表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/195

第30話

 シェルミーネ・グラークは、正体を隠しているわけではない。

 粗末なマントを細身に巻き付け、フードを目深に被っているだけだ。


 フードの下に出来た陰影の中では、両の瞳が煌々と鋭利な眼光を点し、一筋縄ではゆかぬ悪役令嬢の正体を主張している。


「……? そなたは……」

 ジュラードが、微かに息を呑んだ。


 この男は、正体を隠している。

 暗黒色のローブをまとい、目深に被ったフードの奥では、闇そのものが溜まり渦巻いている。


 仮にフードを取り去ったとしても、その闇はジュラードの顔面にとどまり、この男の正体を隠し続けるのではないか、と思わせる。


 対峙する両名を、ガロム・ザグは見据えた。


 ヴィスガルド王国、王都ガルドラント。

 日の当たらぬ、治安にもいささか問題ある区域。


 倒れ、弱々しく上体を起こしたガロムの近くでは、くたびれた感じの細い中年男が立ち竦んでいる。


 税務官クルバート・コルベム伯爵。

 いや、肩書きはすでに剥奪されているのか。


 ともかく。ガロムとシェルミーネが今この場で、身柄を確保しなければならない人物である。


 己の手足が辛うじて動く事を、ガロムは確認した。


 ジュラードの放つ電撃を、まともに喰らった。

 魔法による攻撃を、精神力で防御する術は心得ている。

 電熱で焼き殺される末路は免れたが、全身、少なからず火傷を負った。四肢に、激しい痺れがある。


 動けるか。

 最悪、このジュラードという恐るべき魔法使いをシェルミーネに一任し、ガロム1人でクルバートの身柄を確保したまま、この場を離脱しなければならなくなるのか。


 男2人を背後に庇い、シェルミーネは細身の長剣を構えている。

「どなたか存じ上げませんけれど……クルバート卿は、私たちが保護いたしますわ」


 シェルミーネの言葉に応えず、ジュラードは片手をかざした。

 枯れ枝のような五指が、雷鳴と閃光を発した。


 電撃。

 轟音を伴う電光が、シェルミーネを直撃する。


 否。

 襲来した電撃の光を、シェルミーネは長剣で受け止めていた。

 細身の刀身がバチバチッ! と電光に絡み付かれる。


 その輝きが、フードの下にある悪役令嬢の素顔を照らす。

 端麗な唇を微かに歪めて歯を食いしばる、戦闘的な美貌。


 電撃を操りながら、ジュラードが呻いた。

「そなたは……やはり、シェルミーネ・グラーク……!」

「ふ……私の悪名をご存じとは、光栄な事」

 電光に絡まれた剣を、シェルミーネは右手のみで保持している。


 吸収している。ガロムには、それがわかった。


 細身の長剣に捕らわれた電光が、魔力に戻りながら、悪役令嬢の優美な右手に、細腕に、一見たおやかな全身に、流れ込んでいる。

 そして、長剣の反対側……シェルミーネの左手ヘと、集中してゆく。


 魔法に関わる素養を一切持たないガロムでは、不可能な荒技であった。


「ふふっ……何て、素晴らしい魔力……さあっ、お返し致しますわ!」

 左の人差し指を、シェルミーネはジュラードに向けた。

 鋭利な指先から、閃光が迸った。

 ジュラードの電光が、シェルミーネの体内で魔力に戻り、純粋な破壊の光に作り変えられたのだ。


 真紅の、破壊光線。

 まっすぐにジュラードを襲う。


 何かが、盾になった。

 いくつもの肉塊が、見えざる糸で引き寄せられたかの如く飛翔し、ジュラードの眼前でグシャグシャッと固まってゆく。


 先程ガロムが殺した、刺客たちの屍だった。

 それらがジュラードの魔力で集められ、巨大な肉の壁と化したところである。


 そこに、真紅の破壊光線が突き刺さる。


 肉の壁が、爆散した。

 焼け焦げた肉片が空中で崩れ散り、灰となって舞う。


 大量の遺灰を漂わせながら、ジュラードは言った。

「花嫁選びの祭典……私も、楽しませていただいた」

 黒いフードの下、陰影の中で眼光が点り、漂う遺灰の幕を貫いてシェルミーネに突き刺さる。

「お会い出来た事、嬉しく思う」


「そう。では、とくと御覧なさいな」

 シェルミーネはフードを脱いだ。

 馬の尾の形に束ねられた金髪が、舞い揺れる。

 煌めきが、振り撒かれたように見えた。

 

「さあさあ、アイリ・カナンを虐め抜いた悪役令嬢が王都へ戻って参りましたのよ? 頑張って退治してみてはいかが」


「私は、アイリ・カナンではなく貴女を応援していたのだよ悪役令嬢殿……ガイラム・グラークの血を引く者よ」


 シェルミーネが硬直した。

 ガロムの身体も、固まっていた。

 ジュラードは今、何者の名を口にしたのか。


 百年前の、グラーク家の当主。

 シェルミーネの父にして現当主たるオズワード・グラーク侯爵の、5代前。


 ガイラム・グラーク。


 梟雄として名高い人物で、現在はグラーク家旧領の1つヴェルジア地方、ゲンペスト城の地下階に、その屍をとどめている。


 朽ちかけた剣を石畳に突き刺した、白骨死体。

 その身をもって今もなお、ゲンペスト城の地下深くに何かを封じているかのような様を、ガロムは思い出した。

 思い出すまでもなく、脳裏に焼き付いている。


 ゲンペスト城は、そのガイラム・グラークが、ヴェルジア地方の旧領主グスター・エンドルム侯爵を攻め殺し、奪い取った拠点である。


「貴様は……」

 ガロムは、よろりと立ち上がった。

「ジュラードとやら、貴様……よもや、エンドルム家の残党か……!」


 ヴェルジア地方の民の間では、旧領主エンドルム家の治世を懐かしむ声があり、グラーク家による統治の妨げになっていたという。


 およそ百年の間、エンドルム家を擁立する大々的な反乱勢力が、ヴェルジア地方に出現する事はなかった。


 エンドルム家に連なる勢力はしかし、密かに王都へと入り込み、宰相ログレム・ゴルディアック侯爵や王弟ベレオヌス・ヴィスケーノ公爵と結び付いていたのか。


「百年前の事。恨みなど、ありはしないよ」

 ジュラードは言った。

「ガイラム・グラーク侯爵は、紛れもなく英傑……没落の最中にあったエンドルム家が、太刀打ち出来る相手ではなかったというだけの話」


 言葉に合わせ、遺灰が渦巻いた。

「その末裔……シェルミーネ・グラーク。貴女もまた紛れもなき、英傑……」


 灰の渦が薄れ、消え失せた。

 ジュラードの姿も、そこにはなかった。


 危険極まる魔法使いが、この場から本当にいなくなったのを確認しつつ、シェルミーネは言った。

「随分と、剣呑な方々に……身柄を狙われておられますのね? クルバート卿」

「そうとも、グラーク家の悪役令嬢殿。例えば、貴女のような」

「うふっ、あっははははははは」

 本当に楽しそうに、シェルミーネは笑った。


「よく理解しておいでの御様子。そう私、とある個人的な事情で貴方に御同道いただかなければなりませんの。無論、拒否権を差し上げるつもりは毛頭」


「…………お待ち下さい、どうか」

 か細く、幼い声。

 小さな人影が、建物の陰から、おずおずと踏み出して来る。


 少女だった。

 年齢が二桁に達したかどうかという、幼い女の子。

 その年齢にしても小柄な細身を、唯一神教会の簡素な法衣に包んでいる。

 見習いの尼僧、といった装いである。


 クルバートが、呆然と呟いた。

「ミリエラ…………何故、ここに……」

 確かに、幼い女の子が1人で立ち入るような場所ではなかった。


 ミリエラという名前であるらしい聖職者見習いの少女は、しかし1人で来たわけではない。大人が数名、一緒にいる。

 全員、男だった。

 武装した兵士もいる。身なりの良い、明らかに貴族とわかる者もいる。


「お父様……」

 ミリエラが、涙ぐんでいる。

「申しわけ、ございません。ミリエラは……お父様をお助けする事が、出来ませんでした。そちらの方々が戦って下さるのを、ただ物陰から見ているだけ……」

「何を……何を、言うのだ……」

 クルバートは、兵を引き連れた貴族たちを、わなわなと睨みつけた。

「何をしているのだ、貴公ら……何故、このような場所に娘を連れて来た!」


「ミリエラ嬢、御本人の希望だ。お父上を何としても助けたい、とな」

 貴族たちが答える。

「我らにも、独自の情報網はある。とは言えクルバート卿、貴殿を見つけ出すのは容易くはなかったぞ」

「事ここに至っては、どうしようもあるまい。ご家族だけでなく、貴公も我らと行動を共にしろ」


「……なるほど」

 言いつつガロムは一瞬、顔をしかめた。

 全身各所で、火傷の痛みが疼いたのだ。

「自分の妻子を、ある方々に預けてある……と、クルバート卿は言っておられた。それが、この方々か」


「貴女は」

 シェルミーネが身を屈め、ミリエラと目の高さを合わせた。

「お父様を、助けに来られましたの? まさか、とは思いますけれど……あの恐ろしい魔法使いと、戦おうと」

「私……何も、出来ない。そんな事は、わかっていました」

 ミリエラは目を閉じ、愛らしい両手を握り合わせた。


「恐い戦いは、お強い方々に押し付けるしかない……とっても、惨めです。だけどそれは、出来る事を何もしない理由には……なりませんから……」


 光が生じた。

 唯一神という、いるのかいないのか定かではなかったものが今、少女の祈りに応えたのだ、とガロムは感じた。


 その淡く優しい光は今、ガロムの全身を包み込んでいた。

 疼く痛みが、消えてゆく。

 まるで光に溶かしたかの如く、火傷が消え失せていた。


「癒しの、力……」

 ガロムは呟いた。

「唯一神の、力の発現……本当に優れた聖職者だけが、行使出来るという……」


「お怪我をなさってまで、私の父を守っていただいた事……本当に、ありがとうございました」

 ミリエラが、ぺこりと頭を下げる。

「そんな方々に、厚かましいお願いをしなければなりません……父だけでなく、どうか私たちをお助け下さい。ヴィスガルド王国に、真の安寧と栄えを取り戻すため」


「貴方たち」

 ミリエラの頭を軽く撫でながらシェルミーネは、貴族たち兵士たちを睨み据えた。

「幼い子供に思想を植え付けて、一体……何を、なさろうと?」


「我らは、帝国貴族のありようを憂える者」

 貴族の1人が、答える。

「ゴルディアック家をはじめ、旧帝国貴族の主だった者たちが専横と腐敗を極め、民の困窮をもたらしている……これでは、帝国の威光を取り戻す事は出来ぬ」


「あんた方も、旧帝国系貴族だな。一枚岩ではない、とは聞いていたが」

 ガロムが言うと、ミリエラが頭を撫でられながら顔を上げ、まっすぐにシェルミーネを見上げた。

 そして、言った。


「帝国の威光……それはすなわち、大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウス陛下の御威光に他なりません。あの方の復活・御再臨のために、どうか強い方々のお力を、どうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ