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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第23話

 ジグマ・カーンズ元伯爵が、吹っ飛んだ。


 槍で、とっさに防御をしたようである。

 その槍が、折れていた。

 目に見えぬ何かが、彼の防御を粉砕していた。


 吹っ飛んだジグマが、地面に激突し、血を吐きながら、よろよろと立ち上がる。

「ぐ……っ……!」


「やるねえ。こいつを喰らって生きているとは大したもんだ!」

 絡み合う大蛇のような筋肉を有する大女が、楽しげに歩み迫って来る。


 その両手。形良く力強い五指が、太い鎖を握り、手繰り、振り回す。

 鎖の両端では、棘を生やした鉄球が左右2つ、流星の如く宙を裂き、飛翔し続ける。


 その流星の一撃が、ジグマを吹っ飛ばしたのだ。


 血を吐く、程度の痛手で済んだのは、彼だからだ。少なくとも肋骨が数本は折れ、体内を傷付けている。

 生半可な使い手であれば、肉体が破裂し臓物をぶちまけているところだ。


「ジグマ卿、逃げろ!」

 ガロム・ザグは牙剣を構え、ジグマの前に出た。


「わかっているとは思うが、あんたは死んではならん男だぞ」

「…………!」

 何か言おうとするジグマを、数名の民兵たちが囲み庇う。

 全員、ジグマの盾となり鎖鉄球を喰らう事を、躊躇いもしないだろう。


「そうか、逃げるか」

 大柄な娘が、鎖を豪快に振り回し、笑う。

 ゲルグリム山に、ちらりと視線を投げる。


「わかるよジグマ・カーンズ殿。あんた、あの山の連中を面倒見なきゃいけないもんな。民兵ども、随分と頑張ってるけど、あんたがいなきゃ烏合の衆だ……無様でも、逃げて生き延びなきゃならない。笑いはしない、逃げろ逃げろ。逃げられると思うなら、なあ!」

 民兵たちに向かって鎖が振るわれる、寸前。


 ガロムは、無言のまま踏み込んだ。姿勢低く、獣のように。

 一応は女性である相手に、左右2本の牙剣を容赦なく叩き込む。


「……ほう、こいつ」


 絡み合う大蛇のような筋肉が、躍動した。

 巨体が、軽やかに跳んで牙剣をかわす。後退し、鎖武器の間合いを開こうとする。


 ガロムは、なおも踏み込んだ。接近戦の間合いを維持したまま、左、右と立て続けに牙剣を打ち込む。


 ことごとく、回避された。


「いい踏み込みだ。牙剣なんて武骨なもの振り回す腕っ節も、さる事ながら……足腰が強い。そう、戦いの基本は腕力じゃなく脚力なんだよなあ」

 腕力も脚力もガロムを上回るであろう娘が、賞賛をくれた。


 その豊麗な巨体は、剛力のみならず俊敏性の塊でもあった。


「……お前、グラーク家の兵士か。くそったれ悪役令嬢の、お供をしてるのか?」

「ガロム・ザグという。貴様、シェルミーネ様と何か因縁があるのか」


 牙剣を振るう。右、左。

 2本とも、止まった。止められていた。


「花嫁選びの祭典、見た? 信じらんないだろうけど、あたし出場してたんだよ」

 牙剣もろとも。ガロムの両手が、鎖に絡め取られていた。


 力で、抗う。

 祭典の出場者であったという大女が、さらに凄まじい力で、ガロムの両前腕を鎖で拘束している。

 力、だけではない。ガロムの攻撃を鎖で捕獲した、その早業は恐るべきものだ。


「シェルミーネの奴とは、ね……まあ色々とあった。あいつ今どこにいる? 戦場には出てるよな? そもそも何で、グラーク家の連中がここにいる?」


 歯を食いしばり、睨み据えるガロムに、ぎろりと間近から眼光が返される。

「ここはもう、グラーク家の領地じゃないはずだが……このゴタゴタに紛れて、取り返そうってわけか? それが悪いとは言わないが」


「……成り行きだ」

 ガロムは言った。


「放ってはおけないものが、視界に入った。ただ、それだけの事……シェルミーネ様は、そういう御方だ」

「お前。あいつに付き合っていたら、命がいくつあっても足りないぞ?」

「気に入らんものが視界に入ったのは、俺も同じだ」


 民兵たちが、負傷したジグマを運んで行く。ゲルグリム山の方へと、退却して行く。

 それをガロムは一瞥し、確認した。


「この地方の、状況……どうにも、気に入らん。だから戦っている」

「あたしは」

 ガロムの、腕だけでなく全身に、鎖が絡み付いていた。


「……お前が気に入ったよ、ガロム・ザグ」


 レグナー地方領主デニール・オルトロン侯爵は、巨大な肉塊と成り果てていた。


 肉塊が多方向に伸び、無数の触手を成している。

 いくら切断しても、尽きる事なく伸びうねり、襲いかかって来る。


 再生している、のかも知れない触手の群れ。

 その襲撃の真っただ中へと、シェルミーネ・グラークは踏み込んで行った。


 露出のない戦闘服をまとう細身がフワリと回転、しなやかな身体の曲線が竜巻のように捻れた。

 馬の尾の形に束ねられた金髪が、横殴りに舞う。


 それに合わせ、いくつもの閃光の弧が生じた。

 斬撃の、閃光。


 群がり襲い来る触手たちが、その弧に薙ぎ払われて切断され、びちびちと暴れながら飛び散ってゆく。 


 シェルミーネの右手で、細身の長剣が光を帯びていた。

 魔力の光。それが今、いくつもの斬撃の弧となり、空中に残っている。


 シェルミーネは、左手の人差し指と中指を眼前で立てた。

 攻撃を、念ずる。


 空中に残る光の弧が、全て砕け散った。

 破片が集合し、巨大な光球と化した。

 魔力の塊。


 それが、流星の如く飛んだ。


 際限なき触手の発生源である肉塊に、その流星がぶつかって行く。


 爆発が、起こった。


 まばゆい光の爆発の中、先程までデニール・オルトロン侯爵であった怪物が、跡形もなく消え失せてゆく。


 王国より正式に任命されたレグナー地方の領主は、もはや屍すら残ってはいない。


「私が……殺した、という事になってしまいますの?」

 シェルミーネは、荒れ果てた本陣内を見回した。


 獣人クルルグも、デニール侯を怪物に変えた白装束の男も、姿が見えない。


 その代わりのように、気配が1つ、近付いて来る。

 軽く、シェルミーネは跳んだ。


 回転しながら飛来したものが、足元に深々と刺さり埋まった。

 2本の、牙剣。


「お見事。いい戦いっぷりだ」

 何者かが、シェルミーネを誉めてくれた。


「お前……あたしと戦った時は、やっぱり手ぇ抜いてやがったな? いや、あんなもの戦いとは言わないか。お嬢様同士の、やんごとない遊び」

「お遊びでも私、手を抜いたつもりはなくてよ」


 巨体であった。

 魅惑的な女体の凹凸が、強靭な筋肉によって維持されている。


「私……あわよくば、貴女の命を奪いたいと」

「奇遇だなあ。あたしも貴様をぶち殺すつもりだったよ、くそったれ悪役令嬢シェルミーネ・グラーク」


 そんな豊満なる巨体が、牙剣の持ち主を軽々と担ぎ上げている。

 がんじがらめに鎖で拘束された、若い兵士。

「し……シェルミーネ様……面目ありません……」


「気にする事ありませんわ、ガロムさん。その怪物に勝てる戦士が、この世にいるとすればアルゴ兄様くらいのもの」

 そんな怪物に、シェルミーネは剣を向けた。

 魔力の輝きを帯びた、細身の剣。


「兵士ガロム・ザグは、グラーク家の大切な人材……返してもらいますわよ。剛力令嬢ベルクリス・ゴルマー」

「うん。あのさ、その事なんだけど」

 にやりと笑っていたベルクリス・ゴルマーが、真顔になった。


「……このガロム君、あたしが持って帰るから。もらってくから」

「寝言は寝ておっしゃいな」

「寝ちゃいない、起きてるよ。あたしは本気で言ってる。アラム王子もいい男だったけど、アイリのもんになっちゃったし……ガロム君、アラム王子と同じくらいイイ男なわけで」


 ガロムを担いだまま、ベルクリスは俯いた。

 美しい、と言えなくもない顔が、赤らんでいる。


「ほ、本当はさ。このまま、その辺の草むらにでも運び込んで……既成事実、作っちゃおうかなーなんて。けどやっぱり、まずはお前に話通さなきゃと思ってさ」

「世迷い言を、通すつもりはなくてよ」


「シェルミーネ様。ジグマ卿が、このベルクリス・ゴルマーとの戦いで負傷しました。ゲルグリム山は無事です」

 兵士として精一杯、ガロムは報告をしている。

「敵は……こやつ1人を、残すのみです」


「敵とか言うなよガロム君。あたしにはもう、お前と戦う理由はないんだ。何しろもう、あたしの仕事は終わり」

 ちらりと、ベルクリスは本陣を見回した。

「ここにさ、あたしの雇い主がいたと思うんだけど……もしかして、お前に殺されちゃった? なあ悪役令嬢」

「……そういう事に、なりますわね」


「まさか、だけどさ。今お前が仕留めたバケモノ、あれが」

「デニール・オルトロン侯爵閣下の、変わり果てたお姿……なぁんて申し上げたら貴女、信じて下さいますの?」

「そうゆう事さあ、ルチアの奴が得意だったのよ。お前、知ってるかな? 祭典のかなり後の方なんだけど」

 2年前、花嫁選びの祭典を、ベルクリスは懐かしんでいる。


「アイリがさ、何かゴロツキみたいな連中に拉致られそうになったわけ。お前の差し金だって、あたしは思ってたけど」

 十中八九、リアンナ・ラウディースの差し金であろう。

 シェルミーネは、それは言わずにおいた。


「で、あたしがその連中をぶちのめして……ルチアがさ、そいつらに、ちょちょいのちょいで変な魔法かけて。そしたら何とまあ面白いバケモノになっちゃってさあ。あたしとルチアで、ゲラゲラ笑いながらぶち殺して遊んでたのよ。後でアイリに、めっちゃ怒られた。あたしもルチアも正座させられてさ、3時間くらい説教されてさ」


 ルチア・バルファドール。

 ベルクリス・ゴルマー。

 花嫁選びの祭典で、この両名は早々と脱落した。

 そして、祭典の残り期間を、アイリ・カナンの押しかけ用心棒として過ごしたのだ。


 ベルクリスは今、その頃に戻っている。

「楽しかったなあ……本当に、楽しかった」

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