表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/204

第199話

 血の暴風が、吹き荒れている。


 精強なるヴィスガルド王国正規軍が、今や風に舞う塵であった。

 砕け散りながら舞い上がり、血飛沫と化して空中あちこちに咲き乱れる。


 殺戮、と言うより破壊。

 二つの鉄球が、鎖を引きずりながら縦横無尽に飛翔旋回し、正規軍兵士たちを粉砕してゆく。

 皆、人として死ぬのではなく、物として壊れてゆく。


 人間の尊厳など欠片もない、とヒューゼル・ネイオンは思った。


 このボーゼル・ゴルマーという男の視界に入った瞬間、人間は物と化す。

 単なる障害物として、この世から除去される。

 肉体と尊厳を、同時に瞬時に打ち砕かれる。


 長大な鎖を、ひたすらに振り回しながら、ボーゼルは歩いていた。

 ただ、前に進んでいる。


 徒歩の巨体に対し、王国正規軍の騎兵隊が突進を試みる。

 槍を構え、馬を進ませながら、鉄球に薙ぎ払われて砕け散る。

 馬たちは無傷のまま、騎手の残骸だけを乗せて走り去る。


 ボーゼルは、馬たちには慈悲を示したのかも知れない。

 人に対しては、残忍であった。


 歩兵たちは、縦横無尽に旋回する鎖鉄球によって容赦なく叩き潰され、原形を失いながら飛散し、血液の霧に変わってゆく。


 血の暴風を吹かせながら、ボーゼルは迫りつつある。

 王国正規軍総司令官、アラム・エアリス・ヴィスケーノのもとへ。


 今は、自分がアラム王子なのだ。

 思い定めつつヒューゼルは、味方の犠牲に耐えた。


 煌びやかな馬具を着せられた、軍馬の鞍上に自分はいる。

 壮麗なる甲冑に、身を包んでいる。

 王族の勇士にのみ、許された装いである。


 今はアラム・ヴィスケーノである自分の周囲では、護衛の兵士たちが弓を引き、間断なく矢を放ち続けていた。

 歩み迫る、叛乱軍総大将に向かってだ。


 鍛え抜かれた弓兵による矢の豪雨が、しかしボーゼルの振るう鎖によって薙ぎ払われ、へし折られていった。

 攻防一体の鎖。

 その両端である左右の鉄球が、歩兵を、騎兵を、片っ端から鮮血の霧に変えてゆく。


 心乱すな、とヒューゼルは己自身に言い聞かせた。

(俺も、お前らと同じだ。すぐに死ぬ)

 唯一神に祈りを捧げる、代わりに心の中から語りかけ、長弓を引く。

(アラム殿下の御前にあっては……俺たち全員の命、等しく価値がない。ただ投げ打つのみ)


 狙いを、定める。

 鎖に弾かれぬ一点を、狙い澄ます。


 ヒューゼルは、弦を手放した。

 空気の裂ける音が響き渡っている、その間に、射出された矢は命中していた。


 ボーゼルの、左胸。

 豪壮なる甲冑を穿ち、矢は突き立っている。


「おう、これは」

 ボーゼルは、嬉しそうな声を発した。

「俺に、矢を当てる者がいるとはなあ。ふっふふふふ、叛乱……起こして、みるものだ」


 ヒューゼルは呆然と、愕然とした。


 矢はボーゼルの、鎧に穴を空けた、だけだった。

 人間の頭部を撃ち落とす弓勢で飛ばされた矢が、分厚い、あまりにも強固な胸板で止まっている。

 小さな刺し傷くらいは、負わせたのかも知れない。


 毒矢であれば、とヒューゼルは一瞬だけ思った。

 この怪物を殺せる毒など存在するのか、とも。


「腕は立つ。心意気も、悪いものではない」

 豪雄ボーゼル・ゴルマーが、ヒューゼルを誉めてくれた、のであろうか。


「だが若者よ。お前の気では、数万の兵を従わせ、思い通りに指揮する事は出来ない。お前は……アラム・ヴィスケーノ王子、ではないな?」


 ニヤリと、ボーゼルは笑う。

 虎か熊が微笑んだ、ようにも見えた。

「自分は偽物であると、正直に言えば見逃そう。敗残兵として逃げるが良い。なあに恥じる事ではないさ」


「我が名は、アラム・エアリス・ヴィスケーノ……」

 煌びやかな馬具を着せられた軍馬の上で、ヒューゼルは名乗った。

「逆賊ボーゼル・ゴルマー! そなたを討ち滅ぼす者の名であるぞ、心して聞け!」


「見事。ならば、おぬしを敗残兵ではなく、一人の英傑として遇するとしよう」

 ボーゼルは、鎖を振るった。


 記憶は、そこで途切れている。


 ヒューゼル・ネイオンは、矢を持つ右手で頭を押さえた。

 左手には、刃を備えた長弓。


 矢をつがえる事が、出来ない。

 射殺すべき、なのであろう相手が空中にいて、地上に雷火を落としていると言うのにだ。


 闇色のドレスを身にまとう少女。

 黒い長手袋に包まれた左右の細腕はバリバリッ! と烈しく帯電・放電をしており、まるで雷雲を両腕にまとっているかのようだ。


 雷雲に包まれた繊手から、電光が放たれる。

 小規模な落雷が、ヒューゼルの周囲で地面を砕く。土が、舞い上がる。


 フェアリエ・ゲラールは今。

 空中からの雷撃でヒューゼルを灼き殺す事が、その気であれば容易いはずであった。


 そんなフェアリエの周囲では、小さな太陽のような火球が大量に生じて浮かび、燃え盛っている。

 これらが一斉に落ちて来れば、自分など、ひとたまりもない。

 焼死体も残さず、遺灰を散らせて消えるだけだ。


 何故、今、そうなっていないのか。

 何故、自分は生きているのか。


「俺を…………」

 空に向かって矢をつがえる、事は出来ぬまま、ヒューゼルは問いかけた。

「……俺を、殺して……下さらないのですか? フェアリエお嬢様……」


「貴方も……私を、殺してくれなかったわ。ヒューゼル……」

 フェアリエが答える。

 青ざめた美貌が、ヒューゼルを見下ろす。

「…………記憶が、戻ったのね……」


「思い出しました。自分が、何も出来ない人間だった事を」


 アラム・エアリス・ヴィスケーノ王子の偽物、などという存在が何故、必要であったのか。

 アラム王子を、守るためだ。


 南の戦で、王国正規軍は勝利を収めた。

 正規軍司令官アラム・ヴィスケーノ王子は、叛乱者ボーゼル・ゴルマーを討伐し、王都への凱旋を果たした。


 そのアラム王子は、偽物である。


 カイル・ローデンか、それともジュリオ・メルデか。

 誰であっても尊敬に値する、とヒューゼルは思う。


(俺には……無理だよ、アラム殿下。あんたの代わりなんて……)


 代わりに、死ぬ。

 自分に出来る事は、それだけだとヒューゼルは思っていた。


 それすら出来なかった。

 ボーゼル・ゴルマーには、自分が王子の偽物であると見破られていたのだ。


 認めなければならない、受け入れなければならない、とヒューゼルは思う。

 アラム・エアリス・ヴィスケーノは、南の戦で死んだのだ。

 ボーゼル・ゴルマーを道連れに、戦死を遂げたのだ。


 ならば以後、代わりを務める。

 アラム王子として生涯、振る舞い続ける。

 カイル、あるいはジュリオは、その覚悟を決めたのだろう。


 尊敬に値する、自分には出来ぬ事だ、とヒューゼルは心から思う。


 アラム王子が、死んだ。もはや、この世にいない。

 ならば。自分が、この世にいる理由はあるのか。


「俺は……」

 空中に佇む、黒いドレスの令嬢に、弓矢を向ける事が出来ぬまま。

 ヒューゼルは、言った。

「……アラム殿下を、守る事が……出来なかった……」


「そうか。ならば、死ぬが良い」

 フェアリエ、ではない。

 彼女の細身を包む、闇色のドレスが、声を発していた。


「ヒューゼル・ネイオンよ。そなたを殺せば……この娘は、いよいよギルファラル・ゴルディアックの転生体として生きるしかなくなる。利用させて、もらうぞ」


「ジュラード……あんたの事も、思い出したよ」

「ジュリオ・メルデは、アラム王子の役割を、そこそこ上手くは果たしている。そなたは必要ない」


 小さな太陽のような火球たちが、一斉に降り始めた。

 ヒューゼル一人に、向かってだ。


「私も……地上におけるヴェノーラ・ゲントリウスの代役を、代行の役割を、果たさねばならぬ……」


 否。

 流星雨の如く降り始めた、それら火球が、次の瞬間。

 片っ端から、砕け散って爆発した。


 空中に咲き乱れる爆炎が、一つの姿を照らし出す。

 御使い、に見えた。

 唯一神が、地上の醜い戦いを終わらせるべく、遣わしたものか。


 馬の尾の形に束ねられた金髪を舞わせ、空中を躍動する姿。

 しなやかな肢体が柔軟に捻転し、細身の長剣を様々な方向へと一閃させている。


 斬撃の弧が、いくつも描き出されて火球を薙ぎ払い、粉砕していった。


 空中あちこちに、光の盾が出現している。

 それらを軽やかに蹴りつけて、シェルミーネ・グラークは跳躍を繰り返していた。


 飛翔にも等しい跳躍に合わせ、魔剣・残月を振るう。

 小さな太陽にも似た火球たちを、一つ残らず斬り砕く。

 火の粉が無数、弱々しく舞い散り、消えてゆく。


「一つ……教えて下さいませ、ヒューゼル殿」


 光の盾の一つに、シェルミーネは降り立っていた。

 空中で、フェアリエと対峙している。


 そうしながら、地上に問いかける。

「ログレム・ゴルディアック宰相閣下と、御面識は?」


「俺も含めて何人もいる、アラム殿下の偽物どもを……仕立て上げて揃えたのは、あの男だよ。全員で顔合わせもした」


 思い出した事を、ヒューゼルは語った。

「この国のため、アラム殿下の代わりに死ねと。ありがたい演説を、俺たちは宰相閣下より賜ったさ」


「よく、わかりましたわ。ログレム閣下……アラム王子を、崇拝するのは良いにしても過保護ですわね」

 シェルミーネは、ひとつ息をついた。


「私ね、少しばかり自分勝手な幻想を抱いておりましたの。こうなってしまったフェアリエ嬢を、ヒューゼル殿が……愛の力で、元に戻して下さる。なぁんてね、お伽話のような事を」

 慰めようと、してくれているのか。


「だけどヒューゼル殿は……フェアリエ嬢と過ごした期間よりも、ずっと長く。アラム王子の代役として、生きてこられましたのね」


 何も出来ないヒューゼル・ネイオンという男を、この悪役令嬢は、慰めてくれている。


「今は……愛の力で、誰かを救う。どころでは、ありませんわよね。ですが一つだけ、頼まれていただきたいですわヒューゼル殿」

 魔剣・残月の切っ先が、フェアリエに向けられる。


「何かしらの衣服……出来れば女性の物を、ご用意下さいませ。私、今よりフェアリエ嬢の、この悪趣味なるお召し物を切り刻んで剥ぎ取りますわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ