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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第40話

 人体ひとつ分の、臓物の塊。

 そんな形をしていた。一応は、生き物であるようだ。


 心肺と肝臓がひとかたまりになった、ようなものが震え脈動し、そこから腸管のようなものたちが伸びてうねり、円形に並んだ牙を剥く。


 そんな醜悪な怪物の前に、兵士たちが2人の男を引き立てて来て転がした。


 ボーレッド・アドスン伯爵と、カイル・クロム男爵。


 共に旧帝国系貴族で、ここ黒薔薇党においても、そこそこの重きをなしていた人物である。


「ひぃ……た、助けて……」

「ま、ままま待ってくれ、サリック伯爵」

 ボーレッド伯爵が、この邸宅の主に向かって、懸命に声を上げる。

「いい加減な噂話を真に受けてはならぬ。私は、私は何も」


「国王陛下が、お命を狙われた。私も、バレリア夫人もな」

 こちらに一瞬ちらりと視線を向けながら、サリック・トーランド伯爵が言った。

「我らの馬車が、あの道を通る事を……刺客たちは何故、知っていたのであろうか?」


 トーランド家の邸宅。

 黒薔薇党の集会に用いられている、大広間である。

 党員たる旧帝国系貴族が大勢集まり、裁きの有り様を見守っている。


「手引きを……したとでも、言うのですか。我々が……」

 カイル男爵が、怯えながら怒り呻いた。

「馬鹿な! そ、そもそも何なのですか、この女は! 見るからに邪悪で怪しげ、ひぃいいいい!」


 腸管のような触手の群れがキシャーッ! と牙を丸出しにして男爵に迫る。


 その怪物の傍らに、この女、と呼ばれた者は佇んでいた。


 白装束の、若い娘。

 さらりとした茶色の髪に囲まれた顔は、まあ美しいと言えば美しいのか。


 頭の悪そうな娘だ、とバレリア・コルベムは思った。

 男たちは、このような自分の考えを何も持っていない、若いだけが取り柄の娘が好きなのだ、とも。


 この、見るからに愚かしい小娘が、どこからか呼び出した醜い怪物。

 蠢く腸管から牙を生やした、臓物の塊。


 マローヌ・レネクと名乗った、この小娘の醜悪な内面そのものの現れだ、ともバレリアは思った。


 頭の中には何も入っていない、その代わりに、心を醜悪なもので満たしている。

 あのシェルミーネ・グラークと言い、昨今の若い娘は皆そうだ。


 サリック伯爵が言う。

「こちらのマローヌ・レネク嬢は、我らの命の恩人だ。国王陛下のお命を、お守り奉った大殊勲者でもある」


 国王。エリオール・シオン・ヴィスケーノ。

 先程、密やかに王宮へ帰還したところである。


(役立たずの国王が……ッ!)

 心の中で、バレリアは罵った。

 あの国王が何もしてくれなかったせいで、愛娘ミリエラを取り戻す事が出来なかったのだ。

(所詮、男は何の役にも立たない……やはり女が、世の頂点に立たなければ……ヴェノーラ・ゲントリウス陛下のように……)


 もう少しなのだ、とバレリアは思っている。

 今は自分が、黒薔薇党の頂点に立っている。

 ヴェノーラ・ゲントリウスの生まれ変わりである聖女ミリエラの、母親としてだ。


 そのミリエラが、レオゲルド・ディラン伯爵に連れ去られ、監禁されている。

 かの悪役令嬢シェルミーネ・グラークが、それに加担している。


 このような無法を、裁く事も出来ない。

 それがヴィスガルドという、この行き詰まった王国の現状なのである。


(男たちに任せているから、無法のまかり通る社会になってしまう! 早く、一日も早く、私たち女が世の頂点に立たなければ……いけない、と言うのにっ……!)


「……我々もなあ。噂話だけで、ここまではやらぬよ」

 溜め息まじりに、サリックは言った。

「確証を掴んだ上での処分と思ってもらおう。ボーレッド・アドスン伯爵、カイル・クロム男爵……これまで黒薔薇党のため、様々に尽くしてくれた事は忘れぬ。ありがとう、さらば」


 サリックの微かな目配せを受け、マローヌは小さく頷く。


 牙を剥く腸管の群れが、ボーレッドとカイルに襲いかかった。

 大量の血飛沫が、ぶちまけられた。

 肉を咀嚼し骨を噛み砕く、凄惨な音が大広間を満たす。


 集まった貴族たちが顔を背けるが、バレリアは見入った。

 自然に、笑みが浮かんだ。

 男という、愚かしさ極まる下等生物が、惨たらしく殺される様。実に心が躍る。


「じっ、時代遅れの亡者どもがッ」

 ボーレッド伯爵の、最後の言葉であった。

「何が帝国の栄光だ! 我らもはや、ベレオヌス公による庇護なくして生き残る事など出来ぬ! それがわからんのかぁあああああ」

 すぐに、その声も聞こえなくなった。


「……やはり、ベレオヌスに通じていたか」

 惨殺の光景を見つめながら、サリックが呟く。

「愚かな……あの男が最終的に、我ら旧帝国貴族を1人でも生かしておくと思うのか」


「……サリック伯爵。我々は、ベレオヌスに勝てるのか」

 顔を背けていた貴族たちが、口々に声を上げた。

「勝てる、のではないか? ベレオヌスに……」

「こちらには、国王陛下がいらっしゃる。それに……」

「そちらの……マローヌ・レネク嬢も」

「ログレム宰相は……ゴルディアック家は、帝国貴族でありながら我々を助けてはくれない。もはや」


 ボーレッドもカイルも、今や跡形もなくなっていた。

 両名を喰らい尽くした怪物も、いつの間にか姿を消している。

 床が、大量の血で汚れているだけだ。


 見渡し、サリックが言った。

「そう、もはや……誰を頼る事も出来ない。我々は、自前の戦力を持たねばならん。マローヌ嬢、我ら黒薔薇党に力を貸してくれるか」

「何を! 何を言うのですか!」

 バレリアは、叫んでいた。

「今の、おぞましい光景を! 皆様ご覧にならなかったのですか!? あんな、あのような醜悪で身の毛もよだつものが! 私たちの自前の戦力などと」


「おぞましい……ね」

 マローヌ・レネクが、ようやく言葉を発した。


「貴女、随分と嬉しそうに見物していたようだけど?」

「何を……ッ!」

「まあまあ、バレリア夫人」

 サリックが、なだめに入って来た。

「マローヌ嬢は、貴女にとっても命の恩人なのだ。無礼はいけない」


「お話を聞く限り。ここ黒薔薇党の皆様は、ヴェノーラ・ゲントリウス陛下の御再臨を望んでいらっしゃる……と同時に」

 マローヌが、旧帝国貴族一同に語りかけている。

「王弟ベレオヌス・ヴィスケーノ公爵の専横にも、抗っておられると」


「その通り。帝国の栄光を再びこの世にもたらす、その最大の障害が、あの男なのだ」

 一同から、次々と声が上がる。

「私も、ベレオヌスに所領を奪われた……」

「雑兵の末裔が、身の程知らずにも!」

「……何の落ち度もない我々を、あの男は、旧帝国貴族という理由だけで目の敵にしている。我々は、被害者なのだ」


 同じ事を、この男たちは、ミリエラに対しても言っていたものだ。

 幼いミリエラを上座に据え、愚痴をこぼす。

 それが、この男たちだ。

 男とは所詮、何も出来ない生き物なのだ。


「……そう、ですか。それじゃ、あれですねえ」

 マローヌが、微笑んだ。

「ベレオヌス公……殺しちゃいましょうか?」


「やって、下さいますか。マローヌ嬢」

 サリックが、目を輝かせた。

「我らを、国王陛下を、お助け下さった、貴女のお力をもってすれば」


「私、召喚士ですから。いろんな兵隊さん、召喚出来ます。私に任せて下さい、皆様が私の言う通りにしてくれれば必ず勝てます……諸悪の根源ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノを、この世から消してしまいましょう」

 そんな事を言うマローヌに向かって、他の貴族たちも同じくキラキラと、目を輝かせている。


 新たな聖女が、誕生しつつある。

 自分バレリア・コルベムが、聖女の母親では無くなりつつあるのだ。


(何を……しているのよ、ミリエラ……)

 口の中で、上下の奥歯がギリッ……と鳴った。

(貴女が戻って来ないせいで、私が……指導力を、発揮出来ないじゃないのっ! 使えない、親不孝娘が……ッ!)


 ガロム・ザグは、倒れていた。


 レオゲルド・ディラン伯爵に打ち倒された、わけではない。

 力を使い果たし、自滅しただけだ。


 前回の戦闘訓練にも勝る、完璧な回避と防御で、レオゲルドはガロムを翻弄した。


 ガロムが振り回す力任せの攻撃を、いなし、かわし、受け流した。

 両名とも用いたのは、刃引きがされた訓練用の剣である。


 牙剣を振るい、殺すつもりで挑んだとしても、結果は同じであっただろうとガロムは思う。


 庭園に倒れ、息を切らせているガロムに、レオゲルドが穏やかな声をかける。

「頭に血が昇ると、何事も上手くゆかぬ。まあ、おぬしも理解はしているのだろうが」


「……ここまで……自分が、駄目な奴だとは……俺は、思っていませんでした……」


 訓練用の剣を左右2本、乱雑に振り回しながら、自分が一体何を叫んでいたのか。ガロムは全く覚えていない。

 罵詈雑言にも等しい事を、レオゲルドに向かって叫んでいたのかも知れない。


 よろりとガロムは立ち上がり、一礼した。

「レオゲルド伯爵……ガキの八つ当たりに付き合っていただき、本当に……ありがとうございました」

「私にとっても、良い訓練であったぞ。おぬしの力任せ怒り任せの攻撃……実戦の殺し合い、さながらであった。捌き損ねていれば、私は死んでいた」

 レオゲルドは言った。


「……なあガロムよ。この屋敷に逗留する事となって、ひとつ気付いた事はないか? 何やらおかしいと思う事が、あるのだろう。言ってみよ」

「それは……」


 確かに、ある。

 この人物の子息ブレック・ディランとは、顔馴染みになった。


「……レオゲルド卿は……その、奥方は」

「存命であるよ。ディラン家には別荘があってな、そこでまあ元気に暮らしている。はずだ」

 レオゲルドは、小さく息をついた。


「有り体に言えば、そう。別居中という事だ。色々と上手くゆかなくてな」

 迂闊に、相槌を打てる話ではなかった。


「だから、まあガロムよ……男と女の事に関して、おぬしのような若者に助言してやれる事が、私にはない。反面教師にでも、出来るならばしてみるが良い」

「は、はあ……」

 そんな声を、出すしかなかった。


 それ以上、言える事はない。

 レオゲルド卿のありがたい言葉が、何かの参考になった、わけでもない。


 だが1つ、何かが決まった、とガロムは思った。

 決心が、ついた。


「……レオゲルド伯爵閣下。実は、ひとつお願いがあります」

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