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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第21話

 敵も味方も、1人も殺さずに済むなら、それが一番良いに決まっている。


 そんな事を言いながらアルゴ・グラークは、賊徒の群れを皆殺しにして見せた。

 無論、実際は違う。アルゴ1人で殺害した人数など、せいぜい10と数人。20人には達していない、とガロム・ザグは思っている。


 その戦いぶり・殺しぶりが、総勢数百人の賊徒に、皆殺しも同然の衝撃を与えたのだ。

 生き残った賊徒は、全て投降した。


 10人を殺せば、百人を殺さずに済む。百人を殺せば千人が生き長らえる。

 そういう戦をせよ、とアルゴは言っていたものだ。


 グラーク家がまだ、いくつもの地方を領有していた頃の話である。

 ログラム地方で、賊徒の群れが領民を脅かした。

 領主グラーク家の次男が、当時まだ新兵であったガロムを引き連れ、討伐に赴いたのだ。


 まさしく言葉通りの戦を、アルゴは実践してのけた。

 十数名の賊徒を豪快に虐殺し、他数百人の心をへし折って降服へと導く。そんな戦だ。


 同じ事が、自分に出来るか。


 左右2本の牙剣を、ガロムは様々な方向に叩き込んでいた。

 様々な手応えが、返って来た。

 槍を叩き折る感触、剣を打ち飛ばす感触。そして、人体を粉砕する感触。


 戦である。殺さない、というわけにはいかない。


 レグナー地方、ゲルグリム山。

 山麓の原野で、戦が行われている。


 攻め手は、レグナー地方領主デニール・オルトロン侯爵が率いる王国地方軍。総勢1000人。


 迎え撃つは、ゲルグリム山を拠点とする叛乱軍。

 こちらはグラーク家の旧臣ジグマ・カーンズ元伯爵が率いる民兵部隊で、数だけ見れば王国地方軍の半分にも満たない。


 天然の要塞とも言えるゲルグリム山に立てこもり、守りを固める。

 それが戦術戦略の常道というものであろう。


 ジグマは、しかし攻めの姿勢を崩さなかった。

 山塞より打って出て、王国地方軍に痛烈な一撃を喰らわせたところである。


 ガロムも今は傭兵のような立場で、ゲルグリム山の民兵部隊に協力をしていた。


 民兵たちの士気は、高い。

 後方はゲルグリム山。彼らの、家族がいる。

 守るべきものが、背後にあるのだ。


 比べて王国地方軍の兵士たちは、明らかに腰が引けていた。

 彼らにしてみれば、この戦に勝ったところで、民を虐げた事にしかならないのだ。


 兵士が3人、いくらか自暴自棄気味に踏み込んで来る。

 突き込まれて来た3本の槍を、ガロムは左右の牙剣で叩き折った。


 兵士たちの顔面で、驚愕と怯えの表情が凍り付く。

 そこへガロムは容赦なく、牙剣を打ち込んでいった。


 粉砕の手応えを、しっかりと握り締めた。

 獣人を殺戮するのと、感触はそう違いはしない。


 様々なものを飛散させ、3つの屍が倒れてゆく。


「武器を捨てて投降しろ!」

 ガロムは叫んだ。


 応じる者はいない。が、立ち向かって来る者もいない。

 王国地方軍の兵士たちは、逃げ出していた。


 まだか、とガロムは思った。

 十人を殺し、百人を投降させる戦い。自分には、出来ていないのか。


 逃走では駄目だ。降服、させなければ。

 逃げた兵隊は、いずれまた攻めて来る。味方を殺す。


「追うな!」

 叱りつけるような命令が、ガロムの身体を硬直させた。

 命令する事に、慣れた者の声。


 振り返る。

 槍を携えた、1人の武人の姿が、そこにあった。


「深追いはならぬ。本日の勝ちは、ここまでとしておけ」

 ジグマ・カーンズ元伯爵。

 その命令が、勢いに乗じかけていた民兵部隊に浸透してゆく。その様が、見てわかる。


 1人の命令違反者もなく、民兵たちは戦闘行為を止めていた。

 王国地方軍の退却を、油断なく見送っている。調子づいて追撃・殺戮に走る事もなく。


 驚くベき統率力、であった。


「ガロム・ザグ。追撃をしたいか」

 ジグマが、問いかけてくる。


「徹底的に追い討ちをかけ、殺せるだけ殺しておかねば安心出来んか。可能な限り殺さぬよう努めていた貴様が」

「……戦、だからな」

 ガロムは言った。


「無論、貴方の命令には従う。ただ……1人、敵を逃がしてしまえば、後日に誰かが殺される」

 ゲルグリムの山塞を、ガロムは見上げた。

 非戦闘員が、あそこには大勢いる。

「……俺は、そう考えてしまう。どうしても」


「だから、殺さぬまでも降服させたい。か」

 頬骨の目立つジグマの顔に、ニヤリと笑みが浮かんだ。


「グラーク家の次男坊を、真似ようとしていたな」

「……アルゴ様なら、ああ言うだけで敵を降服させられる。俺では駄目だな」

「あの化け物と比べるのは、やめておけ。あれは特別なのだ」

 ジグマは言った。


「……敵は、逃がす。逃げ癖を、付けさせておくのだ」

「いずれ、最初から戦わず逃げ出す奴も出て来る……か」

「ガロム・ザグ。貴様のように自分の頭で物を考えられる兵士はな、時に独断専行をやらかして味方に損害を与えてしまう事もある。だが優れた兵とは、劣勢で殺されかけている時でも思考を捨てぬもの。命令を受けられぬ状況下において、己で考え自力で活路を開く。貴様には、その素質がある」

 鋭い眼光が、じっと向けられてくる。


「……惜しい事をした。私がまだ爵位ある身であったら、何としても貴様を部下にしていたところだ」

「買い被りが過ぎるな。それよりジグマ殿」

 ガロムは、牙剣を構えた。


「……まだ、終わってはいないようだぞ」

「あやつ……!」


 退却しつつある王国地方軍。

 その慌ただしく混然とした人の流れに逆らって、巨体がひとつ。こちらに歩み寄って来る。


 大蛇を、ガロムは幻視した。

 剥き出しの二の腕と太股。その隆々たる筋肉は、まるで絡み合う蛇の群れだ。


 甲冑らしきものを一応、身に付けてはいる。暴力的な胸の膨らみが、部分鎧に閉じ込められて窮屈そうだ。

 女、であった。

 シェルミーネ・グラークとそう年齢の違わぬ、若い娘。

 単純な膂力だけでも、ガロムとジグマを上回るだろう。


「いい男が、2人もいるじゃないか」

 美しい、と言えなくもない顔立ちに、獰猛な笑みが浮かぶ。

「くそったれ悪役令嬢なんぞにゃ、もったいない……あたしが、いただくとしようか」


 帝国の歴史は、唯一神教の歴史でもあった。


 かつて地上には様々な国があって、様々な神々が信仰されていた。

 その神々は、唯一神教に吸収あるいは駆逐された。


 唯一神教会は、信仰と武力を巧みに使い分けて国々を併合し、帝国を作り上げた。

 そして教会は、皇帝を任命・擁立して俗世の政を行わせ、自身は神聖なるものとして超然たる立場を保った。


 唯一神教のみが、正しき信仰となった。

 あまた存在していた神々は、唯一神に仕える天使になったり、悪魔として討滅されたりした。


 唯一神教会の聖典に、そのような物語がいくつも記されている。

 帝国が滅びて久しい今日においても、童話のような形で語られ続けている。


 次男アルゴ・グラークが、そのような話を幼い頃から好んでいたものだ。


 この息子が特に熱狂していたのは、巨竜に騎乗して唯一神に戦いを挑む、魔王の物語である。

 その魔王は、唯一神教会に滅ぼされた、とある国の神であったようだ。


「さあさあ殿下、くそったれな唯一神めを討伐しに参りましょうぞ」

 大柄な身体を四つん這いにして、アルゴはゆっくりと徘徊していた。

 広い背中に、1人の赤ん坊を騎乗させてだ。


「殿下は今、巨竜を駆る魔王であらせられます。がおーん、がおーん!」

 フェルナー・カナン・ヴィスケーノ王子が、喜びはしゃいでアルゴの頭をペしペしと叩く。


 アルテミラ・グラークは、思わず言った。

「殿下には、ね……あまり貴方のような暴れん坊に、育っていただきたくはないのだけど。貴方に一番、懐いてしまわれたのねえ」

「殿下が一番、懐いておられるのは、貴女にですぞ母上」


 ドルムト地方、ジルバレスト城。

 領主家族が憩いに用いる大広間で、アルゴは四足の巨竜と化していた。

「おお、人間どもの街がありますな。踏み潰してしまえとの仰せにございますか殿下、承りました。おらおら滅びろ人間ども! どぐわっしゃぁあああああああ!」


 魔王を乗せた巨竜が、本当に街を破壊している。

 アルテミラには一瞬、そう見えた。


「……母上。俺は今、くそったれな王都を本当に踏み潰してしまいたくて仕方ありません……何故あのような事が起こるのです。何故、このような事になるのです! 何故……」

「何故かわからない、そもそも何が起こったのかも明らかではない今。怒り狂って誰かを憎むのは、やめておきなさい」


 娘シェルミーネ・グラークが、亡骸となった親友とその遺児を伴い、この城に帰って来た時。

 アルゴは、怒り狂った。暴れた。王宮の者どもを皆殺しにする、などと吼えた。

 シェルミーネが、兵士ガロム・ザグと2人がかりで、懸命に取り押さえたものである。


「王都を踏み潰す……貴方は本当にね、そういう事をやりかねないわ」

「違いますよ母上。そういう事をやらかすのは、俺ではなくシェルミーネです」

 フェルナー王子を背に乗せたまま、アルゴは巨竜であり続けている。


「何が起こったのかを……あやつが、明らかにしてくれれば良いのですがね。ほらほら殿下、偉そうな城がございますぞ。叩き潰してくれましょう、どごむ! どごむ!」

 王都ガルドラントを破壊する巨竜の上で、小さな魔王は楽しげに、本当に楽しそうに、はしゃいでいた。

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