名は、同じ玄室に葬られていた。

 二つの石棺が、仲良く並べられていた。


 デルニオームの妻でありマルスディーノの母である、一人の女性を、除け者にするかのようにだ。


 大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウス。


 皇帝ではなかった彼女が、単身で一つの玄室を割り当てられている。

 デルニオームとマルスディーノは、まるで彼女から逃げるが如く、遠く離れた玄室で、父子身を寄せ合い眠っている。


 アドラン地方、帝国陵墓。

 巨石像の立ち並ぶ広大な回廊を、イルベリオ・テッドは歩いていた。

 護衛を三名、いささか偉そうに引き連れている。


 顔面から指先、爪先に至るまで、全身を暗黒色の甲冑に包み込んだ剣士が一人。この仲間内では、黒騎士と呼ばれている。

 純白のマントとフードで正体を隠した、白装束の何者かが二人。


 計四人分の足音が、陵墓内の巨大な空間に、寒々しく響き渡る。

 そこへ、イルベリオの呟きが混ざった。


「貴女は、孤独であられた……それだけは充分にわかりましたよ、ヴェノーラ・ゲントリウス陛下」

 死してなお、夫からも息子からも遠ざけられた人物。


「我ら一派は、貴女の黒魔法を……およそ五百年に渡り、受け継いで参りました。私も幼少の頃より、何の疑問も持たず、貴女様の遺されたものを学び続け」


 疑問を抱き始めたのは、いつの頃であったか。

 二十年ほど前。

 王国南部ザウラン地方で、私塾を開いていた頃は、偉大なる魔法使いの秘術を後世へと伝えてゆく事に、何の疑問も抱いていなかった。


 表向きは、読み書きや数字の扱い方を教える私塾である。

 魔力の素質がある子供には、密かに魔法を教える。


 そんな私塾に、領主ゲラール家の令嬢が通い始めた。

 魔力の素質はそこそこにある上、利発な令嬢であった。


 ある時、彼女は言った。

 イルベリオ先生の魔法は、凄いですね。

 その力があれば……大抵の事が、出来るのではないですか? どんな酷い事も出来そう。少し恐いわ、と。


「私は愚かでした。ラウラ嬢の、その言葉を聞くまで……まるで、思い至りもしなかったのです」

 護衛の三名は、何も言わない。聞き役に徹している。


「ヴェノーラ陛下……貴女の力は、魔法は、とてつもなく危険なものであると。後世に伝えては、ならない……のではないか、と」


 ラウラ・ゲラール嬢は、やがてゴルディアック家へ嫁いだ。

 魔法を教え続ける事は、出来なくなった。


 それを、きっかけとする事は出来たのであろうか。

 イルベリオは私塾を畳み、旅に出た。


 ヴェノーラ・ゲントリウスの黒魔法は、後世に伝えてはならない。自分の代で、終わらせなければ。

 そう思った。


 しかし、出会ってしまったのだ。

 魔力の素質の塊、と言うべき一人の少女と。

 魔法使いの道を歩めなければ、不幸になるしかない。

 そんな、一人の令嬢と。


「ルチアお嬢様……」


 ルチア・バルファドール。

 彼女の心は、鬱屈した憎悪そのものであった。

 旧帝国系貴族バルファドール家という環境が、幼い彼女から、憎しみ以外の感情を全て奪い取ったのだ。


 憎しみ以外の感情が育たなかった少女に、イルベリオは教授してしまった。

 自分の代で終わらせなければ、と決めていたはずのものを。


「私は……怪物を、悪魔を……育ててしまった……」


 立ち止まる。

 大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの、玄室の前である。


「ヴェノーラ・ゲントリウス。貴女の遺した黒魔法は、まずは私を狂わせた……私から、正気を奪った。私は……」


 ルチア・バルファドール。

 彼女は、悪しき素質の塊。

 言ってみれば、魔王の原材料であった。


「魔王を、育て上げる……その誘惑に抗う正気を、貴女は私から奪ってしまった……一体、どうして下さるのですか……ヴェノーラ陛下……」


 イルベリオは、振り返った。

 無言の聞き役に徹していた護衛三名に、言葉をかけてみる。

「このような私を……君たちは、許せますか? 殺してくれても一向に構わないのですよ」


 三名とも、何も言わない。

 いや、白装束の一人が何かを言おうとしたのか。


 その時。地響きが、起こった。

 陵墓そのものを揺るがすかのような、それは巨大な足音であった。


 立ち並ぶ巨石像が、動き始めている。


 石造りの巨体が、二体、三体、いや五体以上。

 地震の如き足音を響かせ、広大な回廊あちこちから歩み寄って来る。

 イルベリオを、護衛三名もろとも踏み潰す足取りである。


「ほう、これは……」

 ぼんやりとした魔力の発動を、イルベリオは感じてはいた。

 ぼんやりとしてはいるが強大な、古の魔力。帝国時代の魔力。


「……魔像、ですね。私では、これほど巨大なものは動かせません。なるほど……侵入者を始末するための罠が、今ようやく作動し始めたというわけですか」


 魔像。

 無機物を生命体の如く動かす魔法で、まずは小さな人形を動かすところから習い始める。

 習熟すると、空っぽの全身甲冑を生身の剣士のように動かす事も出来るようになる。


 これほど巨大な石像を複数、これほど滑らかに歩行させる魔法術式を、五百年後も間違いなく発動させる。


 単独の術者によるものだとしたら、その者は、想像を絶する力を持った魔法使いである。


「まさか……ヴェノーラ・ゲントリウス本人?」

 呟くイルベリオに、巨石像の足が迫る。


 黒い人影が走り出し、白い斬撃が閃いた。


 イルベリオを踏み潰す寸前であった巨大な片足が、膝の辺りで切断され、近くに落下して地響きを立てる。


 闇そのものを板金加工したかのような甲冑姿が、音もなく着地していた。


 黒騎士だった。

 その両手が、白色の刃を抜き構えている。


 白く発光する、左右二本の長剣。

 その光は、気力の輝きだ。


 輝ける斬撃で片足を切断された巨石像が、ぐらりと倒れる。

 黒騎士は跳んだ。

 全身甲冑の重量をまるで感じさせない、猛禽の離陸にも似た跳躍。


 光まとう双剣が空中で幾度も閃き、白い斬撃の弧が複数、倒れゆく魔像を撫でては消える。


 巨石像は、撫で斬られていた。

 石造りの豪腕が、胴体が、つるりと綺麗な断面を晒しながら崩落してゆく。輪切り、である。


 巨大な石の生首が、イルベリオの方に落下して来た。


「ヴェノーラ陛下、御本人……では、ないでしょうね」

 若い男の、声。


 白装束の一人が、ようやく言葉を発しながらイルベリオを背後に庇い、片手をかざしている。


 魔像の生首が、砕け散っていた。


 目に見えぬ防壁が、イルベリオたちを包み込む形に発生している。

 巨石像の生首がぶつかった瞬間だけ、光の紋様が見えた。


 古の唯一神教、聖なる秘文。

 光で書かれたそれが、強固な防壁となり、巨大な生首を跳ね返しながら粉砕していた。石の破片が、大量に散った。


「大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウス陛下は、確かに……御自身の復活の手立てを、この陵墓に遺された。一方、その復活を妨げる力を仕掛けた者もいる」


「ヴェノーラ・ゲントリウスと、敵対していた魔法使い……」

 押し寄せる巨石像たちを見つめ、イルベリオは言った。


「……大魔導師ギルファラル・ゴルディアック。なるほど確かに、魔像使いの術に長けていたとは聞きます」


 五百年前の大魔導師が遺した魔像たちに、黒騎士が単身、挑みかかって行く。

 加勢に動こうとしたイルベリオを、白装束の青年が止めた。


「ここは黒騎士殿にお任せしておきましょう。イルベリオ先生……貴方には、するべき事があるはず」

「……力を、貸してくれますか。クリスト司祭」

「こういう時のために、僕はいます」

 白いフードの陰で、整った口元が優しく微笑む。


 押し寄せる巨大な魔像たちが、黒騎士を踏み潰そうとしながら、あるいは巨石の拳で叩き潰そうとしながら、双剣の反撃を受けて滑らかに切り刻まれ、崩落する。


 その光景に背を向け、イルベリオは白装束の二名を従え、ヴェノーラ大皇妃の玄室へと入って行った。


 玄室の中央に鎮座するは、帝国末期の最高権力者が眠る、豪壮な石棺。


 やはり、とイルベリオは感じる。

 この棺の中には、単なる遺体ではない何かがある。


 眠っている、と言うより封じられている、のではないか。

 建国王アルス・レイドックの同志であった、大魔導師ギルファラル・ゴルディアックによって。


「先程ルチアお嬢様より、念話が届きました。大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの復活、その手段を誤りなく突き止め確保するように……と」

 イルベリオは言った。


「御自身の復活の手立てを、ヴェノーラ陛下は遺された。それが何であるのかは……もはや、御本人様より教授賜るしかありません」


 石棺を、イルベリオは見つめた。

「大魔導師ギルファラル自らが、この棺に封印を施した……のであれば、私ごときに破れるはずもなし。出来る事が、あるとすれば」


「石棺の中、封印の奥にいらっしゃる、どなたかと……意思の疎通を試みる。問いかける。それが出来るのは貴方だけです、イルベリオ先生」


「クリスト・ラウディース司祭。君の協力を得る事が出来たのは幸運でした。唯一神の御加護を……実質的な力として、この私に施して下さい。私ごときがヴェノーラ・ゲントリウスと対峙する、それには聖なる力の助けが必要です」


「僕はもう、司祭ではありませんよ。教会は、とうの昔に破門となりました」

 フードの下で、クリスト・ラウディースは苦笑をしたのか。


「それでも、唯一神は僕をお見捨てにはならなかった。聖なる魔力は失われていません……やりましょう、イルベリオ先生」


「何が起こるか、わかりません」

 白装束に身を包んだ、もう一人に、イルベリオは言葉をかけた。

「最悪の場合……大変申し訳ないとは思いますが、その身を呈して私とクリスト司祭を守って下さい。君が、頼りです」


 フードに隠された顔が、少しだけ動いた。

 頷いたのだ、とイルベリオは思う事にした。

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