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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第47話

 しばらくは、小便に血が混ざるだろう。

 ぼんやりと、ガロム・ザグは、そんな事を思った。


「テメエみたく、なめたガキは見た事がねえ……」

 凄まじい力で、髪を掴まれた。

 頭皮が剥がされる。そう感じた。


 血まみれのガロムを、ゼノフェッド・ゲーベルは、物のように掴んで引きずり起こしていた。


 この熊にも似た大男が、充分とは言えぬまでも手加減をしてくれているのは、ガロムも辛うじて理解は出来る。


 殴り殺してしまわぬよう、本当にぎりぎりのところで自制を利かせてくれている。

 殴り殺してしまったら、それはそれで仕方がない。

 そう思っている事も、わかる。


 ガロムは今、この大男に、生殺与奪の権を完全に握られていた。

 殴られ、蹴られ、叩き付けられた。


「そこまでに、しておけ」

 ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵が言った。


 王宮より豪奢と言われる、王弟公爵の私邸。

 その一室でガロムは今、王弟に対する不敬の懲罰を受けていた。


 巨大な肥満体を寝椅子に沈め、ベレオヌス公はそれを見物している。


 その周囲に控えているのは、精強極まる護衛兵団。

 全員が、ガロム1人に、殺意そのものの眼差しを注いでいる。


 殺意の実行を止めてくれているのが、このベレオヌスという人物だ。

「のうガロム・ザグよ。そなたがな、レオゲルド伯爵あるいはシェルミーネ・グラーク嬢より何事かを命ぜられ、この私に近付いて来た……わけではない事は、まあわかる」


 召使いが恭しく注いだ酒を、ベレオヌスは飲み干した。

 ガロムを見据える目は、どんよりと酒気を帯びている……ようでいて、不気味な鋭さを失っていない。


「そなた自身、何かしら目的あっての事であろう。己の考えを、意志を、しっかり定めているのであろうが、しかしガロムよ。それは、あまり意味がないのだ。そなたが私に近付いて来た、その真の目的は、さして重要ではない。わかるかな」

 ベレオヌスが言う。


 ゼノフェッドが、ガロムを解放した、と言うより放り捨てた。

 床に激突し、血飛沫を散らすガロムに、ベレオヌスはなおも言葉を押し被せてくる。


「そなたを拷問する事も出来る。その口から、ベレオヌス暗殺をレオゲルド・ディラン伯爵より命ぜられた、という言葉が出て来るまで……な。そなたの真の目的はどうあれ、レオゲルド卿が私の敵に回った、という事になってしまう」


 ベレオヌスの傍らに、いつの間にか、直立した猪のような男が佇んでいた。


 護衛隊長ドルフェッド・ゲーベル。

 戦闘だけでなく拷問も出来るのだろう、とガロムは思った。

 拷問で、真実ではなく偽りの証言を引き出す。

 ベレオヌス公にとって都合の良い証言のみを、拷問で引きずり出す。

 そのような事を、してきたのだろう。


 ベレオヌスは、なおも語る。

「そなた1人の問題では、なくなってしまうのだよ。レオゲルド卿のみならず、そなたの仕えるグラーク家にも災いが及ぶ」


 シェルミーネにも、災いが及ぶ。

 ガロムは今、そう言われているのだ。


「……権力者に近付くというのは、そういう事だ。肝に銘じておくのだな、ガロム・ザグ」

 もう1杯、ベレオヌスは酒を飲み干した。


「腕の良い鍛冶屋がおる。そなたの新しい武器は、造らせておこう。ドルフェッドよ、ガロムの面倒を見てやるが良い」

「…………はっ」

 ドルフェッドが、ガロムに肩を貸してくれた。

 分厚い、力強い肩だ。


「手酷く、やられたな……すまん若造。この馬鹿は、加減というものを知らんのだ」

「…………いや……充分に、手加減をしてもらった……」


「礼を、言わねばならんな」

 ドルフェッドの口調は、優しい。

「我らの警護の甘さを、お前は痛烈に指摘してくれた」

「そんな……偉そうな事をした、つもりはないよ。俺はただ」


 そこで、ガロムの言葉は潰れた。呼吸も潰れた。

 身体が、前屈みにへし曲がった。

 ドルフェッドの拳が、鳩尾に叩き込まれていた。


「だから俺も、貴様の甘さを指摘しておこう……図に乗るなよ、小僧が」


 そんな言葉に何も応えられず、ガロムは倒れ、身を丸め、のたうち回った。

 悲鳴は出ない。呼吸も発声も、ままならない。


 ベレオヌス公は、ただ美味そうに酒を飲んでいた。


「シェルミーネ様は……本当に、悪役令嬢なのですねえ」

 ミリエラ・コルベムは、大きな目を丸くした。

「男の人を、自由自在に操ってしまうなんて」


「うふふふふふふふ、その通り。この世の全ての殿方は、私の思うがまま! 何かおねだりする必要もなく皆様、私の望む事を勝手に読み取って実行して下さいますわ! 忖度ですわ!」


 高らかに、シェルミーネ・グラークは笑っている。

「ミリエラさんもね、殿方に忖度していただけるような御令嬢にお成りなさいませ」


「忖度ですか。こちらからは何も言わず、男の人にただ察してもらう。空気を読んでもらう。そんな事、出来たら素敵ですねえ」


「殿方にね、わがままを言って甘える、わがままを全て聞いていただく、叶えていただく。そんなものは二流の悪役令嬢ですわ。一流とは! 自らは、何も為さない事。何も言わず、おねだりもしない、それでも殿方が察して下さる事! 動いて下さる事! ああ、もう、本当に! 勝手に動いてしまう殿方って、厄介の極みですわ!」


 ここがレオゲルド・ディラン伯爵の私邸内でなければ。屋外であれば。自分ミリエラもレオゲルド卿も、近くにいなければ。

 シェルミーネは長剣を抜き放ち、抜き身で素振りをしていただろう、と思いながらミリエラは言った。


「ガロムさんは、とても行動力のある人ですよね。素敵だと思います。口だけの男の人より、ずっと」


 ガロム・ザグが、王弟ベレオヌス公爵のもとへ向かった。

 何かを探り出す、つもりなのだろうという事だけは、ミリエラにもわかる。


「誰にも相談をしない、というのは……行動力が、あり過ぎかとも思いますけど」

「相談……したと思いますわ。あのお馬鹿さんは、レオゲルド伯爵に」


 ちらり、とシェルミーネが、この邸宅の主を睨む。

「……止めては、いただけませんでしたの?」


「止めたら、あの若者は黙ってここを出て行っただろう」

 レオゲルド・ディランは答えた。

「男の馬鹿さ加減というものを……貴女は少し、甘く見ていたようだな。シェルミーネ嬢」


「まさしく……ガロムさんは、まさしく。行動力のある、お馬鹿さん……」


 シェルミーネ・グラークとガロム・ザグは、ここ王都ガルドラントに、何かを調べ上げるために来たようだ。

 詳しい事情を、ミリエラは知らない。


「お馬鹿さんがね、頑張って無理をして忖度をする! とっても残念な事にしかなりませんわ、まったくもう!」

「上手くやるかも知れんぞ。あやつの有能さは、シェルミーネ嬢もご存じであろう」


 レオゲルド卿の言う通りかも知れない、とミリエラは密かに思った。

 行方をくらませていた父クルバートを捜し出してくれたのは、ガロムである。


 父は、この屋敷にいる。

 母バレリアは、黒薔薇党に身を寄せている。


 あとは両親に、仲直りをしてもらうだけだ。


 そしてそれは、ミリエラ自身の手で達成せねばならない。

 ガロムにも、シェルミーネにもレオゲルド伯爵にも、頼る事は出来ない。


「……私ちょっと、ベレオヌス公爵とお話を致しますわ」

「ガロムを返せ、という話か」


 ガロムの自由意思など、シェルミーネは一切、考慮するつもりはないのだろうとミリエラは思う。


「面会のお約束、どのように取り付ければよろしいのかしら。レオゲルド卿にお願いする事、出来まして? ご無理であれば今から私が直接お伺いを」


「貴女が行けば、確かに会ってはくれるかも知れん。だが待て、シェルミーネ嬢」

 レオゲルドは言った。


「実はな、貴女に会いたいという人物がいる。私に、面会の仲立ちを頼んできたのだ。ベレオヌス公を相手に揉め事を起こす、前に会っておくべきだと思う」

「ふん? 何とも物好きな御方がいらしたもの……」


「王国宰相、ログレム・ゴルディアック侯爵だ」


「…………冗談で出せるお名前、ではありませんわね」

「宰相閣下は現在ゴルディアック家において、孤立無援と言うべき状態に陥っておられる」


 ゴルディアック家。

 旧帝国系貴族としては、コルベム家とは比べ物にならぬ名門である。


 そして。

 父クルバートは、ゴルディアック家のために、何かしらの悪事を働いていたという。


 ゴルディアック家の当主が、シェルミーネに面会を求めている。

 自分も同席したい、とミリエラは強く思った。


「孤立、無援……」

 シェルミーネが、綺麗な顎に片手を当てた。


「宰相閣下が……お味方を求めていらっしゃる、と?」

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