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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第58話

 帝国末期。

 下級貴族の令嬢であった魔法使いの少女ヴェノーラは、その年に行われた花嫁選びの祭典を勝ち抜き、皇太子デルニオーム・ゲントリウスの妻となった。


 この婚礼は当時、帝国の民に、少なくとも今日におけるアラム・ヴィスケーノ王子と平民娘アイリ・カナンとの結婚ほどには、祝福されなかったようである。


 大勢の人々が、皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスを忌み嫌い、それ以上に恐れた。

 魔女として、魔王として、独裁者として。


 デルニオーム皇子は、やがて即位して皇帝となったが、実質的な権力を全く持っていなかった。

 飾り物の君臨者であった。


 帝国の政治は、皇帝周辺の大貴族たちによって執り行われていた。壟断されていた、と言っても良い。


 ヴェノーラ皇妃は、大貴族たちの悪事を暴き、あるいは捏造し、正義の懲罰を大いに実行して、ついには皇帝家に政権を取り戻した。


 否。皇妃ヴェノーラ・ゲントリウス自身が、政権を握った。

 夫デルニオームは、飾り物の皇帝のままであった。


 やがてヴェノーラ皇妃は、皇子マルスディーノを出産した。

 夫デルニオームも、息子マルスディーノも、権力者ヴェノーラ・ゲントリウスの付属物であった。

 帝国の民には、そう見えていたようだ。


 民に対しても、家族に対しても、ヴェノーラ皇妃は独裁者として振る舞った。


 そしてデルニオーム皇帝は、肩身の狭さに耐えかねたかの如く病に罹り、崩御した。


 ヴェノーラ皇妃は、すぐさま息子マルスディーノを即位させ、皇帝の母となり、権勢を磐石のものとした。


 この時代。大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスが、どれほどの暴政を行っていたのか、どの程度に非道な行いを重ねていたのかは、実のところわかってはいない。


 帝国を滅亡に導いた、悪逆の独裁者。

 そう言われる人物ではある。


 だが。帝国の腐敗は、大貴族たちが政権を握っていた時代からすでに始まっていた、とも言われている。


 腐敗の極みにあった帝国を立て直すために、ヴェノーラ大皇妃は強権を振るった。振るわざるを得なかった。

 そう、言われてもいる。


 少なくとも、この黒薔薇党という集団に属している人々は、それを信じて疑っていないようである。


「何……ですと……」

 黒薔薇党の代表者サリック・トーランド伯爵が、息を呑んだ。

「貴女がたは……アドランの、帝国陵墓に……」


「はい、住んでいます。なかなか、いい所ですよ?」

 ルチア・バルファドールは、にっこりと笑って見せた。


「広いし、面白い石像がそこらじゅうにあって飽きないし。何よりも……ヴェノーラ・ゲントリウス陛下の存在をね、確かに感じられるんです。だって御本人様が眠っておられるんですから」


 サリック伯爵の屋敷。

 本日も、愚かしい集会が催されている。


 旧帝国系貴族、と言ってもゴルディアック家やライアット家とは違う下層の人々が集まり、帝国時代の偉人ヴェノーラ・ゲントリウスの業績を語り合い讃え、悦に入る。


 そうする事で、帝国の栄光を感じていられる。ヴィスガルド王国の体制を、否定している気になれる。


 そうしなければ心の安寧を保てない、哀れな人々なのだ。


 哀れむべき人々に、ルチアは語りかけた。

「ヴェノーラ・ゲントリウス陛下は、確かに……御自身の大いなる復活のための手立てを、かの陵墓に遺しておられます。皆様の悲願、叶いますよ。必ず」


「大皇妃……ヴェノーラ・ゲントリウス陛下の、御再臨……」

 黒薔薇党の人々が、口々に言葉を発する。


「偉大なる帝国の栄光が、この世に蘇る……」

「ヴェノーラ陛下が、我らをお救い下さる!」


「だ、だがルチア嬢よ。帝国陵墓の入り口は、ヴェノーラ陛下の御秘術によって閉ざされ、封印がなされていたはず……それを、解除したと言うのか?」

 懐疑的な者もいる。


 ふっ、とルチアは微笑みを向けた。

「今、陵墓は開いています。入れますよ、貴方たちでも。確かめに来ますか? 王都を離れる覚悟があるなら、ね」


「無理無理。この連中が王都を離れるなんて無理ですよぉ、ルチアお嬢様」

 マローヌ・レネクが、嘲笑った。

 美しい、とは言える顔が一瞬ぐにゃりと歪み曲がった。


「結局ね、こいつら自分で動くって事が出来ないんだから。いつかは、自分に都合のいい世界が出来る。誰かが、そういう世界を作ってくれる……それを夢見てねぇ、こうやって安全な場所で騒ぐだけ。生かしとく理由って、あります? ね、お嬢様。召喚の餌とかにしちゃったら駄目ですか? このゴミども、そのくらいしか存在価値が」


「……そう言ってやるなマローヌ・レネク。誰もがな、そなたらのように出鱈目な力を持てるわけではないのだ」


 声がした。

 黒薔薇党の党員たちが、さっと左右に分かれて道を空けた。


 進み出て来たのは、小太りの、冴えない年配男性である。

 細身の青年と、大柄な獣人に、護衛されている。


「お連れしました、ルチアお嬢様。国王陛下っす!」

 青年が明るい声を発し、獣人がニャーンと鳴いた。


 リオネール・ガルファと、クルルグである。


「きゃー! クルルグ君、帰って来たあ。おっかえりーなさいっ!」

 マローヌが喜び叫び、たおやかな肢体をグニャリとねじ曲げながら、獣人の若者に駆け寄って行く。


「ねえ慰めて慰めてっ、もふもふしてー! バカしかいなくて私、傷ついちゃったのよう」

「はっはっは、キモい動きでクルルグ君に近付いてんじゃねーってのゲテモノがよぉ」


 笑いながらリオネールが、片刃の長剣を抜き放ち、マローヌを叩き斬った。

 そう見えた。


「はぁん? チャラっついたお猿のクセに何、クルルグ君と一緒に行動しちゃってるわけ? ねえちょっと」


 マローヌの細身が、片刃の刀身を包み込むようにグニャリと変形していた。

 包み込まれる前にリオネールは剣を引き戻し、構え直す。


「お前ほんとキモいわ。そこそこ役に立つのは認めてやるからさぁ、お嬢様やクルルグ君の視界に入らないでくんね? マジで」


「うっふふふふふ、アンタこそ。お猿はおサルらしくしてなさいってえの。そしたら餌あげるから、飼い慣らしてあげるから。ルチアお嬢様の、お役に立ててあげるからぁあ」


 マローヌのねじ曲がった全身から、巨大な寄生虫のようなものが大量に溢れ出して伸びうねり、キシャーッ! と牙を剥いた。


 黒薔薇党の党員たちが、どよめいている。

 だが、恐慌に陥ったり、逃げ出したりする者はいない。


 こうなった時のマローヌは、癇癪ひとつで人間を殺害する。全員、その様を目の当たりにしている。


 それでも、この集会から逃げようとする者は一人もいない。


 黒薔薇党という、この鬱屈した下級貴族の集団を、ルチアはいささか見直す気になっていた。

(使い物になる……かもね。この連中)


「何それ、はらわた? 意味わかんねーっての、お前ホントいつ見ても」

 リオネールは、嫌悪を隠そうともしない。


「きったねえカラダの中身、晒してんじゃねえって。お嬢様もクルルグ君も、いる所でさあ……マジ生かしておけねーわ、このハラワタ丸出しクソ女」


「ざーんねんでしたあ、コレはらわたじゃありませえぇぇえん。言わなかった? 私の身体の中身、半分くらい前払いしてあるって。ある偉大な御方に、ねえ……これはぁ、その契約の証」


 マローヌの言葉に合わせて、寄生虫のようなものたちが暴れ蠢いて牙を剥く。


「ちょうどいいわ。アンタ性格は腐ってるし頭の中身も残念だけど、身体だけはバカみたいに健康だからね……あの御方も、きっと喜んで下さる。生贄になりなさぁーい」


「テメーはよ、性格も頭も身体も全部腐ってて使えるトコ残ってねーし! 生ゴミは切り刻んで肥料にするしかねえワケで!」


 リオネールが、本気の殺意を漲らせて斬りかかる。

 マローヌが、牙あるものたちを伸ばして迎え撃つ。


 その殺し合いに、柔らかな獣毛の塊が割って入った。

 にゃーん、と鳴き声を発しながら。


 衝撃が起こった。クルルグの、拳。


 リオネールの強靭な細身がへし曲がり、マローヌの歪んだ肢体がさらにグシャリと歪んでいた。


「うっぐぅ……さ、さすがぁ……クルルグ君の突っ込みはキツいっすねえぇ……」

「ああん……男女平等……」


 苦しみ呻き、だがどこか心地良さげなリオネールとマローヌを、クルルグがぞんざいに引きずって行く。


 見送りながら、ヴィスガルド国王エリオール・シオン・ヴィスケーノは言った。

「黒薔薇党に……なかなか楽しい者たちが、加わってくれたようだな」


「すいません国王陛下。礼儀を身に付ける知性の代わりに、いろいろと得難い才能を獲得している子たちです。お役には、立ちますから」


 ルチアは応え、名乗った。

「ルチア・バルファドールと申します。よしなに」


「バルファドール家は、旧帝国系貴族の中でも特に由緒ある家柄……で、あったようだが」

 エリオール王が、興味深げに言った。


「……皆殺しの憂き目に遭った、と聞いている。ただ一人の令嬢が現在、行方をくらませているそうな」

「ちょっとね、お掃除をしただけです」


「なるほど……ふふふ。私も、ここにいる者どもと一緒に、大掃除をされてしまうのかな」

「しませんよ、そんな事。今はまだ、ね」


 どんよりと疲れ果てた国王の瞳を、ルチアは見据えた。


「……ねえ国王陛下。アイリ・カナン王太子妃の事は、ご存じですか?」

「心優しい嫁であった。私のような無能者にも、色々と親切に振る舞ってくれたものだ」


「何故……過去形で?」

「過去の事だからだ」


「……今現在のアイリに関しては、何かご存じ? 王宮にいるの、偽物ですよね」

「本物が、いつか帰って来ると良いな」


「教えて下さい、国王陛下」

 エリオールの澱んだ眼差しからは、ルチアは何も読み取れなかった。


「どうして……アイリは、王宮から逃げ出さなきゃいけなかったんですか? 誰が、アイリの……命を、狙ったんですか」

「何か、知ってはならぬ事を知ってしまった……のかも知れんな。アイリ・カナンは」


 根拠もなく、ルチアは思った。それは、直感だった。


 知っている。

 この国王は、全ての事情を知っている。


 ルチアの魔法は基本的に、直接的な破壊と殺傷にしか用をなさない。

 国王を、今から拷問にでもかけるか。


 いや。イルベリオ・テッドであれば、自白を引き出すような魔法を何か使えるのではないか。


「……なるほど。ルチア・バルファドールよ、そなたの目的は仇討ちか」


 仇討ち。エリオールは、そう言った。


 この国王は今、明確に告げたのである。

 アイリ・カナンは殺されたのだ、と。


「……大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウス」

 エリオール王は、言った。


「帝国時代の怪物が蘇り、この糞溜めのようなヴィスガルドという国を滅ぼしてくれる……のであれば、私は愉しい。喜ばしい」


 無気力な国王の口調に、何かが宿った。

 ルチアは、そう感じた。


「復活の手立てがある、と申したな? ルチア・バルファドール……ならば、帝国の魔王ヴェノーラ・ゲントリウスを蘇らせて見せよ。その後、私が生きていられたなら……語ってくれようぞ。心優しく健気で哀れなアイリ・カナンに関する全てを、な」

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