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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也
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第3話

 戦が起こった、という。


 ヴィスガルド王国南部。

 レナム地方の領主ボーゼル・ゴルマー侯爵が、王家に不満を抱く地方貴族たちを糾合し、叛乱を起こした。


 アラム・ヴィスケーノ王子が、討伐軍を率いて出陣し、これを鎮圧したという。


 愛妻アイリ・カナンとの間に子供が生まれたばかりのアラム王子を、容赦なく戦争に行かせる。

 王族だからとて特別扱いはしない。

 それを国民に見せつけるためだけの出陣だったのではないか、とシェルミーネ・グラークは思っている。


 叛乱が、ここドルムト地方にもう少し近い場所で起こっていたら。

 グラーク家も、叛乱鎮圧に駆り出されていたのだろうか。

 自分はアラム王子のもとへ馳せ参じていたのだろうか、ともシェルミーネは思う。


 ドルムト地方は、ヴィスガルド王国最西端の地である。

 ボーゼル・ゴルマー侯爵が叛乱を起こした南部の地から、遠く離れている。


 ドルムトより西は王国領ではない。

 獣人その他、人間ならざるものたちの棲まう人外の魔境だ。

 そこから獣人の群れが流れ出し、ドルムトの民を脅かす。


 日常茶飯事であった。


 日常茶飯事としてグラーク家は、民衆を脅かす人外のものたちと戦ってきたのだ。

 ドルムト地方の、領主として。


 現領主オズワードの代で、グラーク家は最盛期を迎えた。

 ドルムトを含む7つの地方を領有し、その権勢は王家に匹敵すると言われていた。


 それが2年前、ドルムト以外の全ての領地を没収された。


 領主令嬢シェルミーネ・グラークの、花嫁選びの祭典における凶行が原因である。


 数日間、シェルミーネは収監された。

 リアンナ・ラウディースを殺したのは自分である。

 裁判では、それのみを言った。


 だが結局、シェルミーネは釈放された。

 証拠不十分、というのが理由である。


 司法としては証拠不十分であっても、国民にとってシェルミーネ・グラークは殺人犯であった。


 平民の希望アイリ・カナンを虐め抜いた悪役令嬢が、結局のところアイリに勝てず、凶行に及んで自滅する。

 そのような物語が、民衆の中に出来上がってしまったのだ。


 その筋書きでなければ、暴動が起こりかねない。

 それほどまでに、花嫁選びの祭典は民を熱狂させた。


 物語の最後で、悪役令嬢は何らかの罰を受けなければならない。

 無罪放免では、民は納得しない。


 だから、悪役令嬢を生み出した大貴族グラーク家に、所領没収という罰が下されたのだ。

 それで果たして民衆が納得してくれたのかどうか、シェルミーネにはわからない。 


 また、ドルムトからやり直せば良い。


 父オズワードは、それだけを言った。

 王家との繋がりを作り損ねた娘を、責める事もなかった。


 誰も、自分を咎めようとしない。

 繁栄を阻害された、ドルムトの民さえも。


「……お馬鹿しか、おりませんわね」

 良く言えば自然豊かなドルムトの大地を、丘陵の上から見下ろし見渡しながら、シェルミーネは呟いた。


 若き兵士ガロム・ザグが、近くに控えている。

 歩兵用の簡素な甲冑をまとう身体は、大柄ではないがガッシリと鍛え込まれていて頼もしい。

 傷跡のある顔面は一見、凶暴そうではある。


 武術の稽古ではなかなか容赦なくシェルミーネを叩きのめしてくれる彼も、言葉では咎めてくれない。


 獣人の群れに襲われていた老人と少年を、村に送り届けた、その帰り道である。


「恐れながら」

 同じく丘陵の上から、ドルムトの広大な森林地帯を見下ろつつ、ガロムが言った。


「馬鹿しかおらぬと仰せですが、俺はシェルミーネ様も相当なものだと思います」

「…………言うようになりましたわね、貴方も」

「誰が信じると思うんですか、あんな話を」


 昔からシェルミーネの言葉を何でも馬鹿正直に信じてくれた純朴な少年兵ガロム・ザグが、こんな事を言うようになってしまった。


「格下の令嬢に、人殺しを命令する……貴女が、そんな回りくどい事するわけがありません。やる時は御自分の手を汚します、シェルミーネ様は」

「……そうしてやろうと何度、思った事か知れませんわ」


 アイリ・カナンを、シェルミーネ自身の手で始末するのは容易い事であった。

 先程の獣人よりも、簡単に殺せる。


 人目につかぬよう実行する機会が、今思えばいくらでもあった。


 それを結局しなかった理由は、シェルミーネ自身にもわからない。


 シェルミーネが実行しなかった事を、しかしリアンナ・ラウディースは決行した。

 それを、シェルミーネは止められなかった。


 止める事は、いくらでも出来たはずなのだ。


 取るに足らぬ取り巻きの1人として、リアンナを放置していた。

 もっと話す事は、出来たはずだ。


 彼女の心がどれほど追い詰められていたのか、自分は知ろうともしなかった。


 何の事はない、とシェルミーネは思う。

 結局のところ、自分がリアンナを死なせたようなものだ。


 グラーク家は大幅に所領を削られ、かつての勢力を失った。

 ラウディース家に救いの手を差し伸べる事も出来ない。リアンナの最後の願いを、叶えてやれない。


 花嫁選びの祭典。

 あんなものさえ開催されなければ、リアンナは死なずに済んだのだろうか。


 あの祭りは、大勢の人間の運命を変えた。

 リアンナ・ラウディースにアイリ・カナン、自分シェルミーネ・グラーク。


 それに、アラム・ヴィスケーノ。


 思えば彼は、飾り物のような王子であった。


 聡明な若者ではあったが、政治的な実績は皆無。

 ただ容貌と人格で、ひたすら民に愛される。そんな青年であった。


 祭りの景品としては、うってつけの人物であったのだ。


 花嫁選びの祭典は、王国内の経済を大いに動かした。

 それこそが祭典を開催した側の狙いであり、アラム王子は、祭りを盛り上げる景品の役割を立派に果たしたと言って良い。


 悪役令嬢の妨害に負けず、見事に祭典を勝ち抜いた平民娘と、幸せな結婚をする。

 そうして、民に幸せな気分をもたらす。


「……良いお仕事をなさいましたわね、アラム王子」


 充分だ、とシェルミーネは思う。

 民衆に幸せを見せるのが仕事の、あの王子に、過酷な事をさせてはならない。


 なのに、アラム王子は戦争に駆り出された。叛乱討伐軍の総大将に、祭り上げられたのだ。


 生まれて間もない息子と共に、アイリは一体いかなる思いで夫の帰りを祈っていたのか。


 幸いにしてアラム率いる討伐軍は大勝利を収め、ボーゼル侯爵の叛乱は鎮圧された。


 その報賞のような形で、アラム・ヴィスケーノは王太子となった。

 王位継承を認められたのだ。


 結局は実績作りでしかなかったのではないか、とシェルミーネはどうしても思ってしまう。


 もはや自分には関係ない、とシェルミーネは思い直した。

 自分はもはや、アラム王子ともアイリとも関わりを持ってはならないのだ。


 眼下に広がる森林地帯を、シェルミーネはただ見つめた。


 森だけではない。村々が、点在している。農地も見える。

 全てが、森林に呑み込まれつつある。そう思える風景であった。無論、森を侵蝕しているのは人間の方なのだが。


 森林を切り開いて耕地にする計画も、持ち上がってはいるらしい。

 ただ収穫が見込めるのは数年先だ。


 森から得られるものを捨ててまで、行うべき事かどうか。領主オズワード・グラークの考え方次第である。


 ともかく、シェルミーネは目を凝らした。

 森の中に、おかしなものが見えたのだ。


 野の獣、ではないものが走っている。


 木々のまばらな所を選んで、それでも木にぶつかりそうになりながら、転倒しそうになりながら、土煙を蹴立てている。


 馬車、であった。


 2頭の馬が、今にも倒れそうになりながら、車輪付きの巨大な箱を引いている。

 かつては豪奢な馬車であったのだろうが。今や壊れかけの箱であった。あちこちが破損し、何本もの矢が突き刺さっている。


 貴人の馬車、であるとしたら、中にいる貴人は無事なのか。

 この様子では矢を受け、負傷しているかも知れない。


 御者席で手綱を握っているのは、1人の若い兵士である。

 着用している鎧兜は、ガロムが身に付けているものよりもずっと立派な物だ。もしかしたら騎士階級かも知れない。


「……追われていますね、あの馬車」

 ガロムが言った、その時には、シェルミーネは丘陵を駆け下りていた。

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