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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也
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第186話

 およそ百年前。

 ヴィスガルド王国内において、武力・暴力による現状変更が今よりもずっと容易であった時代。

 ここヴェルジア地方は、エンドルム家が支配していた。


 ある時、ドルムト地方を統べるグラーク家との間で戦が起こり、エンドルム家は敗れた。

 ヴェルジアは、グラーク家によって侵略そして征服されたのだ。


 エンドルム家は、当主グスターを含め、一族皆殺しの憂き目に遭った。

 血族など、生き残っているはずがない。


 にもかかわらず時折ここヴェルジアでは、エンドルム家の末裔を名乗る者が現れて不穏な行動を取る事がある。


 エンドルム家による支配が、それだけ根付いていたという事だ。

 ヴェルジアの民にとってエンドルム家は、滅亡後百年を経た今もなお、特別な存在であり続けているのである。


 エンドルム家の再興。

 それが、武装蜂起の理由となってしまうのだ。


「ぐぅ……っ! む、無念……」

 武装蜂起をした賊徒の頭目が、そんな言葉を発している。


 賊徒、と言うしかない男たちであった。

 人数、およそ百名。

 大部分が、農民出身である。見ればわかる。


 訓練だけでなく武装も行き届いておらず、刀槍の代わりに農具を携えていた。

 そんな者たちが、このゲンペスト城に立てこもり、叛乱を宣言したのである。


 現ヴェルジア地方領主メレス・ライアットは、兵士二十名を率いて今、これを鎮圧した。


 ゲンペスト城。

 およそ百年前ここヴェルジア地方の領主であった、エンドルム家の居城。

 グラーク家の軍勢によって破壊されてから、およそ百年の間。補修工事をされる事もなく放置され、今や軍事要塞としては全く機能していないと言って良かった。


 メレス率いる二十名の兵士たちは、城壁の崩壊した部分から密やかに侵入し、賊徒百人をことごとく捕縛する事に成功したのである。


 ゲンペスト城。

 百年前は庭園であったと思われる、石造りの屋外広場に、捕縛された百名もの賊徒が集められていた。


 全員を手枷で拘束し、整列をさせる。

 負傷者には応急手当てを施す。

 全ての作業を、兵士たちが手際良く済ませてくれている。


 最初に手枷を付けられた頭目が、ひび割れた石畳に座り込んだまま呻く。

「くそっ……こ、殺すのかよ……俺たちを……」


 若い男である。と言っても二十三歳のメレスよりは年上であろう。

 二十代半ばの、武装した男。

 鎧と帯剣が、今一つ似合っていない。

 平民にしか見えぬ男であった。


 平民に武具と資金を与え、こうして叛乱まがいの行動へと導く者たちがいる。


 メレスは問いかけた。

「まず確認をさせてもらおう。君たちは、この城の地下にあるものを見たのかな?」


「し、知らねえよ地下なんて。俺たちが、この城を隅々まで調べる前に、あんたたちが入って来たんじゃないか」

「そうか。まあ、それは良い」


 メレスは身を屈め、目の高さを近付けた。

「……君の顔には見覚えがあるぞ。シャロネ村の、村長殿の御子息。アレン殿、ではなかったかな」


「…………あんたとは、話した事もないはずだけどな。御領主様」

 シャロネ村の村長の息子アレンが、じろりと睨んでくる。

「領民の名前、一人一人調べ上げてんのかよ。御苦労なこったな」


「シャロネ村には一度、視察に赴いた事がある。村長殿は私をもてなしてくれた。君は一人、物陰から不満そうに私を睨んでいたな」

 メレスは、微笑みかけた。


「あそこは豊かな村だ。私も、搾取をしているつもりはない。村人の暮らし向きは、悪いものではないはずだ……武装蜂起など、する理由がないと思うのだが」

 その笑顔から、アレンは無言で目を逸らせた。


「君は村人たちを扇動し、叛乱へと導こうとしたが失敗した。誰も乗っては来なかった。君は父上である村長殿にこっぴどく叱られ、家出をした。家出をした先で……誰かと、出会ったはずだ」


 自分の口調に憂鬱さが混ざり込むのを、メレスは止められなくなった。

 このままではアレンを、拷問しなければならなくなる、かも知れないのだ。


「その者は君に協力を持ちかけ、資金を与え、このような愚行へと導いた……君を、そそのかした。君はな、その者に利用されたのだよ。悔しいとは思わないか」


「……お、俺は……わざと利用されてやったんだ」

 アレンが、つまらぬ意地を張っている。

「世の中を変えられるなら、それでいいと思ったんだが……あんたたちが、強過ぎて失敗した。強い奴はいいよな、何でも出来て」


「お褒めの言葉だ。皆、どう思う?」

 メレスが問いかけると、兵士二十名が口々に答えた。


「強くは、ないです」

「お隣グラーク家の軍隊に比べたら、全然ですね我々」

「まあ、こいつらを殺さないでしょっぴく程度の事は出来ますが」

「それはともかく……お前。メレス侯爵閣下に無礼な口のききよう、許さんぞ」


 兵士の一人が、つかつかと近付いてアレンに槍を突き付けようとする。

 それをメレスは、片手で制止した。


「まあまあ。ともかくアレンよ、君は世の中を変えたいと思ったのだな。ならば訊きたい。君は一体、何が不満で、どういう変え方をしようと思ったのかな?」


「百年前よりも昔……エンドルム家の時代に、戻したかった」

 アレンは、ちらりとゲンペスト城を見た。

「エンドルム家の人たちは、もっと民衆の事を考えて政治をしてくれたそうじゃないか」


「なるほど。私は、そうではないと」

「あ、あんたが真面目に政治をやってくれてるのは知ってるよ。だけど……お貴族様だろ、あんた所詮」


 兵士たちが二人、三人と、アレンに槍を突き込もうとする。

 剣を抜き、斬首せんとする。


 立ち上がり、その全員を身体で止めているメレスの後ろで、アレンは泣きそうな声を発していた。


「大昔! 俺たち民衆が政治をしていた時代が、あったんだろ!? エンドルム家の人たちは! 世の中を、その時代に戻そうとしていたって話じゃないか」


「そう言って君をそそのかした者が、いるのだろう? 詳しい話を、聴かせてはくれないか」

 メレスは言う。アレンは喚く。


「おかしいじゃないかよ! 世の中、誰かが偉くて誰かが偉くないなんて! 俺たち民衆の政治は、俺たち民衆自身がやるべきなんだ!」


『無理である』

 声がした。

 ずしりと重い、陰鬱さ、そのものの声。


『そなたら民衆に、政は出来ぬ。私は、それを思い知りながら……この地を、治めていたのだよ』


 巨漢であった。

 かつて庭園であった屋外広場に、いつの間にか佇んでいる。

 薄汚れた粗末なマントで巨体を覆い、暗い眼光を燃やしている。


『古の……民が、政を為していた時代。我ら帝国系の貴族にとっても、興味深いものではあった』


 言葉を発する顔面は、石である。

 石に彫り込まれた、厳つい目鼻口。

 仮面、であろうか。

 動かぬ唇が、言葉を紡ぎ出している。


『故に私は、帝国以前の歴史を学んだ。一族の者らにも学ばせた。民が、国家を運営する……そのような事態、今後も起こり得るのであれば看過は出来ぬ。貴族として、そうならぬよう備えねばならぬ』


「立派な考え方だと思う」

 会話を試みながらメレスは、さりげなくアレンを背後に庇った。


「古の、民が政治の主役であった時代……目を背け、無かった事にしたがる者が、貴族の中には実に多い。であるのに貴方は、真っ正面から取り組もうとなされたのだな」


『民衆が、我ら貴族から政治権力を奪う。あってはならぬ事であるが故に、備えねばならぬ。原因となるものを、未然のうちに取り除かねばならぬ。故に我らエンドルム家は、かの時代について大いに学んだ』


「世の中を、民が政治をしていた時代に……むしろ戻さないために、というわけか」


 民が政治を行う、貴族は要らぬ。理想の時代だ。

 そう語っていたのは、亡き父シグルム・ライアットである。

 叶わぬ故に理想なのだ、とも父は言っていた。


 思い出しながら、メレスは訊いた。

「在りし日のエンドルム家に随分と詳しい、貴方は一体……何者であるのか?」


『ここゲンペストの、かつての城主よ。グスター・エンドルムという』

「自称・エンドルム家の関係者を私は、今までに三人ほど捕縛しているが……最後の当主と同じ名前を、堂々と使う者はいなかったな」


『信じる信じぬは好きにせよ。ともかく私は、ゲンペスト城に戻らねばならぬゆえ戻って来たのだ。グラーク家の者どもに、任せてはおけぬ』


 石仮面の両眼で、光が燃える。

 明るい、だが暗い輝き。


 暗黒よりも暗い、光の塊を、石の仮面が内包しているかのようである。

『いるのだろう? 城の中に、ガイラム・グラークが』


「貴方は……」

 闇よりも暗い、この光を、自分は知っている。

 メレスは、そう思った。


『あやつには……もはや、任せておけぬ』

 闇よりも暗い光が、石仮面の男の全身で燃え上がった。

 薄汚れたマントが、灰に変わって飛散する。


 身体が、露わになった。

 分厚い胸板。巨大な肩に太い両腕、ずしりと大地を踏む両脚。

 全てが、石である。

 この男は、石像であった。


 顔面は、石の仮面ではない。

 胴体四肢と共に、彫り込まれた石そのものであったのだ。


「魔像……」

 メレスは呟いた。

「どこかに、魔法使いがいる……のか? いや……」 


『そう、この身は確かに魔像……これを造った魔法使いは、もはやこの世にはおらぬ。イルベリオ・テッド、という名であったかな』


 グスター・エンドルムは言った。

『あの者らには……まあ、感謝せねばなるまい。こうして動く身体を、くれたのだからな』


「あの者ら、とは……」

 メレスは思い出し、理解した。


 闇よりも暗い光。

 それは確かに、このゲンペスト城にあったものだ。


 それが、あの時、持ち去られた。

 持ち去られたものが今、魔像に宿り、帰って来たのである。

「…………ルチア・バルファドールの一党か……」


『我らエンドルム家の使命。それは、門を守る事であった。グラーク家に奪われたるは、我が不徳の致すところ……取り戻さねばならぬ』


 闇よりも暗い光が、魔像の全身から溢れ出し、炎の如く揺らめいた。


『このままでは、門が開く……戻って来てしまう。最凶最悪なる存在、古の悪役令嬢……ヴェノーラ・ゲントリウスが』

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