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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第34話

「貴殿……結局のところ何が目的なのだ、レオゲルド・ディラン伯爵よ」

 クルバート・コルベムが訊いてくる。

「確かに私は税務に携わる者として、ゴルディアック家への金の流れを大部分、把握はしている。それで、例えば宰相ログレム・ゴルディアックの弱みでも握ったとして、そこからどうするのだ」

「……不正は、改めていただかねばならぬ。たとえ、宰相閣下であろうとな」


 レオゲルド・ディランの私邸、自室。

 クルバート1人を招き入れ、話し込んでいるところである。

「場合によっては……ログレム侯爵には、宰相の地位を退いていただく事にもなろうな」


「そして、王弟ベレオヌス・ヴィスケーノが完全なる実権を握る……か、おい。冗談ではないぞ」

 クルバートの両眼が、燃え上がった。

 憎悪、に近い炎であった。


「私が何故、不正に加担してまでゴルディアック家に従っていたと思う? 保身、確かにそれはある。だがな、同じく保身ならベレオヌス公に媚びへつらう道もあった。私が、その道を選ばなかったのは」

「ゴルディアック家の方が……ベレオヌス公よりも、遥かにましであるから。か?」

「わかっているではないか」

「クルバート卿。貴公は、ゴルディアック家に命を狙われた……それでも、ベレオヌス公を頼ろうとは思わぬか」


 自分なら、そのために王弟ベレオヌス公爵と話をする事が出来る。

 そこまでは、レオゲルドは言わなかった。


 分岐点に来ている、とはレオゲルド自身、感じている事である。自分は、ディラン家当主として選ばなければならない。

 宰相ログレム・ゴルディアック侯爵と、王弟ベレオヌス・ヴィスケーノ公爵。

 両名の、どちらと命運を共にするのか。


「頼る。ベレオヌス公爵に頼る、か……それが何を意味するか、よもや本当に知らぬわけではあるまい?」

 クルバートが、暗く笑った。

「税収の一部を、ゴルディアック家の蔵に流し入れる……どころではない不正を、私はベレオヌスのために働かなければならなくなる。それにミリエラ……もう何年か後、良い娘に育ったところで、ベレオヌスの妾にされる。あれは、そういう男だ。そうだ、ミリエラ……」


 クルバートの顔に、苦悩が満ちた。

「…………あの子の事だけは、レオゲルド卿……貴公に平身低頭、頼まねばならぬ……」

「別に平身低頭してもらう必要はない。ミリエラ嬢は、このレオゲルド・ディランが必ず守る」

「……出来るのか? この国の最高権力者2名と、実に中途半端な形で繋がり! どちらに切り捨てられてもおかしくはない状態にある、中立気取りの貴族が! 本当に何かを守れるのか!」

「その中途半端な繋がりを維持してきたおかげで、私は生き延びてきた。ディラン家は、家名を保つ事が出来たのだ。それは否定させぬ」


 貴公らコルベム家はどうなのだ。それすら出来なくなっているのではないのか。

 そこまでは、レオゲルドは口にしなかった。


 クルバートが俯き、唇を噛んでいる。

「……身の危険は、かなり前から感じていた。だから私は妻と娘を、黒薔薇党に託したのだ。腐っても旧帝国貴族の連合体、心配はあるまいと思ってな」

 血を吐くような、呻きが漏れた。

「…………ミリエラを、聖女などと……叛乱勢力の、旗印として掲げるなど……よもや黒薔薇党、そこまで腐れ果てていたとは……!」


 何者かが、外から扉を叩いた。


「ミリエラさんをね、そのような立場に祭り上げたのは……貴方の奥様ですのよ? ねえクルバート卿」

 若い女性の、凛とした声。

「……ごめんなさい。お声が大きかったもので、つい盗み聞きをしてしまいましたわ」


「お入りなさい」

 レオゲルドが言うと、扉が開いた。


 扉を開けたのは、若き兵士ガロム・ザグであった。

 彼に恭しく先導される格好で、シェルミーネ・グラークが部屋に入って来た。

「大人の殿方お2人の、重要なお話に……私のような小娘が発言を挟む事、お許しいただけまして?」

「クルバート卿の、命の恩人だ。御意見は聞かねばならぬ……ガロム・ザグ、そなたもだ。非公式の会合、言いたい事は何でも言うが良い。発言の許可を取る必要はない」


 この若者の力は、思い知らされたばかりである。

 戦場で牙剣を振るい、人間も獣人も潰し殺してきた、歴戦の武勇。

 訓練用の剣を叩き折られた感触が、レオゲルドの手にはまだ残っている。


 長椅子への着席を、レオゲルドは両名に勧めた。

 勧められるまま長椅子に腰を下ろしたシェルミーネが、まずは言った。

「ミリエラさんの、身の安全……私にとっての最優先事項は現在のところ、それのみですわ。すなわちクルバート卿、貴方の御家庭の問題に介入をさせていただく、という事ですのよ」


「……レオゲルド伯爵閣下。俺は、貴方にも動いて欲しいと思います。ミリエラ嬢を守るために」

 ガロムが本当に、言いたい事を言い始めた。


「シェルミーネ様は、可能な限り貴方に御迷惑をかけぬようにとお考えですが……はっきり言いましょう。こうしてシェルミーネ様を引き入れてしまった時点で、もう手遅れです」


「宰相閣下は……この国を、よく治めていらっしゃる」


 声は、聞き取れる。

 痩せ衰え、背中の丸まった身体が、今は豪奢な椅子に腰掛けている。まだ辛うじて、自分の足で立って歩く事が出来るようだ。


 96歳、である。

 その皺だらけの顔が、にんまりと歪んだ。

 皺が、目鼻口を形作っている。そんな笑顔だ。

「ヴィスガルドの民は、まずは貴方に感謝をしなければなりませんなあ」


「民に感謝をして欲しい、などとは……思ってしまった時点で、為政者としては失格なのですよ父上」

 王国宰相ログレム・ゴルディアックは、言った。


 王宮よりも古い、とされるゴルディアック家の邸宅。

 その最も奥まった区画にある大広間で、96歳の父親と68歳の息子が対峙している。


「それと、もうひとつ……この国を治めておられるのは、国王エリオール・シオン・ヴィスケーノ陛下です。私などではありません」

「雑兵の家系が……などと、言うべきではないのでしょうな。出自がいかなるものであろうと、五百年続けば立派な王家」


 帝国の一兵卒アルス・レイドックが、暴虐の女帝ヴェノーラ・ゲントリウスを打倒し、ヴィスガルド王国を作り上げたのが、およそ五百年前である。


 五百年前に滅び去った国家を、心と魂の故郷としている人々がいる。

 その故郷から、外に出ようとしない人々がいる。

 故郷の外にある世界を一切、認めようとしない人々。

 その筆頭が、このゼビエル・ゴルディアックという96歳の老人なのだ。


「ヴィスガルドは、偉大なる王国でした……民は、およそ五百年もの間、平和と繁栄を謳歌する事が出来たのです」

 皺の一部でしかなかった両眼が、少しだけ開いた。

「が……もはや、それも限界。誰の目にも明らかなる事、宰相閣下は見て見ぬふりをなさいますか」

 暗い、ねっとりとした眼光が、68歳の息子に向けられる。


「現国王エリオール・ヴィスケーノ陛下に……民の平和と繁栄を守る事が、出来るのですか? その弟君ベレオヌス公爵では? あの御兄弟は……英雄アルス・レイドックの血筋が薄れ衰え、今や堕落の極みにある事を体現なさっているのですよ。ヴィスガルド王国は、もはや保ちません」

「保たせます。それが宰相たる、この私の役目」

 父の暗い眼差しを、ログレムは正面から受け止めた。


「父上、それに皆々様方……帝国は、もはや滅びたのです。ヴィスガルド王国は現在、確かに安泰とは言い難い状態にありますが、それに乗じて我ら旧帝国貴族が動乱を起こしたところで……結果、現王家を打倒したところで、それは偉大なる帝国の復活とは程遠いもの。民を苦しめる事にしかなり得ません」


 ゼビエル老の周囲には、大勢の人々がいた。

 全員、ゴルディアック家の関係者である。

 ログレムの、弟たち従兄弟たち、その血縁者。

 当主ログレムの方針に異を唱えんとする者たちが今この大広間に集い、ゴルディアック家の長老ゼビエルの威を借りているのだ。


「お言葉には、気を付けた方が良いですよ父上」

 ゼビエル老の傍らに立つ男が、笑っている。

 カルネード・ゴルディアック。41歳。そんな歳になっても祖父の傍らを離れられない愚か者である。

「我々は、帝国貴族です。その誇りと悲願を……ゴルディアック家の当主たる御方が、否定なさるなど」


 無言で、ログレムは息子を睨み据えた。

 カルネードは青ざめ、黙り込んだ。


「……税務官クルバート・コルベム伯爵が現在、近衛騎士レオゲルド・ディランのもとに身を寄せている。刺客に襲われ、九死に一生を得たのだそうな」

 青ざめた息子を、ログレムは容赦なく問い詰めた。

「刺客を放ったのは……貴様であろう、カルネード」


「私が許可をあげたのですよ、宰相閣下」

 41歳の孫を庇う形に、ゼビエルは痩せこけた片手を掲げた。

「可愛いカルネードを、虐めてはいけない」

「父上……ある時、私は気付いたのです。税収の一部が、ゴルディアック家の私財庫へ、ひっそりと流れ込んでいる事に」

 有能なる税務官クルバート・コルベムが、その流れを実に巧みに操作していたのだ。

「そのような事おやめ下さいと、私は幾度も申し上げました。申し上げるだけで結局、止める事が出来なかったのは私の力不足。宰相とは言え、長老たる御方の定めるゴルディアック家の方針を、完全に変える事は出来ない……」


「その通り。そなたは宰相として、我らゴルディアック家のために様々な便宜を図っておれば良いのだ」

 従兄弟たちが、口々に言った。

「そのために、お前を宰相にしてやったのだぞ。身の程を知れ」

「ゼビエル老に、お言葉を返すなど。宰相だからと図に乗りおって……」


「黙れ」

 一言で、ログレムは全員を黙らせた。

「確かにな、宰相の地位を得るために……ゴルディアック家の薄汚い権威を、利用はした。貴様ら、踏み台程度の役に立ったのは誉めてやる。だが忘れるな? ゴルディアック家の当主は私。この国の宰相は、私だ。ここはヴィスガルド王国であり、帝国ではないのだからな」


「…………い……言わせておけば痴れ者がっ!」

 従兄弟の1人が、激昂しかけた。

 何者かが片手をかざし、制止した。

 暗黒色のローブの袖から現れた、枯れ枝のような片手。


 ジュラードだった。

 長老ゼビエルの傍らに立ち、ゴルディアック家の内紛を仲裁するかの如く振る舞っている。


 フードの下から、ジュラードはちらりとログレムの方を見やった。陰影の中で、眼光が点った。

 ログレムは、すでに背を向けていた。


 ジュラードは、自分ログレム・ゴルディアック個人ではなく、ゴルディアック家そのものに仕える存在なのだ。


「……親子の間に、溝が生じてしまいましたね宰相閣下。とても悲しい事です」

 歩み去るログレムの背中に、長老ゼビエルが声を投げる。

「ですが、いつかは埋まる溝……貴方が帝国貴族としての正道に立ち戻って下さる日を、私は待っていますよ」


 ログレムは応えない。ただ思い、呟くだけだ。

(旧帝国貴族……王国を蝕む害虫ども。根絶やしに、するべきか……)

「おぞましい、厭わしい……この私にも、あやつらと同じ血が流れている……」


 否、と思い直す。

 旧帝国系貴族には、あのレオゲルド・ディラン伯爵のような優れた人材もいる。


 そして。彼のもとには現在、おぞましき旧帝国の血筋がヴィスガルド王家に混ざり込むのを、完璧に防いでくれた人材がいるのだ。


「…………悪役令嬢シェルミーネ・グラーク……こちらから、接触を試みるべきであろうか」

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