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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第36話

 黒薔薇党の代表者は、サリック・トーランド伯爵という人物で、いささか疲れた顔をした40代の男性貴族であった。


 しかし、とシェルミーネ・グラークは思う。

 真の意味における代表者は、こちらの女性であろう。


「娘を。ミリエラを、返していただきます」

 36歳、であるという。

 顔つきに、険がある。それが無ければ美しい女性であるのに、とシェルミーネは思わなくもなかった。


「おわかりなのですか? レオゲルド・ディラン伯爵。貴方は今、人攫いにも等しい事をしておられるのですよ!?」

 バレリア・コルベム夫人。

 現在ここディラン家の邸宅で保護されている、クルバート・コルベム伯爵の奥方である。


「……ミリエラ嬢は現在、お父君クルバート卿と共に過ごしておられる」

 邸宅の主であるレオゲルド・ディラン伯爵が、言った。

「クルバート卿は、御息女と共に当方ディラン家の庇護下に在り続ける事を了承なされた。奥方も、こちらへ来られると良い」

「ミリエラには、私ども黒薔薇党における重要な役割があります」


 ディラン邸の、客間。

 レオゲルド伯爵は、シェルミーネとガロム・ザグを同席させ、客人たちの応対をしていた。


 黒薔薇党からの、客人。

 3名いる。女性1人に、男性2人。

 最も大きな声で喋っているのが、このバレリア夫人である。

「役割を負う、それが大人になるという事です。私はあの子に、年齢に関係なく大人であって欲しいと思っております。女は、そうでなければいけません。いつまでも子供でいられる、男性の方々とは違うのです」


 彼女の夫であるクルバート卿は、同席していない。娘のミリエラもだ。

 正解だ、とシェルミーネは思う。


「ミリエラに会わせて下さい。私は母親です、対面を妨げる権限は誰にもありません」

「役割とは?」

 レオゲルドの口調は、今のところは穏やかである。


「あなた方のような大人では務まらぬ、10歳の子供に負わせなければならない役割とは一体、何なのであろうか」

「何故そんな事を、貴方に話さなければいけないのですか?」


「私は近衛騎士だ。王都の治安を、守らねばならぬ」

 穏やかな口調は、変わらない。


 レオゲルドの両眼は、しかし黒薔薇党から来た3名を、ぎろりと容赦なく見据えている。

「治安を脅かしかねない組織が、幼い子供の身柄を政治的に利用せんとする……そのような事、許してはおけぬ」


「な……何を……」

 バレリアが、怯んでいる。

「私たちが……治安を脅かす組織などと……」

「帝国時代の人物の名を掲げ、王政の転覆を叫ぶ。幼い子供に、そのような思想を植え付ける。貴殿ら黒薔薇党……無害な組織、とは言えんな」


「……誤解が、広まっているようですね」

 サリック・トーランド伯爵が、ようやく言葉を発した。

「私たち黒薔薇党は、古の偉人ヴェノーラ・ゲントリウスの大いなる業績を、ただ賛美するだけの集団です。同じ旧帝国貴族でも……ゴルディアック家のような権勢は欠片ほどもない。レオゲルド卿、貴方のように巧みな世渡りも出来ない。言ってみれば落ちこぼれの集まりが、かつてあった栄光の時代を懐かしんでいるだけですよ。体制の転覆など、出来るわけがない」


 シェルミーネは、聞き流した。

 無言を保っている、もう1人の男。そちらに意識が向いた。


 特にどうという事もない、小太りの男性貴族。年齢は50に届くか。

 身体にも、顔にも、気力というものが全く感じられない。

 無気力そのものの眼差しで、ここではないどこかを見つめている。


 そんな男に、バレリアがちらちらと落ち着きなく視線を向けていた。

 助けを求めている。シェルミーネには、そう思えた。


「バレリア夫人。私、もう少し貴女のお話を聞きたいですわ」

 思いつつ、言った。

 レオゲルドが、同席を求めてきた。つまりは、この程度の発言は許されているという事だ。


「ひとつの集団の中で、大きなお顔をなさる……複数の殿方に対し、威張り散らす事も出来る。女として、さぞかし御満悦でしょうけれど」

「……何ですか、貴女は」

「全て、ご息女のおかげ。それは理解していらっしゃいますの?」

「誰ですか!? 貴女は一体!」

「ミリエラさんの、個人的なお友達ですわ」


 シェルミーネが微笑みかけると、バレリア夫人は長椅子から腰を浮かせかけた。

「認めません! 許しません! 貴女のような有象無象が、ミリエラの近くにいるなどと!」


「ミリエラさんには大人であって欲しい。貴女そうおっしゃいましたわね? ええ、ミリエラさんは本当に大人。お母様がご存じない交友関係、今後も大いに広がりますわよ」

 バレリアのように声が大きくならぬよう、シェルミーネは気をつけた。


 別室にいるクルバートとミリエラに、このような言い争いを聞かせたくはない。

「私のような……悪いお友達が大勢、出来ますわよ。ミリエラさんには。それが、大人になるという事だと思いますわ」


 バレリアが絶句し、その代わりのようにサリックが言う。

「失礼……シェルミーネ・グラーク嬢、とお見受けしますが?」

「いかにも。恥知らずの悪役令嬢がね、今はミリエラさんのお友達ですの」


「何を……一体、何を考えているのですか……レオゲルド伯爵は……」

 バレリアが、わなわなと震えている。

「こんな! このような、おぞましい人殺しを! 何、餌でも与えて飼っているのですか!? あまつさえミリエラの近くに」

 そこでバレリア夫人は青ざめ、黙り込んだ。


 ガロム・ザグが、無言で睨み据えたからだ。


 長椅子から立ち上がる、寸前で、ガロムは辛うじて自制したようである。

 がっしりと力強い全身からは、しかし素人である伯爵夫人でも見てわかるほどの殺気が立ちのぼっている。


「良い殺気だ」

 無気力そのものの、声であった。

 言葉を発する気力すら失っている、と見えた2人目の男が、ようやく喋り始めたのだ。


「殺気など出さず、我ら3名を……静かに殺す事も、出来たのだろうなあ」

 そうなっても構わぬ、と言わんばかりの口調である。


 ここではないどこかを見つめていた無気力な眼差しが、興味なさげにガロムの方を向く。

「それをせずに、まずは無言の警告……優しいものだ。ふむ、それにしても」

 シェルミーネの方にも、向けられた。


「噂に聞く、悪役令嬢……思い通りにゆかぬからと人を殺し、花嫁選びの祭典・栄冠の座を平民娘に投げ渡してしまう。面白い、と私は思ったものだ」


「……お楽しみいただけたなら、光栄ですわ」

 シェルミーネは、それだけを言った。

 この男が、何者であるのか。

 問いかけても、まともな答えが返って来るとは思えない。


「誰が……果たして、最も不幸な目に遭ったのであろうなあ」

 男は天井を見つめた。

 やはり、無気力な視線だ。


「殺されたリアンナ・ラウディース嬢か。それとも……殺した、という事にされてしまったシェルミーネ・グラーク嬢、そなたであるのか。あるいは……そのせいで勝ち上がり、平民娘ではいられなくなってしまったアイリ・カナンか」


 無気力な口調と眼差し。

 その根底に、どろどろとした何かがある、とシェルミーネは感じた。

 絶望。

 そう表現するのが、最も近い何かだ。


「……賭けに出たのだな、レオゲルド・ディラン伯爵」

 絶望を孕む、暗い眼差しが、レオゲルドに向けられる。

「シェルミーネ・グラークが、ここにいる……すなわち、ディラン家はグラーク家と、密かに手を結んだという事。それを貴公、こうして我々に知らしめている。何かあればグラーク家が動く、という事を、それとなく」


「私は……当主オズワード・グラークの意向で動いている、わけではありませんわ」

 シェルミーネは言った。

「私は今、父にはただ捨て置かれておりますもの。私が何か致しましたところで、グラーク家が動く事など、あり得ませんわ」


「オズワード・グラークは、恐るべき男よ」

 無気力そのものの、小太りな身体が、長椅子から億劫そうに立ち上がった。

「所領を七分の一に減らされたところで……グラーク家の脅威は、変わらぬ。シェルミーネ嬢、そなたら一族はな、この国を滅ぼし得る者たちなのだよ」


 一瞬、男の口調に、気力が蘇った。シェルミーネには、そう思えた。

「……滅ぼしてくれれば、良いのにな。そなたらグラーク家が、このような国……」


 気力、あるいは情熱か。

 絶望を根源とする、あまりにも暗い情熱だった。


 男は、出て行った。

 サリック伯爵もバレリア夫人も、付き従う格好で部屋を出た。


 見送りに出ようとしたのであろうレオゲルドの動きを、男が片手で拒んだのを、シェルミーネは見逃さなかった。


 無気力な片手の動きだけで、近衛騎士レオゲルド・ディラン伯爵の動きを制する男。

 とてつもない高位の貴族である事は、間違いない。


「シェルミーネ嬢……それに、ガロム・ザグ」

 立ち尽くしたまま、レオゲルドは言った。

「そなたらは実に有能だ。まずはクルバート・コルベム伯爵の身柄を確保し、黒薔薇党という存在を私の眼前に引き出してくれた」


「サリック伯爵のおっしゃった通り……黒薔薇党が、ただ古の偉人ヴェノーラ・ゲントリウスの功績を讃えるだけの無害な集団、であるならば。治安を脅かす組織として処罰する、わけにも参りませんわね」

「やって、やれぬ事はない。私は、そう思っていた」


 レオゲルドの口調は、重い。

「だが……よもや本当に、あの御方がいらっしゃるとは……」

「……どなた、ですの? 一体」

 シェルミーネの問いにレオゲルドは、直接は答えようとしない。

「噂には、聞いていたのだ。あの御方が……ヴェノーラ・ゲントリウスの名を掲げて王都に騒乱をもたらさんとする者どもの、後ろ盾をしておられると」


「国王陛下」

 はっきりと、シェルミーネは口にした。

「アラム王子の、お父君……エリオール・シオン・ヴィスケーノ陛下。かつては英邁な御方であられたものを、いつからか気力を無くされていらっしゃった、とは聞き及んでおりますわ」


「国王陛下にとって、この国は今や……戯れに騒乱を引き起こす対象、でしかないのだ」

 レオゲルドが、彼にしては落ち着きなく、うろうろと部屋の中を歩き始める。


「まったく、そなたら2人は有能過ぎる。クルバート卿の身柄を確保する事で……実に、とんでもない事態を釣り上げてくれたものだ」

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