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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第19話

 グラーク家は、かつて7つの地方を領有していた。


 ドルムト、ヴェルジア、クラム、レグナー、バスベルド、ログラム、ナザーン。

 各地方には、当主オズワード・グラーク侯爵によって代官が配置されていた。

 ヴィスガルド王国によって任命される地方領主と、役割・権限はほぼ同じである。


 グラーク家は2年前、愚かな令嬢のせいで、ドルムト以外の全領地を没収された。

 6名の代官も、仕事を失った。

 うち何名かは、その時点でグラーク家に愛想を尽かし、オズワード侯爵の下を去った。


 ここレグナー地方でグラーク家の代官を務めていた、ジグマ・カーンズ伯爵も、その1人である。


「これはこれは……一体どなたのお出ましか、と思えば」

 木陰から、1人の男が姿を現した。


 30代半ば、であろうか。くっきりと頬骨の見える、痩せた男。

 骨と皮だけ、に見える身体は、しかし極限まで細く鋭く仕上げられた刃のように鍛え込まれている。

「どの面を下げて、日の下を歩いておられるやら……と、言いたいところではあるが。ふん、私とてこの様ではな」


「……噂は本当でしたのね、ジグマ・カーンズ伯爵」

 シェルミーネ・グラークは、見回した。

 ジグマ伯爵に率いられた者たちが、あちこちの木陰で槍を携え、剣を抜いている。

「グラーク家を去った貴方が、そのまま王家や他の貴族に仕える事もなく野に下り……賊徒の頭目となり、民を脅かしているという」


「こやつらも民であるぞ、悪役令嬢殿」

 木陰に潜む者たちを、ジグマは左手で大雑把に指し示した。

「己が生きるため、あるいは家族を生かすため、強盗・追い剥ぎになるしかなかった者どもよ。まあ賊徒と呼びたければ呼べ。おい貴様たち!」

 右手には、槍が握られている。

 その槍が、領主の兵士たちに向けられた。

「我らは賊徒である。故に貴様らを殺し、その者どもを奪い去る」


 その者ども、と呼ばれたのは、兵士らに連行されている民だ。

 子供もいる。赤ん坊を抱いた、母親もいる。


 貧しくて税を納められない。

 それが現在のレグナー地方においては、官憲の兵隊によって捕縛・連行されるほどの罪なのだ。


 潜んでいた者たちが、一斉に木陰から飛び出して来た。

 同じく、貧困と徴税に耐えられなかった民。捕縛される前に、反抗する道を選んだ者たち。


 民兵、と呼ぶべきであろう。人数は、この兵士たちのほぼ倍か。

 少数の相手を、取り囲んで殺し尽くす。それが出来る程度の訓練は、ジグマ・カーンズより施されているようであった。


 青ざめ立ち尽くす兵士たちに、民兵部隊の槍や長剣が迫る。


 獣が駆けた。そう見えた。

 牙が、民兵たちの槍や剣を叩き折る。


 左右2本の、牙剣であった。

 折れた穂先や砕けた刀身を蹴散らし、唸りを立てている。


「逃げろ!」

 ガロム・ザグが、牙剣を振るいながら吼える。

「ただし、そいつらは置いて行け!」


 素直に言う事を聞いた、というわけであろうか。

 兵士たちが、連行中であった民を置き去りにして走り去る。


 追おうとする民兵部隊を、ガロムは旋風の如き牙剣の猛撃で阻んだ。

 槍が、剣が、旋風に叩き折られて飛散する。民兵たちが、尻餅をつく。


「……やるな若造。オズワード侯、直属の兵士か!」

 ジグマが槍を構え、踏み込んだ。

 穂先が、閃光の如くガロムを襲う。


 シェルミーネは剣を抜いた。

 横合いから、抜き打ちの一閃を浴びせた。


 甲高い音が響いた。

 シェルミーネの斬撃は、ジグマの槍に弾き返されていた。


 危うく跳ね飛ばされそうになった剣を、しっかりと握り直す。

 ジグマが、標的をガロムからシェルミーネに変更し、槍を突き込んで来る。


 魔力を解放しながら、シェルミーネは迎え撃った。

 細身の長剣が、淡く白く発光しつつ、ジグマの槍とぶつかり合う。

 長柄を切り落とした、つもりだったが、それは上手くかわされた。


 切断をかわした槍が、間断なく繰り出されて来る。

 閃光そのものの穂先を、シェルミーネは立て続けにかわした。

 しなやかに鍛え込まれた細身が舞うように揺れ、刺突の嵐を避け続ける。


 かわしながらシェルミーネは、発光する細身の刃を一閃させた。

 回避の舞いが、攻撃の躍動に変わっていた。


 その斬撃が、旋回する長柄に弾かれる。


 両手で槍を猛回転させながら、ジグマは踏み込んで来た。

 穂先が、長柄が、石突が、様々な方向から叩き付けられて来る。


 全てをシェルミーネは、細身の長剣で受け流した。

 繊細な刀身は、魔力の光によって強化されている。


 魔力光の斬撃が、超高速で弧を描いた。

 その弧が、槍の間合いを越えて伸び、ジグマを強襲する。


 大きく後方へと跳んで、ジグマはかわした。

 追わず、シェルミーネは微笑みかけた。


「さすが、ですわね。オズワード・グラーク配下における屈指の武勇……貴方は今、その力を何のために?」

 ジグマは答えない。

「民を守るため、なぁんて……確かに、言葉にする事ではありませんわね」


「……あなた方グラーク家は、この地を捨てた。この地の民を、捨てたのだ」

 距離を隔ててシェルミーネと対峙したまま、ジグマは言った。

「ここレグナー地方の新たなる領主デニール・オルトロン侯爵は、暗君にして暴君だ。民は困窮し、こうして賊徒となる者が後を絶たぬ」


 民兵たちは、ガロム1人と向かい合いつつ、じりじりと後退をしている。皆、青ざめ、怯えている。

 その様を、ジグマは見据えた。


「私は、こやつらを導かねばならぬ。本物の賊徒にするわけにはゆかぬ。長らく、この地の民から税を徴収していた者として……ふ、ふふふ、確かに貴女の言う通りだな悪役令嬢殿。言葉にしてしまうと、何とも軽く空々しいものよ」

「……本来、私が負わねばならない責任ですわね」


 領主の兵士たちは、逃げ去った。

 連行されていた民は、呆然と立ち尽くしたままだ。

 助かった、などとは思えないのだろう。このまま貧困と搾取の日々に戻るだけだ。


 グラーク家による支配が続いていれば、こんな事にはならなかった。


「デニール・オルトロン侯爵、でしたわね。この地方の新たな統治者が、どのような人物であるのか、大方わかりましたわ」

「私はグラーク家の代官として、この地においてそれなりの仕事をしてきた……それを全て台無しにしてくれた男よ。許しては、おけぬ」


「だからと言って、デニール侯爵を……暴力で、打ち倒そうと? この方々を率いて」

 民兵たちを、シェルミーネは見渡した。

「民を守るためとは言え、いかにデニール侯が無法な支配者であるとは言え……それをなさったら叛乱にしかなりませんわよ。かのボーゼル・ゴルマーと同じく」

「鎮圧される、か」

 アラム・ヴィスケーノ王子が出向いて来るか、とシェルミーネはやはり思ってしまう。


「……貴方の守るべき民が大勢、死にますわ」

「きいたふうな口を……と言いたいが、その口を力で塞げないようではな」

 ジグマが、微かに苦笑した。


「跳ね返りで傍若無人なだけの悪役令嬢、と思っていたが……傍若無人を押し通せるだけの力と腕は、お持ちのようだ。敬服する」

「私程度の傍若無人では、ね」

 アイリ・カナンは、決して折れなかった。

 シェルミーネがどれだけ傍若無人に、高慢に横暴に、威圧的に振る舞っても、あの平民娘は心を折らなかった。全てを、受け止めて見せたものだ。


「ふむ、やはり……違うな」

 ジグマが言った。

「やはり大嘘なのであろう? シェルミーネ・グラーク嬢」

「……何のお話かしら」


「花嫁選びの祭典だ。リアンナ・ラウディースを貴女が殺した、などという話……やはり真実ではあるまい? 誰を庇っている。貴女は一体、誰の罪を被っているのだ」

 刃物のような眼光を、ジグマはまっすぐに向けてくる。


「アイリ・カナン王太子妃か? それともリアンナ・ラウディース嬢か。ふむ……逆恨みか、それとも大令嬢シェルミーネ・グラークに対する的外れの忖度か。ともかくリアンナ嬢がアイリ妃を殺害せんとして、逆に殺された。真相はそんなところではないかと愚考するが、いかがか」


 殺さなければならない、とシェルミーネは思った。

 ジグマ・カーンズの口を、ここで永遠に封じなければならない。


 ガロムが、いつの間にか眼前に立っていた。

 ジグマと睨み合ってシェルミーネを背後に庇う、形ではある。

 本当は、どちらを守ろうとしているのか。


「……格好をつけようとしたのであろう、悪役令嬢」

 ジグマは言った。


「その結果、何が起きたか。この地に住まう者が私も含め、いかなる境遇に置かれる事となったか……見届け、受け止めようという気が無いならば去れ。あるならば共に来てもらおう」

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