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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第45話

 兵士が2人、3人、砕け散った。

 殺された、と言うより破壊されていた。


 人体の様々な破片が、噴出する。

 鮮血、だけではない体液の飛沫。

 それと共に、白い光の破片がキラキラと散る。


 気力による防御。

 それもろとも、兵士たちは粉砕されているのだ。


 気力による防御が、しかし一応、発現してはいる。

 つまり。この不可視の攻撃は、魔法であるという事だ。


 魔力が、放たれている。

 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵の私邸。その広大豪奢な庭園に出現した、何者かの身体から。


 いかなる姿形であるのかが、把握出来ない。

 影の塊、のようにも見えてしまう。


 この場にいない何者かが、この場に影を落としている。


 そんな事を思いながらドルフェッド・ゲーベルは、この豪邸の主を背後に庇った。

「……お逃げ下さい、ベレオヌス殿下」

「ふむ、そうしたいのは山々だが」


 影の塊が、またしても何かを放った。

 炎や電光ではない、純粋な破壊に変換された魔力。


 うっすらと光に見えない事もないそれが、ベレオヌスを襲う。

 そして、ベレオヌスを庇った兵士数名を撃ち砕く。様々なものが、飛散する。


 ベレオヌスの巨大な肥満体は、微動だにしない。


「……逃げても無駄、という気がする。私は、何しろ足が遅い。この身体、大急ぎで動かすのも難儀な事だ。私がのたのたと走っている間に、お前たちは皆殺しにされ、私も死ぬ」


 召使いが数名、そこに控えていた。

 1人が、豪華で頑丈な椅子を恭しく石畳に置いた。

 ベレオヌスが、ゆったりと腰を下ろす。


「私はここにいて、お前たちへの圧力となる。お前たちは、死に物狂いで戦う。その方が生存の可能性は高まるように思うのだ」


 他の召使いたちが、跪いて盆を掲げる。

 恭しく、酒を注ぐ。


「逃げたい者は逃げよ。咎めはせぬ、罰は与えぬ」

 ベレオヌスは、酒を飲み始めていた。

「この場にとどまり、戦い抜いた者は、今後の俸給を倍にしよう。無論、私が生きておればの話だがな」


 生き残っている兵士たちが、ベレオヌスの前方で防御の陣形を堅持した。

 その中には、 負傷した者もいる。

 逃げようとする者は、いない。


「そう……お前たちは、ただ私を守るために戦えば良い。それが結局、お前たち自身の豊かな暮らしに繋がるのだ」

 ベレオヌスは言った。


「下にいる者たちが、上に立つ者を守る。支える。それでこそ、富が公平に公正に行き渡る。人々の暮らす社会はな、そのようにして保ってゆくしかないのだよ」


 下にいた者が上へ昇る事など、あってはならない。

 ベレオヌス公が常日頃、口にしている事である。


『この者たちが死ねば、君も死ぬ事になるが』

 影の塊が、言葉を発した。

『……下にいる者たちと、運命を共にするのかね? 人間の権力者よ』


「仕方があるまい」

 ベレオヌスは、酒を飲みながら会話に応じている。


「そなたが何者なのかは知らぬが……私が、例えば命乞いでもしながら、持てる富を全て差し出したところで」

『さよう。君を、見逃してあげるわけにはゆかない』


「ならば、ここにいる者たちに頑張ってもらうしかあるまい。のう、ドルフェッドよ」

「はっ……」

 ドルフェッドは、防御の陣形の先頭に立ち、槌矛と盾を構えた。


 これが、ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノという人物なのだ。


 長く貧民街で暮らして、理解した事がある。

 国の頂点に立つ者が、どれほど有能な人格者であろうと、貧しい民は決していなくはならない、という事だ。


 下にいる人間は、貧しさに耐えて生きるか、さもなくば上に立つ人間に何らかの形で見出されるしかない。


 ベレオヌス公は、自分たちゲーベル父子を、貧民街から見出してくれた。


 貧民街の、ちっぽけな顔役であり続けるよりも、ずっと恵まれた暮らしを今している。


 恵まれた生活を維持するには、このベレオヌス・シオン・ヴィスケーノという権力者に、何としても生存してもらわなければならないのだ。


『なるほど……さすがは、英雄アルス・レイドックの血を引く者よ』

 影の塊が、言った。

『帝国に、君のような気骨ある権力者が、あと数人いれば……な。あれほど無様に滅び去る事も、なかったであろうに』


「ふむ。帝国の時代を知る、不老長寿の人外か」

 ベレオヌスは酒杯を掲げた。乾杯、の形である。


「帝国は……雑兵アルス・レイドックが、下から上へと昇って行く事を、許してしまった。だから滅びた。我らヴィスガルド王家はな、同じ轍を踏まぬ」


『君は、上に立ち続ける事が出来るかな? アルス・レイドックの子孫よ』

 破壊の魔力が、またしても放たれようとしている。

 ドルフェッドが盾を掲げた、その時。


 咆哮が、轟いた。

 熊のような巨体が、影の塊に向かって突進していた。


 ゼノフェッド・ゲーベル。

 両の豪腕で、大型の戦斧を振りかざし、影の塊にぶつかって行く。


 いや。ぶつかる前に、破壊の魔力が放たれていた。

 うっすらと見えなくもない、光。


 それをゼノフェッドは、戦斧で迎え撃った。

 気力を帯びた戦斧。

 振り下ろされ、白色の弧を描いた一撃が、破壊の魔力を粉砕する。


 ほぼ不可視であったものが爆発し、一瞬の爆炎となって可視化を遂げた。


 人体を打ち砕く爆発の衝撃を、ゼノフェッドは巨大な全身で受け止めていた。

 白い光の破片と、鮮血の霧が飛散した。


 血まみれで、ゼノフェッドはよろめいた。生きている。

 よろめく巨体の背後で、人影が跳躍していた。


「悪いな、盾になってもらった! 踏み台にも、なってもらう!」

「てめ……ッ……!」

 呻くゼノフェッドの脳天を蹴りつけて、ガロム・ザグが、さらに高々と跳躍する。


 空中から、影の塊に襲いかかる。

 飛翔する獣を思わせる、強襲。

 左右2本の牙剣が気力を宿し、振り下ろされる。


『ほう…………』

 影の塊が、感嘆の声を発しながら大きく歪んだ。

 牙剣が2本とも、めり込んでいる、ように見える。


 直撃と同時に、ガロムは着地していた。


 生身の実体を有する相手であれば、原形を残さず叩き潰されているところである。


 歪み潰れた、ように見えた影の塊が、激しく膨張した。

 黒い炎が燃え上がる様、にも似ていた。


 揺らめく炎が一筋、鞭の如く伸びうねり、ガロムを打ち据えた。


 左右の牙剣を交差させ、ガロムは辛うじて防御したようである。防御の体勢のまま、吹っ飛んで行く。


 そこへ影の塊が、さらなる攻撃を叩き込む……よりも速く、ドルフェッドは踏み込んでいた。

 気力を充分に宿した槌矛を、叩き込む。


 直撃。影の塊が、ぐにゃりと歪む。

 手応えは、全く無かった。


「こやつ……!」

 息を呑むドルフェッドに、黒い炎の鞭が襲いかかる。


 盾で受けた。

 白い、気力の破片が散った。


 手応えのまるで無い影が、攻撃の際には容赦のない質量を有し、盾の上から痛打を喰らわせてくる。

 ドルフェッドは吹っ飛び、石畳に激突した。


「父ちゃん!」

 ゼノフェッドが、倒れた父親を巨体で庇う。


 馬鹿が、とドルフェッドは叫ぼうとしたが、息が詰まった。


 守る相手が違う。ベレオヌス殿下の御傍を離れるな。

 そう叫ぼうとして、ドルフェッドは血を吐いた。


 吐血と共に、呼吸は回復した。

 ドルフェッドは、よろよろと立ち上がった。


『手応えが無い、攻撃が果たして効いているのか……と、さぞかし不安を感じているのであろうな』

 影の塊が、笑っている。


『安心するが良い、戦士たちよ。君たちの、燃え爆ぜるような気を宿した攻撃……魔界に在る私の本体に充分、届いているとも』


 ベレオヌス公爵を守る兵士たちが、1人また1人と、砕け散ってゆく。


 皆殺しは時間の問題であろう、とサリック・トーランドは思った。


 さすがにゲーベル父子は奮戦している。

 シェルミーネ・グラークのもとから派遣されたと思しき、凶相の若き兵士もだ。


 それも長くは保たない。素人の目にも、彼らの限界は明らかである。


「勝てる……勝てるぞ、我らは……ベレオヌスに……」

 黒薔薇党の党員たちが、口々に希望を漏らす。


「奴に奪われた、鉱山の権利が……」

「私の領地が、返って来る……」

「ふ……ふふははは、薄汚い雑兵の末裔が!」


 トーランド邸に集った、旧帝国系貴族たち。

 黒薔薇党の後ろ盾である国王エリオールもまた雑兵アルス・レイドックの血筋である事を、うっかり失念している者もいる。


 止む無し、とは思える。

 ベレオヌス・ヴィスケーノが今まさに、この世から消えてくれようとしているのだ。喜びのあまり若干、分別を見失ってしまうのは致し方ない。


「聖女……」

 党員の誰かが、呟いた。

 他の者たちが、合わせてゆく。


「マローヌ・レネク嬢は、我らの聖女だ!」

「我ら黒薔薇党を、導いてくれる」

「偉大なる、帝国の復興へと!」

「ゴルディアック家ではなく、我ら黒薔薇党が! それを成し遂げるのだ!」


 ベレオヌス邸で行われている激戦の様子を、この場に映像として現出させている若い女。


 映像の中で、あのゲーベル父子をも圧倒しつつある影の塊を、彼女は制御しているのだ。


 マローヌ・レネク。

 確かに、大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの生まれ変わりとして擁立するべき人材とは言えるか。


 ミリエラ・コルベムは必要ないか、とサリックが思いかけた、その時。


 マローヌを信奉し始めた党員たちの中から、人影が飛び出した。

 短剣を、手にしている。

 そのまま背後から、マローヌにぶつかって行く。


「…………ミリエラよ……黒薔薇党の聖女は、ミリエラなのよ……」


 短剣が、マローヌの優美な背中に、深々と突き刺さっている。

 それを、バレリア・コルベム夫人は抉り込んだ。


「聖女の母親として実権を握るのは、私……! この私が、女の叡智をもって! 愚かな男どもを導くのよ! 貴女などに、邪魔! させるものですかッ!」

 大量の鮮血を浴びながら、バレリアは喚いている。


 短剣がグッチュグッチュと音を立て、マローヌの体内を背中から引っかき回す。


 ベレオヌス邸で繰り広げられる戦いの映像が、消え失せた。


 マローヌの細身が、激しく反り返り、痙攣している。

 たおやかな頸部が捻転し、青ざめた美貌が、ほぼ真後ろを向く。


「……ねえ、おばさん……私の話、聞いてた……?」

 血を吐きながら、マローヌは言った。


「あの御方の、偉大なる影……この世にとどめるために私、精神集中しなきゃいけないから邪魔するなって……」

 怒り狂っている。同時に、嘲笑っている。


「それと……私の身体、色んな所が……私のものじゃないって……ふふ、うっふふふふ……内臓も半分くらいね、あの御方に前払い、してありますからぁあああああ」


 マローヌの背中から、どろりと臓物が溢れ出し、蟲の如く牙を剥き、短剣の刃を噛み砕いていた。

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