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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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202/203

第202話

「悲しいかな、人は戦を止められぬ」


 ゲンペスト城。

 広大なる地下空間に、その声は朗々と響き渡った。


 数千の兵を従わせる声だ、とジュラードは思った。

 数千の兵が、この声で命令されただけで躊躇いなく死地へ赴き、容易く命を捨てるだろう。


 そんな声も、しかし、この者たちには届いていない。


「人は、人と争い、人を殺める。俺も、そうしてきた! この身に返り血を浴び、己の手を汚してきたのだ。自慢する事ではないが、なあッ!」


 言葉の届かぬ、会話の出来ぬ相手に向かって、筋骨たくましい巨体が猛然と踏み込んで行く。


 熊を思わせる巨漢であった。

 牙を剥いたような笑顔は、凶暴そのものだ。

 獣毛の如き髭には少々、白いものが混ざっている。


 確か、息子がいるはずであった。

 この熊のような父親の下、武将として立派に務めている、ようである。


 息子にも部下にも任せはせず、今は自ら動いている。

 そんな巨漢を、さらに巨大なものが迎え撃つ。


 陸棲の大蛸、と言うべき異形。

 大量に伸びた太い触手は、全て毒蛇だ。

 毒牙を剥いて奇声を発しながら、超高速で縦横無尽に宙を泳ぎ、暴れ狂い、巨漢を襲う。


「闘争も殺戮も、人が自らの手で行うものだ。貴様らなど要らぬ!」


 まさしく熊の如く、巨漢は吼える。

 両の豪腕で、大剣を振るう。


 暴風を巻き起こす斬撃が、毒牙ある触手の群れを薙ぎ払い切断し、それらの発生源たる大蛸の巨体をも叩き斬っていた。


 叩き斬られたものが、ほぼ真っ二つとなって巨漢の左右にぶちまけられる。

 その屍をグシャリと蹴散らし、巨漢に襲いかかる者たちがいた。


 甲冑である。

 全身甲冑に身を包んだ、大柄な重装歩兵に見える。


 甲冑の中身は、形ある肉体ではない。

 関節の隙間に、炎のように揺らめく霊体が、常に見え隠れしている。


 そんな、肉体なき重装歩兵が二体。

 大型の槍を、左右から巨漢に突き込んでゆく。


 熊を思わせる巨体が、旋風と化した。

 ジュラードには、そう見えた。


 竜巻にも似た、回転斬り。

 大剣が幾重にも弧を描き、二本の槍を叩き折り、重装歩兵二体を切り刻む。

 甲冑の破片と霊体の飛沫が、一緒くたに飛散した。


「要らぬ、要らぬ! 貴様らなど」


 回転が、止まった。

 踏みとどまった足で、巨漢は力強く石畳を蹴った。

 踏み込み、疾駆した。


 疾駆する巨体に狙いを定め、光を放つものたちがいる。


 生首ほどの大きさの、眼球。

 何本もの視神経を束ねて樹木のような一本脚を形作り、直立している。

 そんな直立眼球が十数体、石造りの大広間のあちこちから、巨漢を凝視しているのだ。


 全ての眼光が、物理的な破壊力を有する可視光線であった。


 飛び交い襲い来る破壊光線の嵐を、巨漢は走って回避した。

 かわせぬものは、大剣で受けた。


 隆々たる筋肉は、敏捷性と技量の塊でもある。

 豪快な腕力と精緻なる技量で操られた大剣が、気の輝きを発しつつ、破壊光線を弾いて逸らす。受け流す。


 弾かれ流された光線が、石畳や石柱を粉砕する。

 石の破片が、大量に舞い上がる。

 それらを巨漢は、走りながら蹴り飛ばした。


 剛力の健脚に蹴飛ばされた石片たちが、直立眼球の数体を正確に直撃し、破裂させてゆく。


 崩れていない石柱の陰から、ジュラードは、その様を見つめていた。

 闇色のフードの内側で、呻く。

「化け物め……」

「聞こえておるぞ!」


 特に大型の重装歩兵が、巨漢の眼前に立ち塞がって戦斧を振りかざす。

 振り下ろされる前に、巨漢は大剣を一閃させていた。


 大型の重装歩兵が、叩き斬られた。

 甲冑の中身である霊体が、血飛沫の如く大量に噴き上がって飛散し、消滅してしまう。


「隠れて見ておる卑怯者よ、少しは俺に加勢しようという気になれんのか? それとも隙を見て俺を殺すのか? グスター・エンドルムの仇討ちを成し遂げるかっ!」


「……出来るならば、とうにしている」

 ジュラードは、会話に応じた。


「ガイラム・グラークよ、私は貴様に殺されかけたのだぞ? その馬鹿力で叩き斬られ、霧散した身体……ようやく、形が戻ったばかりである。力は戻っておらぬ」


 毒蛇を生やした大蛸が、もう一体。

 ガイラム・グラークに多方向から喰らい付こうとして、叩き斬られた。

 その様を見据え、ジュラードは言った。

「この『門』を閉ざし、再度の封印を施すには……貴様の、その馬鹿げた武勇に頼らねばならんのだ」


「再度の封印か。ギルファラル・ゴルディアックによる一度目の封印は、およそ四百年を経て今や力を失いつつあるのだな? だから、このような者どもが湧いて出る」


 いくつもの人面が集合・融合したような姿の怪生物がいて、ぬるりと高速で石畳を這い、牙のある臓物を大量に吐き出して足元からガイラムを奇襲する。


 大剣を振るうまでもなく、巨木の如き片足でグシャリとそれを踏み潰しながら、ガイラムは嘲笑う。


「かのヴェノーラ・ゲントリウスは、こやつらを率いて様々に暴虐を働いたそうな。ふん、愚かな女よ! 人を殺めるに人ならざるものの力を借りるとは。己の手を汚し、返り血を浴びる覚悟が……無かったのであれば、暴君たる資格は無い」


「己の手を、大いに汚したとも」

 ジュラードは言った。


「大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスは、自ら殺戮を行い、返り血と呪詛と怨嗟で身を染めてきた。それでも、手が足りなかったのだ。こやつら異界の魔物どもを使役せねばならぬほど……帝国末期、かの時代は腐敗と混沌の極みにあった」


「いくら殺しても、足りぬ時代か」

 言葉に合わせ、ガイラムは大剣を一閃させた。

 重装歩兵が三体、滑らかに叩き斬られて中身の霊体を霧散させる。

「……俺がいたなら、手伝ってやれたものを」


「力になれる者など、おらぬ。誰に頼る事も出来ずヴェノーラ・ゲントリウスは暴君となり、そしてアルス・レイドックに殺された。しかし『門』は残ってしまった」

 はっきりと、ジュラードは告げた。


「閉ざさねば、ならぬ。施錠を行う。ガイラム・グラークよ、貴様の命が必要だという話はしたな。決意は変わらぬか? 命を惜しんだとて責めはせぬ、嘲笑いはせぬ。逃げるならば、これが最後の機会となろうぞ」


「逃げなかったのだよ、ガイラム・グラークは」


 ジュラードの言葉に合わせ、小さな太陽が飛んで来る。

 太陽の如き、火球。

 空中にいくつも生じて燃え盛り、次々と発射され飛来する。

 シェルミーネ・グラークを、強襲する。


「己の命を封印に捧げ、『門』を閉ざした。異界の魔物どもを、地上へと出さぬため……人々を、民を、守るためにだ。貴族という者たちは、死に際であっても格好を付けねばならぬ。難儀な事よな」


 同じく。いくつも生じて浮遊する光の盾が、シェルミーネの周囲を旋回しつつ火球を受ける。防ぐ。火球もろとも、爆ぜて砕け散る。

 補充される形に、光の盾は次々と出現し続ける。


 光の破片と火の粉が、目映く飛散し続ける中。

 シェルミーネは、大量に浮遊する盾を足場に、跳躍を繰り返していた。


「……私に、同じ事をしろと?」

 魔剣・残月を、一閃させる。

「民を守って、格好を付けて、死ね……と、おっしゃいますのね」

 細身の刃が、光を打ち払った。

 電光だった。


 フェアリエ・ゲラールの両手。

 細腕に雷雲が絡み付いているかの如き黒色の長手袋が、轟音を立てて放電し、シェルミーネに稲妻を飛ばしている。


「そんな必要は無い。そなたは、ここで死ぬのだシェルミーネ嬢」

 言葉を発しているのはフェアリエではなく、彼女の細い身体に貼り付いた闇色のドレスである。


「そなたの力は……ガイラム・グラークには、遠く及ばぬ。何も、出来はせぬ。故に私の邪魔をするなと、そう言っているのだ」


「貴方が、その時……我が父祖ガイラム・グラーク侯と行動を共にした理由は、何ですの?」

 シェルミーネは、問いかけた。


「その『門』を閉ざすために、ガイラム侯のお命が必要であったから? 『門』が開き、異界の魔物たちが溢れ出したところで、貴方が困る理由など無いと思えてしまうのですけど」


「この国を、魔物どもに荒らされてはならぬ」

 ジュラードは言った。


「私には、探し出さねばならぬものがあった。グスター侯閣下より賜った巻物だけでは、不充分であったのだ。大魔導師ギルファラル・ゴルディアックが遺したる秘法……私は王国全土、ゴルディアック家と関わりあるもの全てを調べ上げなければならなかったのだ。その調べ事が、ただでさえ戦乱のせいで難航していた。そこへ、さらなる混乱を起こされてはな」


 その声が、震えた。

「……実は違う、のかも知れぬ。私は……ヴェノーラ・ゲントリウスの帰還を、本能に近い部分で感じ取り、それを恐れていた……のかも知れぬ。彼女が、この世界に戻って来たなら……私は、存在する理由を失う」


 魔剣・残月の細い刀身に、電光がぶつかって来る。

 圧されるようにシェルミーネは後方へ跳び、浮遊する光の盾の一つに降り立った。


 いや、降り立たずに蹴った。

 すらりと強靭な美脚が超高速で弧を描き、光の盾を蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされた盾が、フェアリエを直撃した。

 黒いドレスの上から、少女の細身を圧し曲げた。

「ぐっ……こ、これは……この戦い方…………ガイラム……グラーク……」


「今少し、我慢なさいませフェアリエ嬢!」

 別の盾に降り立ちながらシェルミーネは、残月を振るい、叫んだ。

 号令だった。


 少女の細身を圧し曲げている光の盾が、盾の形を崩していた。

 不定形の光に戻りながら、フェアリエの肢体に、四肢に、絡み付いてゆく。

 そして、鎖と化す。


 光の盾は、光の鎖に変わっていた。

 そして少女のたおやかな四肢を、厳重に縛り上げる。


 シェルミーネの足場となっているもの、以外の盾が全て消え失せた。


 いくつもの盾を成していた力を、シェルミーネは全て、鎖の強度に注ぎ込んでいた。

 闇色のドレス……ジュラードの力を、封じる鎖に。


「ええと……その、何と申しましょうか……」

 シェルミーネは一度、咳払いをした。


「…………その悪趣味なドレス……脱がせて差し上げますわね、フェアリエ嬢。お覚悟なさいませ」

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