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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第46話

 兵士が5人、吹っ飛んだ。


 1人は胴体がちぎれ、臓物を空中にも地面にもぶちまけている。

 2人は石畳に激突し、首の骨を折って絶命した。


 残る2人は、受け身を取って立ち上がった。


 負傷し、血まみれではあるが、戦意を失う事なく槍と長剣を構えている。

 不可視の攻撃の、かわし方・防ぎ方を、身体で覚え始めている。


 やはり侮れぬ戦闘集団だ、とガロム・ザグは思うしかなかった。

 精鋭と言って良い。


 彼らが盾となって、王弟公爵ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノを護衛している間。


 この戦闘部隊の指揮官であるドルフェッド・ゲーベルが、最前線で槌矛を振るう。

 彼の息子ゼノフェッドが、戦斧を叩き込む。


 相手は、影の塊、としか表現し得ぬ怪物である。

 この場に……この世にいない何者かが、この世に影を落としている。


 その影が、揺らめいた。

 黒い炎、にも見えた。


 揺らめき伸びた、黒い炎が、ドルフェッドを叩き飛ばし、ゼノフェッドを打ち据える。


 白い光の破片と、鮮血の飛沫が散った。

 ゲーベル父子は、吹っ飛んで石畳に激突していた。


 両名が、血まみれのまま辛うじて立ち上がろうとしている、その間。

 影の塊が、またしても破壊の魔力を放った。


 よく見ると完全な不可視ではなく、うっすらとした光として目視出来なくもないそれが、ベレオヌス公爵に向かって迸る。


 負傷した兵士たちが、躊躇う事なく、公爵の肥満体を背後に庇う。


 そんな彼らの前方で、ガロムは牙剣を振るった。

 左右、2本の牙剣に、充分な気力を流し込んで振り下ろす。

 微かに視認出来る光となって襲い来る、破壊の魔力に向かってだ。


 牙剣が、2本とも砕け散った。

 破壊の魔力も、粉砕されていた。


 粉砕の衝撃が、ガロムを吹っ飛ばしていた。


 庭園の石畳に、激突する。

 そこは、豪奢な椅子に肥満体を座らせて酒を飲む、ベレオヌスの傍らだった。


「頑張るのう」

 暢気な言葉を、ベレオヌスはかけてきた。


「よもやレオゲルド卿から、私を守るよう言われて来たのか? 何にせよ素晴らしい心がけである。そなたが私を守る事は、そなた自身は無論、レオゲルド卿を守る事にもなる。あのシェルミーネ・グラーク嬢をも、な」


 ガロムは、武器を探した。

 砕け死んだ兵士たちの遺品が、散乱している。


「下にいる者たちが、上に立つ者を守り、支える。それで色々と上手くゆくのが人の世だ。そなたもな、この機会に私を殺そうなどと考えるな。私がいなくなったところで、そなたが上に立てるわけではない。下にいた者が上に立つなど、あってはならぬ事なのだ」


(だから……アイリ・カナン妃殿下を、殺したのか)


 その言葉を、ガロムは飲み込んだ。

 今はまだ、それを直接、問いかける段階ではない。

 問いかけたところで、この人物が答えてくれるわけがない。


 長剣を1本、ガロムは拾い上げた。


 影の塊が、動きを止めた。


『ふむ……これは』

 黒い炎、のようでもある姿が、言葉を発しながら、蜃気楼の如く薄らいでいった。


『……何かしらの不運があったようだな、人間の娘よ。影の定着が……解かれてしまう……』

 声が、聞こえなくなってゆく。

 姿が、見えなくなってゆく。


『まあ……この程度の事であれば、あと何回は、してあげても良い。それだけのものは……支払ってもらった……』


 影の塊は、消え失せた。


 影を作るための光源が、遮断されたのだ、とドルフェッド・ゲーベルは感じた。


「父ちゃん!」

 息子ゼノフェッドが、熊のように駆け寄って来る。

 自分が片膝をついている事に、ドルフェッドは気付いた。


「……騒ぐな、馬鹿が」

 呻く父親を、息子の豪腕が容赦なく掴み起こす。

「と、父ちゃん! 俺たち勝ったんだよな!? 俺たち最強ブチ殺し軍団の大勝利なんだよなあ!」


「それは、どうかな」

 声がした。


 失態だ、とドルフェッドは思った。

 自分がベレオヌス公に仕え始めて以来、最大級の失態である。


「てめ……ッ! このガキがぁああ!」

 ゼノフェッドが吼えるが、動けない。


 ガロム・ザグが、ベレオヌスに長剣を突き付けていた。


「まさか、とは思うが……俺を、信用していたのか」

 王弟公爵の、でっぷりと弛んだ首筋を、ガロムはいつでも切り裂く事が出来る。


「俺が……激戦のどさくさに紛れ、この人物に近付くのを許してしまった。あれほど俺を警戒していた、あんたたちが」

 淡々と、ガロムは言った。

「何やら共闘のような事を少しやっただけで、俺を信じてしまったのか」


「そう言ってやるな。あれほど恐るべき怪物が、私の命を狙ったのだ」

 殺される寸前のベレオヌスが、穏やかな声を発している。


「戦える者がいるなら背中を任せねば、という状況にもなるであろう」

「それは、わかります」


「……なあガロム・ザグ。私はな、そなたが愚か者であるとは、どうしても思えんのだ」

 ベレオヌスの口調は、落ち着いたものだ。


「私を殺したところで、そなたは何を獲得する? よもや権力を握れる、などと思っておるわけではあるまい。何もないのだぞ、殺す事で私から奪えるものなど」


「俺は……」

 ガロムは、長剣を放り捨てた。


「貴方の護衛部隊は、恐ろしく強い。だが……王国で一番、命を狙われている人物の身を護るには、それでも不充分だという事を証明したかったんです」


 殺意、以外のものが、ドルフェッドの心の中から消え失せた。


 燃え盛る殺意の眼光を、生き残った兵士全員から浴びながら、ガロムは王弟公爵に向かって跪いた。


「ベレオヌス公爵……俺を、雇いませんか」


 おぞましい悲鳴が、大広間に響き渡った。


 先程ここで殺されたボーレッド・アドスン伯爵とカイル・クロム男爵も、断末魔の絶叫を張り上げていたものだが、比べものにならないほど耳障りである。


 人間の口から、このような悲鳴が出て来るものなのか、とサリック・トーランドは思った。


 牙のある臓物の群れが、マローヌ・レネクの背中から現れ、バレリア・コルベム夫人の全身あちこちに喰らいついている。

 バキバキと骨の噛み砕かれる音に合わせ、大量の血飛沫が迸った。


 バレリアの絶叫には、肺や気管を食いちぎられる音も混ざっている。


「不味いし、うるさい……」

 マローヌ・レネクは、機嫌の悪さを隠そうともしない。


 紛い物の左目が、ギロリと禍々しく輝いた。

 細い胴体から溢れ出した牙あるものが、バレリアの身体を放り捨ててギシャアアアッ! と凶暴にうねる。


 この場にいる、黒薔薇党の党員ことごとくを喰い殺してしまいかねない凶暴さだ。


「……わかってるのかな……ねえ、ちょっと貴方たち」

 人間の身体、と呼べる部分が一体どれほど残っているものやらわからぬマローヌが、トーランド邸の大広間全体を睨み回し、言い放った。


「私はね? ベレオヌス公爵なんて人、別に生きてようが死んでようが全然どうでもいいわけよ。貴方たちでしょう? あの人に死んでもらいたいのは。何で邪魔するわけ? ねえ。こういうトチ狂ったババアが1匹いるって、わかってんならさあ! 前もって殺処分して私の邪魔にならないようにしとかなきゃダメでしょーがぁああああああッ!」


 叫ぶ口から、舌が伸びた。

 肉質の鞭、とも呼べる長大な舌が、綺麗な唇を押しのけて吐き出され、党員の1人を打ち据える。


 頭蓋骨の、破片と中身が飛び散った。

 首から上を失った屍が、仰向けに倒れ跳ねる。


 他の党員たちが、呆然と青ざめた。


「っ…………とに、旧帝国系の連中って使えない。ボンクラばっかり!」

 マローヌが言った。


 その傍らに、いつの間にか人影がひとつ佇んでいる。


「……マローヌったら、忘れちゃった? 私も一応、旧帝国系なんだけど」

「あ……ルチアお嬢様」

マローヌが、頭を掻いている。


「来ちゃったんですか? えっと……私、もしかして信用ない?」

「信用してたわよ。ご立派な事、言ってたもの貴女」

 ルチアお嬢様、と呼ばれた娘が、じろりとマローヌを見据える。


「思い出しなさい。私に向かって何て言った? 曰く『お嬢様、御自身が動かれては……出さずに済む人死にが、大いに出ます』だからマローヌが動いたのよね。で何、この様は」


 黒い瞳、栗色の髪。美しいが、暗い顔立ち。

 どこかで見た事がある、とサリックは思った。


 バルファドール家の令嬢。

 確か、花嫁選びの祭典にも出ていたはずだ。


「誰かと接触して会話をして、味方に引き込む。それが出来るのは、私たちの中ではマローヌだけ……なんて思ってた時もあったけど」

 ルチア・バルファドールが、呆れている。


「……これじゃクルルグの方が全然、適任じゃないの。あの子の方がまだ他人と上手くやれるわ」

「私、クルルグ君にもふもふ癒して欲しいです。何かもうバカしかいなくて、傷付いちゃったあ」


「マローヌ、貴女……例の偉大な誰か様に、脳みそまで前払いしちゃったわけじゃないでしょうね? 日に日に壊れっぷりが進行してる感じだけど」

「どーでしょう、えへへ。もしかしたら、あの御方に侵蝕され始めてるかも」

 左右の眼球をそれぞれ別方向に回転させながら、マローヌは笑う。


「しょーがないんですよぅお嬢様。このオバサンがぁ、あんまりにもアレだからぁ」

 そして、バレリア夫人の屍に蹴りを入れる。


 たおやか、に見える片足が、血まみれの中年女をグシャリとへし曲げる。

 血飛沫が点々と飛び、そして呻きが漏れた。

 バレリアは、まだ屍ではなかった。


「…………みち……びく、のよ…………わたしが……女が、光となって…………おろかな、男……どもを…………」


「あれっ、まだ生きてますねえコレ。うざいったら」

 とどめを刺そうとするマローヌを、ルチアが止めた。


「何か夢見ちゃってるけど……この執念深さ。少しくらいは、使い物になるかもね」


 片手で、何かを掲げ持っている。

 光の塊、に見えた。

 暗い輝き。闇の塊、とも思えてしまう。

 闇よりも暗い、光。


 それが一筋、ルチアの掌中の塊から伸びて、バレリアの身体に突き刺さる。

 注入、されてゆく。


 屍になりかけていた血まみれの肉体が、膨れ上がった。

 膨張しながら、激しく蠢いた。

 折れた骨も、ちぎれた内臓も、さらに潰れてグシャグシャと混ざり合う。

 混ざり合いながら、変異してゆく。


 バレリア・コルベムは、人間ではなくなりつつあった。


「お久し振りですね、サリック・トーランド伯爵」

 ルチアが、微笑みかけてきた。


「父が、お世話になりました。まあ父も母も私が殺しちゃったわけですが、そんな事はどうでも良くて。黒薔薇党の皆様に、お願いがあります」


 目が、笑っていない。

 こちらを見つめる黒い瞳は、暗黒そのものである。


「こちらにね、国王陛下がいらっしゃると聞きました。会わせて下さい」

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